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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第5章 世知(せしる)を救え!
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-7-

 僕はぐっと力を込めた手を伸ばし――、

 世知の部屋のふすまをノックした。


 勝手に開けたりはしない。というか、できない。

 漫画やゲームなんかだったら、勢いよく飛び込む場面だと思うけど。

 親しき中にも礼儀ありだ。


 それは世知のお母さんでも同様だった。

 心配していながらも、部屋に押し入って無理矢理引っ張り出したりまではしなかった。

 僕たちの場合、もし世知が着替え中だったりしたら大変だから、という理由もあったのだけど。


 ともかく。

 材質的に鈍くなってしまったノックの音とともに、僕は呼びかけの声も響かせる。


「世知、起きてるか?」


 自室にこもっているなら、眠っている可能性だって充分にありえる。

 状況的に、眠っているフリをされる、という心配もあった。


「……起きてるよ」


 少しの間こそあったものの、世知は返事をしてくれた。


 よし、反応あり!

 話し合いの開始だ!


 僕が意気込んで話しかけるよりも先に、ふすまの向こうから世知の声が飛んできた。


「帰ってよ」


 きっぱりとした拒絶。

 話し合いなんて、する気はない。

 世知は先手を打って、そう念を押してきたのだ。


 とはいえ、はいそうですか、と引き下がれるはずがない。


「帰らない!」


 僕が力強く言いきると、世知は若干の呆れを含んだ口調で抵抗の言葉を繰り出してくる。


「お母さんから聞いたでしょ? やめるように言われたの。パソコンやヘッドホンも取り上げられた。もう、一緒に遊ぶことはできないのよ」

「確かに聞いてはいるよ。でも、おばさんは無理に止めてるわけじゃない」

「……なによ、お母さん。口止めしたのに、全部話しちゃったんだ」


 ため息をつく音が、ふすま越しに微かに聞こえてきた。


「おばさん、世知のことを心配してたよ? もちろん、僕たちだって心配してる」


 だからこそ、ここまで来た。

 いちごも剣之助もえんじゅ先輩も、黙って頷きながら状況を見守っている。


「僕たち……ね。まぁ、わかってはいたけど。レモンだけじゃなくて、みんな一緒なんだ」


 なぜかちょっと寂しげな世知。


「うん、みんな一緒だよ」

「仲間だからな!」

「俺たちも世知のことが心配なんだ!」

「……そうよ……」


 僕を含む4人が、それぞれに言葉を投げかける。


「えんじゅ先輩まで……。わざわざ来てくれて、ありがとうございます」


 少し遠い場所に住むえんじゅ先輩までいることに、世知は驚いているようだ。

 だけど、驚くことじゃない。

 えんじゅ先輩だって、僕たちの仲間なのだから。


 ただ、それでもなお、


「でも……私、戻らないから」


 世知は頑として主張を曲げようとはしない。


「どうしてさ? 世知は僕たちと一緒に遊んでて、楽しくなかったの!?」


 楽しくなかった。

 そんな答えが返ってきたらどうしよう。

 心の中で不安が渦巻く。


「楽しかったよ」


 素直に、わずかの迷いすらなく、世知は答えてくれた。

 不安の渦が一瞬にして霧散し、消えてなくなる。

 ……かのように思えた、その直後。


「だけどね、心の底から楽しめていたかは、正直疑問が残るところかもしれない」

「え……?」


 僕の心の大海原は、再び荒波をたたえ、うねり、大きな渦を形成し始める。


「とにかく、いい機会だったのかなって、そう思ってる。だからこれ以上、ごちゃごちゃ言わないで!」


 世知はピシャリと扉を閉ざすように叫んだ。


「それでいいの?」


 次に響いたのは、僕の声じゃなかった。

 今のは剣之助が放った言葉だ。


 ふすまの向こう側から、答えはない。


「すっぱり諦めて、それでいいのかって聞いてるんだ!」


 いつになく強い口調。

 基本的におちゃらけた雰囲気の剣之助にしては珍しい、激しい勢いを持った怒号だった。


「私は……」


 なにか言いたそうにはしているものの、言葉が続かない世知。


「いつものメンバーから、ひとり欠けてしまう。そうなることもわかった上で、自分勝手な結論を優先するの?」


 世知は答えない。


「みんなが待ってるんだよ?」


 剣之助の声は徐々に優しいものになっていった。

 対する世知は、あくまでも無言を貫く。


「世知、もし僕たちに不満があるようなら、なんでも言ってくれていいからさ」


 黙っていられず、僕も自らの想いを連ねる。


「あっ、そうだ! 今度、あたしの分も、苺パフェ食べさせてやるから!」


 苺香も自分なりの言葉で世知の気持ちを引こうとする。

 そんなことで心が揺さぶられるのは、いやしい苺香くらいだってのに。

 とはいえ、苺香の気持ちは、しっかりと伝わっていることだろう。


「……ボクも、戻ってきてほしい……」


 控えめながら、えんじゅ先輩も意見を添える。


「……ずっとレモンくんたちと一緒だった世知さんがいないのに、仲間になったばかりのボクがのうのうとグループに加わっているのは忍びない……」


 正直なえんじゅ先輩。

 だからこそ、言葉に嘘偽りが含まれている可能性なんてありえないと言いきれる。

 一緒にいて楽しいからとか、世知の人柄なんかも含めて好きだからとか、そういった理由ではなかったのも、先輩らしい部分と言える。


 これで、みんなが待ってる、という剣之助の言葉にも嘘はなかったと、世知はわかってくれたはずだ。

 いや、そんなことは、最初からわかっていると思うけど。


 きっと、意地になっているだけなんだ。

 部屋から出てこられるように背中を押してやれば、世知は戻ってきてくれる。

 世知の中にいるもうひとりの世知から、今こそ解き放ってやらないと!


「わかっただろ? みんな心配してるんだ。だから、戻ってきなよ。世知だって、本心では戻ってきたいって思ってるんでしょ?」


 沈黙。

 長い、永遠に続くのではないかと思うほどの沈黙だった。


 やがて、世知が口を開く。


「レモンだけ、部屋に入ってきて。ふたりきりで話したいから」


 世知が提示してきた条件。

 その意図は読めないけど。

 拒む理由などない。


「わかった」


 素直に答える。

 いちごも剣之助もえんじゅ先輩も、力強く頷いてくれた。


 ふすまに手を伸ばそうとしたところで、剣之助が声をかけてくる。


「レモン」


 振り向くと、真剣な面持ちの剣之助が、まっすぐ視線を向けていた。


「世知のこと、頼んだぞ」

「ああ、もちろんだ! 任せとけ!」


 僕は自信満々に言うと、剣之助は微かに笑顔を返してくれた。

 なんとなく弱々しい笑みに見えたのは、不安が完全に消えてはいないからに違いない。


 大丈夫、僕が行くのだから。

 普段のいちごだったら、兄者じゃ頼りないけどな、とかツッコミを入れてきそうなところだけど。

 今回ばかりは、いちごも余計なことは言わなかった。


 そんな仲間たちを廊下に残し、僕は世知の部屋へと足を踏み入れた。


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