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僕たちは改めて、世知のお母さんから詳しい状況を聞かせてもらった。
「確かに、最初にやめるように言ったのは私よ。でも、どうしても戻りたいなら、無理には止めないと言ってあるの」
おばさんはニュースを見て、大切な娘が失踪してしまったらと心配になり、いても立ってもいられなくなった。
思い立ったらすぐに行動する性格でもあるおばさんは、感情に任せて世知の部屋に直行し、無理矢理パソコンやヘッドホンを取り上げてしまった。
なんの抵抗もなく成し遂げられたのは、世知が学校に行っているあいだの出来事だったからだ。
無論、帰宅した世知は激怒した。
私の居場所を奪わないで、と言って泣きわめいた。
聞き分けのいい娘がここまで怒るなんて。
おばさんは正直驚いたという。
学校ではいつも元気で騒がしい印象の世知だけど、家ではいい子ちゃんを貫き通している。
べつに自分を偽っておとなしくしている、というわけじゃない。
どちらも世知本来の姿だ。
単なるゲームのはずなのに、私の居場所とまで言い張る娘。
親としては、幻想の世界にはまり込んでいることを心配し、現実に引き戻そうと考える場面かもしれない。
でも、幼馴染みである僕や、その妹の苺香とも一緒に遊んでいることは、おばさんも知っていた。
オンラインゲームのなんたるかについては、さほど知識のないおばさんだったけど、それを楽しく遊び、こんなことがあったと笑顔で語ってくれる娘の姿を何度も目にしていた。
だから、考え直した。
「昔ね、私も大切な親友との仲を、親の勝手な言い分で引き裂かれてしまったことがあるの」
過去になにがあったのか。
おばさんは細かく話してはくれなかった。
それでも、微かに震えるまつ毛が、そのときの悲しみを雄弁に物語っていた。
「そもそも、世知がパソコンを使ったりゲームで遊んだり、そういった興味のあることを止めるつもりなんて全然なかったのよ。うちは古くから続く家系ではあるけど、新たな技術に触れるのは無駄ではない、という考え方を持っているから。娘に世知なんて外国人っぽい名前をつけたのも、古くからの風習なんてクソ食らえだ! って勢いもあったからなのよ?」
ほほほ、といった感じの上品な笑い方がよく似合う、和装も麗しい女性の口から、よもや『クソ食らえ』なんて言葉を聞くことになろうとは。
意外とはっちゃけた人なのかもしれないな。
あの娘にしてこの親あり、ってことか。
ノートパソコンもヘッドホンも、納戸にしまってあるだけで、取り出そうと思えばすぐに取り出せる。
自分で探し出せなかったとしても、おばさんに直接訊いてきたら、隠し場所はすぐに教えるつもりだった。
なのに、世知は素直にゲームをやめてしまった。
もういい、と、諦めてしまった。
「さっき、あなたたちが来たと世知に伝えに行ったら、私が無理矢理やめさせたってことだけ話すように言われたの。どうしようか迷ったんだけど、その言葉に従った。演技だったとはいえ、失礼なことも言ってしまったわよね、ごめんなさい」
頭を下げるおばさんに、いえ、こちらこそ、と僕も頭を下げ返す。
おばさんが世知のことを本当に大切に思っているのは、充分に伝わってきた。
無理矢理どうにかしようとするのではなく、世知の意思を最大限に尊重している。
敵だの諸悪の根源だのと思って、息巻いて押しかけてきた数十分前の自分が、心の底から恥ずかしくなってくるほどに。
世知は今、自室にこもっている。
ただ、強要したわけではない。
おばさんとしては、むしろそれを心配しているという。
「以前だって、レモンくんたちとゲームをするために、部屋にこもっていた状態ではあったんだけどね」
ちょっと苦笑まじりのおばさん。
もっとも、僕や苺香と同様、苺ぱるふぇ・オンラインで遊んでいいのは夕飯の時間まで、と約束してあった。
それ以外の時間は、普通におばさんとも顔を合わせ、普通に会話していたようだ。
「でも今では、夕飯も自分の部屋で食べるって言うのよ。部屋まで持っていかないと、食事すらしないかもしれないから、言われたとおりにしているけど……」
世知のことを大切にしているがゆえに、どうしていいかわからない。
説得を試みようにも、おばさんはすでに、苺ぱるふぇ・オンラインで遊ぶことを許している。
一旦は取り上げたパソコンやヘッドホンだって、すぐに返せる状態にあり、それを世知にも伝えてある。
これ以上、対処のしようがなかったのだ。
そして、おばさんは僕たち全員に向かって、涙ながらに懇願する。
「お願い、世知を部屋の中から……閉じこもった殻の中から連れ出して!」
おばさんの願いを、聞かないはずはない。
僕たちは世知の部屋へと向かう。
世知がどうして閉じこもっているのか。
僕にだってよくわからない。
おそらく苺香にも剣之助にもえんじゅ先輩にもわからないだろう。
だけど――、
僕たちは友達だ。
ゲームで一緒に遊んでいる、パーティーメンバーだから?
違う。そんなちっぽけなものじゃない。
これまで長い時間を共有してきたし、これからだって共有していきたいと思っている、大切な仲間なんだ!
話し合えば絶対にわかってくれる。
僕たちのもとに、戻ってきてくれる。
おばさんのことを、敵だ、諸悪の根源だ、とラスボスのように捉えてこの家まで来たけど。
真のラスボスは世知自身だった。
ゲームっぽく言うなら、そういうことになる。
この場合、世知に取り憑いている心の闇、とでも表現すべきか。
まぁ、表現なんてこの際どうでもいい。
待ってろよ、世知!
僕たちがお前を救い出してやるからな!
突発タイプの緊急クエスト発生だ!
オンラインゲーム上ではないけど、仲間を救う大切なイベントだ!
……どうも、ゲーム世界にどっぷり浸かりすぎているせいか、思考がそういう方向に流れてしまうけど。
僕以外の面々だってみんな、真剣な表情で板張りの廊下を一歩一歩踏みしめている。
決戦前の緊張を、苺香も剣之助もえんじゅ先輩も感じているのだ。
目の前に迫る、ボスが待つ大扉。
実際にはふすまだけど、気分的にはそんな感じだった。
大きく深呼吸。
そののち、黙ったまま他の3人と頷き合う。
僕は静かに、ふすまへと――いや、大扉へと手を伸ばした。




