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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第4章 苺パフェの謎
18/68

-5-

 ゲームを終え、ヘッドホンタイプの装置を外すと、隣の部屋のほうからなにやら大きな物音が響いてきた。

 隣の部屋……つまり、苺香の部屋だ。


「なんだなんだ? 苺香が転んでケガでもしたか?」


 心配になって様子を見に行こうとしたところで、


 ドタドタドタドタ……バンッ!


 激しい足音を立て、荒々しくドアを開け、苺香が僕の部屋に飛び込んできた。

 そして叫ぶ。


「あにゅいじゃ、ぎぇんいんがわはっはじょ!」


 うん。

 とりあえず、ケガがなさそうでよかった。


 それにしても、苺香が放った今の言葉……。

 普通に考えれば、意味がまったくわからない、謎の暗号でしかないだろう。

 でも僕くらいの人間になると、どんな状況であっても、苺香が言わんとしていることは一瞬で理解可能だ。


 兄者、原因がわかったぞ!

 苺香は、そう言いたかったに違いない。


 正しく発音できなかった理由は、苺香の口の中にあった。

 こぼれ落ちんばかりに……というか、実際にこぼれ落ちているくらいに詰め込まれた、大量のお菓子。

 それらに阻まれ、まともな言葉にならなかったようだ。


「って、汚いな、苺香!」

「ふぁんヴぁと!? あふぁひは、ひははくなんふぁなふぃ! もがっ!」


 なんだと!? あたしは、汚くなんかない! か。

 最後に微妙にむせていたけど、大丈夫かな。

 う~む……。訳が必要な会話って、どうなのだろうか。


 ともかく、意味は伝わっているものの、正常に発音できていないことには、本人も気づいていたようで。


「んっ!」


 来い! とばかりに腕を乱暴につかみ、苺香は僕を部屋の外に引っ張り出す。

 そのまま、開け放たれていたドアを抜け、苺香の部屋へ。

 そこには凄惨な光景が広がっていた。


 大量のお菓子類とオレンジジュース。

 それらが、大地震でも起こったのかと思ってしまうくらいの勢いで、部屋中に散乱していたのだ。


「お前……こんなにたくさん部屋に持ち込んでたのか」


 呆れながらも、周囲を見回す。

 普段は勝手に入るなと言われている苺香の部屋。

 随分と久しぶりに入った愛しの妹の部屋には、お菓子とジュースの匂いが充満していた。


「もご、むぐっ……てへっ!」


 どうにか口の中にあったお菓子のほとんどを飲み込み終えると、おどけたようにペロッと舌を出す苺香。

 そんな仕草も可愛いな、と思いながらも、


「てへっ、じゃない! こんなに散らかして、ダメじゃないか!」


 僕は兄として、いつになく厳しい口調で注意する。


 苺香から詳しく話を聞いてみると……。


 お小遣いでたくさんのお菓子を買ってきて上機嫌だった苺香は、台所でオレンジジュースを見つけ、2リットルのペットボトルごと持ち出してきた。

 ついつい、棚にあったお菓子類も拝借し、さらに増量計画を試みる。


「お菓子に囲まれた生活! 最高だぜ!」


 といった感想をこぼしつつ、食べ始めた。

 至福のひととき。


 ただ、すぐに僕が帰ってきてしまった。

 僕の帰宅=苺ぱるふぇ・オンラインの時間の始まり、となる。


「まだ食べ終えてないのに、兄者のバカ!」


 不満を口にすると同時に、苺香は手当たり次第にお菓子を引っつかみ、口の中へと詰め込んだ。

 お菓子は食べたいけど、苺ぱるふぇ・オンラインも楽しみたい。

 その思いは、苺香の心の天秤では完全につり合っていたのだろう。


 ここで苺香は、口の中のお菓子類をオレンジジュースで無理矢理流し込む作戦に出た。

 順調に進めば、しっかり飲み込んでからゲームを始められるはずだった。


「お~い、苺香、いるか~? スタートするからな~」


 隣の部屋から僕の声が聞こえたのは、そんなときだった。


 コンコン!


 苺香は反射的に、OKの意味を込めて、壁を2回叩く。


 あっ、全然OKじゃなかった!

 とは思ったものの、今さら訂正もできない。

 仕方なくブレイン・インパルス用のヘッドホンを装着、ベッドに寝っ転がった。


 ブレイン・インパルス技術を使ったVRゲームでは、スタートすると同時に睡眠状態に入る。

 苺香の意識は一瞬にして、苺ぱるふぇ・オンラインの世界へと飛んだ。

 口の中に大量のお菓子を残したまま……。


 さっき「原因がわかった」と言っていたのは、このことだった。

 すなわち、実際に口の中にあるお菓子の味覚とごちゃ混ぜになり、オンライン上で苺パフェの味をおかしいと感じていたのだ。


 普通はなにか食べながらゲームの世界にオンしたりはしない。

 仮に口の中に少しだけ食べカスとかが残っていたとしても、味覚に影響は与えない。

 だけど苺香は、尋常でない量のお菓子を頬張っていた。そのため、影響が出てしまったのだろう。


 苺香以外、誰も苺パフェの味に異変を感じなかったのも当然だ。

 異変があったのは、苺香自身の口の中だったのだから。


 ゲームを終え、意識が戻った苺香は驚いた。

 スナック類が多かったせいか、知らないうちにだ液がどんどん分泌され、とんでもないことになっていたからだ。

 ベッドの上には、だ液まみれのお菓子が大量に散乱していた。


 うあっ、やっちまった!

 そう思って、ベッドから飛び起きた瞬間、持ち前のドジ属性を発揮、豪快にコケた。


 木製の小型テーブルの上には、大量にお菓子類が用意されたままで、オレンジジュースの入ったコップも存在していた。

 すぐ脇には、フタを閉め忘れたペットボトルもあった。

 そこを目がけて、苺香の体は一直線にダイブ。

 大量のお菓子類が床に落ちて散乱。その上に見事に乗っかってしまい、お菓子を粉々に打ち砕く。


 どうにか避けようと無理に抵抗したのも悪かった。

 苺香の腕によって弾き飛ばされたお菓子やコップは、部屋中に飛び散ってしまう。

 ペットボトルも倒れ、中身が勢いよくこぼれ出していた。


「で、こうなったんだ!」


 えっへん。

 なぜ両手を腰に当て、胸を張って偉そうに言うのやら。


 と、その苺香の胸の辺りを見てみると、服がびしょびしょに濡れてしまっていた。

 お菓子類の残骸だけではなく、口に流し込んだオレンジジュースまでもが、たっぷりとこぼれていたのだ。


「うわっ、苺香、服もすごいことになってるぞ!?」

「え……? うわあっ!? バカッ、見るな!」


 見るな、って……。

 苺香は両腕を使ってガードするような仕草で、胸の辺りを僕の視界から外そうとしている。

 ああ、そうか。水分で下着が透けるのを心配していたのか。

 べつに全然そんなことはなかったのに。……残念ながら。


「とにかく、苺香はシャワーでも浴びてこい! 僕が掃除しておくから!」

「わかった! ありがとな、兄者!」


 意外と素直だな、と思ったら。


「んじゃ、しっかり掃除しておくように!」

「お前も戻ったら一緒に掃除するんだ!」

「ぶぅ~」

「ぶぅ~、じゃない!」


 苺香はやっぱり苺香だった。

 ま、いいけどさ。


 代わりの服や下着なんかを取り出し、部屋から出ていく間際、


「……兄者。あたしがいないからって、変なことすんなよ?」


 苺香が余計なことを言い放つ。


「なにをするっていうんだよ!? こんな惨状で……」

「こんな惨状じゃなかったら、なにかしそうな言い方だよな?」

「そんなことないから! 早く行ってこい!」

「はいはい。まったく、兄者は怒りっぽいなぁ~」


 部屋の主が去ったあと、僕はひとり、掃除を開始した。

 もちろん変なことなんてしなかった。

 実際には、必死に堪えて我慢した、というのが正しいのだけど。




 苺香がシャワーを浴びて戻ってきても、まだ掃除は終わっていなかった。

 当然、苺香も掃除に加わる。


 シャワー上がりの苺香、妙に色っぽいな……。

 そんなことを考えながら、ぼーっと見つめていると。


「……なんか兄者、いやらしい目で見てないか?」

「ええっ? そそそそ、そんなことないって!」

「どもってるじゃないか。怪しいな……。あっ、やっぱりあたしがいないあいだに、変なことしてたんじゃ……!」

「いやいや、なにもしてないから!」

「ほんとか~?」

「ほんとだよ!」

「神様に誓うか?」

「神様には誓えないけど!」

「やっぱりしてたんじゃないか!」

「冗談だってば!」


 騒がしく大声を飛ばし合う僕たち兄妹。

 こんな時間も、結構楽しいものだ。

 兄妹仲むつまじく。

 なかなか良好な関係を築けている、と思っていいだろう。


 とはいえ、少々騒がしすぎたようで……。


「こら、あんたたち! うるさいわよ!? 近所迷惑でしょ!? 静かにしなさい!!」


 鬼のごときお母さんの怒鳴り声が階下から飛んでくる。

 夕飯の準備で忙しいため、お母さんが苺香の部屋にまで来なかったのは、不幸中の幸いだったと言えるけど。

 僕たち兄妹はその後、夕飯を食べる前にこっぴどく叱られる羽目になるのだった。


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