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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第4章 苺パフェの謎
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-2-

 苺ぱるふぇ・オンラインの世界を充分に満喫している僕たち5人。

 でも、心の底から楽しめる時間は、そう長くは続かなかった。

 不穏な噂が流れ始めたからだ。


 天使ちゃん……えんじゅ先輩が心細く感じ、僕たちを頼ってきたのは、不穏な噂を耳にしたから、という話だった。

 彼女が聞いた噂と同じものなのかどうか、それはわからないものの、ちょっと怖い話が苺ぱるふぇ・オンライン上でささやかれるようになっていた。


 失踪事件――。

 このゲームで遊んでいた人が、突然消えてしまったというのだ。


 もちろん、ログアウトしてゲームをやめる人は、オンしている側からすれば消えたように見えるけど。

 当然ながら、そういうのとは違う。


 僕たちのように友達同士でこのゲームを普通に楽しんでいたのに、翌日学校に行ってみたらメンバーのひとりが休んでいた。

 家に確認の電話をかけてみると、行方不明となっていた。

 そんな事例が、何件か起きているらしい。


 詳細な情報までは出回っていない。

 面白がってデマを流しているだけ、というのもあるかもしれない。

 それでも、火のないところに煙は立たないもの。

 失踪、もしくはそれに近い事件や事故なんかが起きたのは、事実と思ってまず間違いないと思われる。


 普通に考えれば、現実世界で失踪したとしても、その原因がオンラインゲームと直接結びつくことはないはずだ。

 だけど、例えばオンライン上で口論となったり言葉によるいじめを受けたりして、深く傷ついた人が失踪する、といった可能性なら充分にありえるだろう。

 人と人とのコミュニケーションが重要となるオンラインの世界ならではの問題とも言える。


 ただ今回の件は、どうやらそういうことでもないらしい。


『闇に捕らわれ、消えてしまう』


 噂では、そんなふうに言われている。


 天使ちゃんが以前語っていた、入ると出てこられなくなる闇の空間があるという話を思い出す。

 その空間に、なんらかの原因で入り込んでしまい、現実世界にも戻れなくなったのではないだろうか?


 僕たちは苺ぱるふぇ・オンラインの世界に来て、自ら体を動かし、リアルな冒険を楽しんでいるように錯覚しているけど。

 実際には、プレイヤーは自分の部屋などにいて、ヘッドホンタイプの装置を通してパソコンにインストールされたゲームを起動しているに過ぎない。

 仮にログアウトできなかったとしても、ただ眠っているだけで、失踪事件になるとは考えにくい。


 それに、もし不具合が出てログアウト機能が使えなくなってしまった場合でも、ヘッドホンを外した段階で強制的にログアウトされるシステムになっている。

 だから何日も眠ったまま意識が戻らない、という状況にはならないはずなのだ。

 ひとり暮らしの人で、誰にも気づかれなかったりしたら、少々問題がありそうな気はするけど……。


 どちらにしても、今回の失踪事件は、そうやってログアウトできなくなる類のものとは異質の事案のようだ。

 なにせ、現実にプレイヤーが消えているというのだから。


「なんか、怖いな」


 いちごがいつになく真剣な面持ちでつぶやいた。

 そう言いながらも、苺パフェを口に運ぶ手は止まっていないのだけど。

 止まりはしなくとも、そのペースは明らかに遅かった。

 いちごでさえ、不安な気持ちに包まれてしまっているのだ。


 学校から帰ったらいつものようにオンして、いつものようにオープンカフェに席を取った。

 とはいえ、いつものように楽しい冒険に思いを馳せつつ会話を弾ませる、といった流れにはならなかった。


 心なしか、このオープンカフェも寂しく感じてしまう。

 いや、実際に寂しいのだ。

 町を行く人影も、ぐっと少なくなっている。


 失踪事件の噂が事実なのか、わかってはいない。

 それでも、安全が確認されていないのが現状だ。念のため危険は避けておくのが、人間として当然の心理だろう。

 町で毎日のように見かけていた人たちも、ここ数日はオンしていないらしく、その姿を目にすることができなかった。


 そういった雰囲気は、ペットのチビにも影響しているのか、今日はどうも元気がない。

 今はテーブルの下……いちごの膝の上に乗っかって、完全に眠っているみたいだった。

 いちごの膝枕で眠るとは、なんて贅沢な!


「単なる噂話……とばかりも言っていられませんわね~」

「そうだな! 実際に運営側も、調査に乗り出しているって話だしな!」

「……闇の空間は、着実にボクたちに迫ってきてる……?」


 不穏な噂があっても、僕たち5人はフルメンバーだった。


 安全だとわかるまで、オンするのはやめておこうか?

 そんな案も、無論あった。

 むしろ、そうすべきかな、という方向で落ち着きつつあった。


 えんじゅ先輩も含め、学校で話し合ってきたその結論を伝えると、苺香は断固反対との意思を示した。


「そんなわけのわからない噂なんかに踊らされる必要ない! 気をつけてれば大丈夫だろ!」


 その言葉の裏には、苺パフェを食べられなくなるなんて嫌だ、との本音が見え見えだったけど。

 僕としても、苺パフェを食べたあとの笑顔が見られなくなるなんて嫌だ、という本音は抑えられなかった。

 苺ぱるふぇ・オンラインで仲よくなって、現実世界ではできない妹との結婚を実現させる、壮大な最終目的もあるわけだし。


 僕は苺香とともに、この世界へと入ってきた。

 今日はいちごとふたりだけの冒険になるのかな。

 そう思っていたら、ミソシルもクララも天使ちゃんも何事もなかったかのように近づいてきた。


 僕といちごがオンするのは、予想していたのだという。

 さすが、いちごの……というか、苺香の性格を、よく把握していらっしゃる。

 いや、僕の性格も、と言うべきか。


 噂のことは気になる。

 だからといって、すでに日常となっているこの世界での冒険をやめるつもりなんて、今の僕たちにはなかった。


 失踪事件が単なる噂ではなく、現実に起きていると確信できたら、また違った対応になるかもしれないけど。

 それまでは、今までどおりに楽しもう。

 僕たちグループの総意として、そういう結論に達していた。




「あっ、キミたちも来てたんだね」


 不意に声がかけられた。


 今までどおり楽しもうと言っているにもかかわらず、僕たちは沈んだ気分が消えないままだった。

 そんな雰囲気を吹き飛ばすくらいの、明るく爽やかな声だった。


「フランケン!」


 いちごが嬉々として名前を呼ぶ。

 正確には間違っているのだけど。

 それは先日知り合ったフランさん……フランベルジュさんだった。


 フランさんの背後には、他に3人の人が控えめに立っている。

 本人を除いて、男性1人と女性2人。

 基本的にその4人で固定パーティーを組んでいるのだという。


「そうなんですか。僕たちがいつも5人一緒なのと同じですね」


 いちごがあまりにも再会を嬉しそうにしているので、ちょっとムッとしながらも、僕はそんな言葉を投げかける。

 言外に、「僕たちは仲よしグループなんだから、入り込む隙間なんてない。だからいちごに近寄ってくるなよ」という意味を込めて。

 男女2名ずつの固定パーティーだし、向こうは2組のカップルなのだろうと考えたからだ。


「うん、そうだね。キミたち同様、私たちも仲よくこのゲームを楽しんでるよ」


 フランさんは言外の意味には気づくことなく、素直に受け取ったようだった。

 一点の陰りもない、爽やかな微笑みを伴って。

 なんだか、自分がちっぽけですごく嫌なやつに思えてくる。


 話を聞いてみると、フランさんたちのパーティーは僕たちとは違って、現実世界の知り合いではないらしい。

 完全にネット上だけの関係で、それが心地よいとも思っているのだそうだ。


 雰囲気的に見て、フランさんはパーティーメンバーの女性どちらかとつき合っているわけでもないみたいだった。

 とすると、いちごが安全とは言えないのか。

 再び、フランさんへの警戒心が湧き上がってくる。


「レモンくんは、表情がコロコロ変わって面白いね」


 そのフランさんから、こんなことを言われてしまった。

 恥ずかしい表情を見られていた!

 僕はまたしても、小さく縮こまる。

 それもフランさんいわく、『面白い』部分に含まれることにも気づかずに。


 コロコロと表情が変わるのは、いちごのほうが上のはずなんだけどなぁ……。

 兄妹だから似ているのかもしれないけど。


「それにしても、あの噂、ほんとに嫌だよね」


 失踪事件が起こっているという不穏な噂。

 それはフランさんたちも耳にしていた。

 そのせいで、オンしている知り合いが少なくなった、と不満を漏らす。


「このゲーム、いくつかのパーティーで共同作業するようなクエストもあるからね。その妨げにもなるから、ほんとに厄介だよ。見ず知らずのパーティーと組む手もあるけど、よく知った仲のほうが気楽だし……」


 社交的な雰囲気のフランさんでも、初対面の人との会話は可能なら避けたいということか。


「でも、キミたちはいてくれた。ちょっと心強いよ。私たちは今後も続けていくつもりだけど、キミたちもそうなのかな?」

「もちろんだぜ! あたしたちは、この世界が好きだからな! むしろ、愛してるからな!」


 フランさんの質問に、いちごが躊躇なく答える。

 その愛が向けられるのが、この世界全体じゃなくて僕になる日は来るのかな。

 そんなことを考えながら愛しの妹を眺める僕を、フランさんはやっぱり微笑みながら見つめていた。


 なんだよ、その余裕の笑みは!?


 心に余裕のない僕は、敵対心むき出しで威嚇の視線を返すのだった。




 僕の敵対心はともかく。


 フランさんたちも、失踪事件に関しては不安に思っているようだった。

 こういう場合には情報を共有したほうがいい、との理由で、お互いにフレンド登録する流れとなった。

 なにかわかったら、真っ先に教え合おう、という判断だ。


 僕としては、正直、嫌だった。

 悪い人ではない、どころか、とてもいい人そうではある。

 それでも、いちごに近づく男性が増えるのは、気分のいいものではない。


 ともあれ、僕ひとりがワガママを言って、みんなに迷惑をかけるわけにもいかない。

 ワガママなのは、いちごだけで充分だ。


 僕は表向きは素直に、内心ではかなり渋々ながら、フランさんたちとフレンド登録を交わした。

 もっとも、仕方なくという隠したつもりの思いは、表情にありありと浮かんでいたようで……。


「そんなに怖い目で睨まないで、仲よくしようよ」


 フランさんから、くすくす笑いながらそう言われ、たしなめられる結果になってしまった。


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