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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第4章 苺パフェの謎
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-1-

「お~~~っ! チビ、お前はほんとに可愛いな!」

「きゅう~~~ん!」

「わっ! チビ! ペロペロするな! あたしの顔は、エサじゃないぞ!?」


 いちごがミニドラゴンのチビとじゃれ合っている。

 満面の笑顔を惜しげもなくさらし、小動物を愛でる女の子というのは、とても絵になる光景だ。

 お前はほんとに可愛いな、いちご!


「はっはっは! だが、レモン。いいのか? チビの飼い主はレモンなんだぞ? 一応」

「そうですわ。ペットというものは、ちゃんとしつけてあげなけばなりませんのよ~?」

「……あまり不甲斐ないと、自分のほうが偉いと勘違いして、上下逆転現象が起こるかもしれない……」


 ミソシル、クララ、天使ちゃんからはツッコミの声が飛んできたけど。

 チビと戯れているいちごの愛らしい姿を心のアルバムに余すことなく保存中の僕の耳には、ほとんど届いてこない。

 その顔は、ひたすらしまりなく、だらしない様相だったに違いない。


「なぁ、兄者。これだけ懐いてるんだから、もうあたしのペットでいいんじゃないか?」

「それは無理なんだって。飼い主登録はシステム制御で自動的に行われるんだから。何度言えばわかるんだか」


 答えながらも、僕のしまりのない顔は変わらない。

 やっぱり、いちごは可愛い。可愛すぎる!


 まぁ、いちごに思いっきり抱きつけて、チビがうらやましいという思いはある。

 とはいえ、僕がチビになれるわけもないのだから、それは仕方がない。

 無理な願望はスパッと捨て去り、チビがいるおかげで笑顔の絶えないいちごの様子を、網膜カメラで撮影することに専念する。


 くそぉ。スクリーンショットを撮る機能がないのが、ほんとに恨めしい。


 瞳のファインダー越しのいちごとチビのじゃれ合いは、さらにエスカレートしていく。

 チビは小さな手足をちょこまか動かし、小さな翼を忙しなくパタつかせ、いちごの周囲を嬉しそうに飛び回っていたのだけど。


「あっ、こら! やめろ! くすぐったいだろ!? きゃははは!」


 いちごが身をよじり、笑い声を響かせる。

 僕は思わず息を呑んだ。

 チビが突然、いちごのスカートの中に頭から突っ込んだのだ!


 スカートの中でなにが起こっているのか、ここからではよくわからない。

 だけど、もぞもぞとスカートの布地が激しくはためいている様子を見れば、チビがいちごの太もものあいだで暴れているのは明らかだった。


 くそぉ! うらやましすぎるぞ! 今すぐ僕と入れ代わるんだ、チビ!


 無理な願望はスパッと捨て去った、というのは完全に誤りだったようだ。


「はっはっは、ペットは飼い主に似るっていうからな! いつものレモンみたいなことをし始めたな!」

「ぼ……僕はあんなことしないっての!」

「うふふふ。ですが、したくはないんですか~?」

「そ、それは……。本音を言えば、したいけど」


 ミソシルとクララの誘導尋問に引っかかり、ついつい本音がこぼれる。

 ……誘導尋問だったか? といったツッコミは無しで。


「兄者……妹に対してなにしようとしてやがるんだ!」


 しかも、しっかりいちごに聞かれていた!

 いや、すぐ近くにいるんだから当たり前か。


「わわっ! チビ、やめろって! きゃうっ!」


 チビはまだ、いちごのスカートの中でやりたい放題、といった状況らしい。

 ほんとに、うらやましいな、チビ!


 ひとしきり艶かしい声を飛ばしまくり、僕の耳も目も楽しませてくれたあと、いちごはようやくスカートの中からチビを引っ張り出すことに成功する。


「まったく……兄者はほんっと、エロいな!」

「僕っ!?」

「ペットの行動には飼い主が責任を持つべきだ! ゆえに、兄者があたしのスカートの中に突っ込んできたようなものだ!」

「どういう理屈だよ!?」


 実際にやっていないことで咎められるのは納得が行かないものの、チビの飼い主は確かに僕なのだから、いちごの主張には一理あると言わざるを得ない。

 もちろん、僕がいちごのスカートの中に突っ込んだのと同義、ということにはならないと思うけど。


「とにかく、ペットの粗相は飼い主の責任だからな! 謝罪の意味を込めて、苺パフェをおごれ!」

「はいはい、わかったよ」


 どっちにしたって、いちごがパフェを食べるのは変わらないだろうに……。


 おごりだから、パーティーの共有財産じゃなくて僕個人の所有するお金から支払うことになるのが、少々痛手ではある。

 ともあれ、それくらいなら安いものだ。

 いつものように、苺パフェを食べたいちごは、キラキラの笑顔を見せてくれるはずなのだから。

 その顔はしっかりと心のアルバムに追加させてもらうとしよう。




 いちごはチビを胸の辺りに抱え、るんたるんたと歩いていく。

 その背中を、僕たち4人が追いかける。


「はっはっは、いちごちゃん、ほんとに嬉しそうだな!」

「ああ、そうだね。どれだけ、苺パフェが好きなんだか」

「うふふ、それだけじゃないですわよね~? チビちゃんの存在で、とても癒されている感じですわ~」

「……ボクもそう思う……」

「はっはっは! そしてそれを見て癒されるレモン、っていう構図だな!」

「うふふ、そうですわね~」

「……異論はない……」


 基本的に、からかわれるのは僕の役割となっているみたいだ。

 ま、今さらその立場から脱却しよう、とも思ってはいないけど。


「うるさいっての。べつに問題ないだろ?」

「うふふ、ただ、現実世界では問題ありだと思いますよ~?」

「はっはっは、確かにな! なんたってレモンの視線は、妹を見る目じゃないもんな!」

「……犯罪者の目……?」

「ちょっと、天使ちゃん。それはないんじゃないかな?」

「うふふ、ですが、本当にリアルで結婚したいなら、法律を破ることになりますわよ~?」

「なるほど」

「はっはっは! 納得するなよ、レモン!」


 背後でこんな会話がなされていても、いちごはチビと戯れることに集中しているせいか、まったく気づく様子はない。

 さっきと違って、少し離れて歩いているから、というのも理由としてはあるか。


「そういえば、ペットのシステムについて、少々調べてみたのですが」


 ふと、クララがそんな前置きをして、ネットで得た情報を語ってくれた。


 どうやら、ペットと飼い主との絆が深まっていくと、ある程度、意識の共有が可能なシステムになっているらしい。

 意識の共有……というよりは、感覚の共有、と表現するべきかもしれない。

 つまり、ペットの五感を、そのまま飼い主が感じることまでできるようになる、というのだ。


 公式なシステム解説はされていない上、ペット所有者自体がごく少数なため、あくまでもユーザーの憶測でしかないみたいだけど。

 ペットが聞いた音を聞き、ペットが見た映像を見て、ペットが嗅いだ匂いを嗅ぎ、ペットが食べたものの味を感じ、ペットが触れた感覚を得ることができる。

 最終的には、ペットの中に意識が乗り移っている状態にまでなれるのではないか、とのこと。


 実際にそこまで感覚を共有できているユーザーは誰もいないという話だから、確実なことは言えないけど。

 もしそうだとしたら、とても便利な気がする。


 具体的に言えば、いちごの声を間近で聞き、いちごの笑顔をすぐ目の前で見て、いちごが放つ匂いを嗅ぎ、いちごのほっぺたとかの味を感じ、いちごが抱きしめてくれる温もりに包まれることができるという、最高の状況になれるからだ!


「はっはっは! レモンがまた、妙な妄想してやがるぞ!」

「うふふ、そうみたいですね~」

「……正直、キモい……」


 天使ちゃんは、ちょっと正直すぎると思うけど。

 それはともかく。


 今まさに、チビはいちごに抱きしめられている。

 その温もりは僕には感じられない。

 だけど、ほのかに苺みたいな甘酸っぱい匂いは感じられる気がする。


 よくよく思い返してみれば、チビがいちごのスカートの中に入り込んだときにも、なにか匂いが感じられたような。

 あれってもしかして……。


 でへ。


「はっはっは! レモンがまたしても、妙な妄想してるぞ!」

「うふふ、そうみたいですね~」

「……正直、キモすぎる……」


 3人の反応は、さっきとほとんど同じだった。

 天使ちゃんは正直さがパワーアップしていたけど。

 それはさておき。


「レモンさんは、完全にではないですが、チビちゃんと匂いの共有ができているようですね~」


 クララがそう結論づける。


 人間には体臭がある。

 といっても、苺ぱるふぇ・オンラインを含むVR系ゲームでは、人間の匂いは感じられない。

 無味無臭。それが普通だ。


 最初にキャラクターメイキングする際、女性キャラだったら香りの指定もできる。

 強烈な匂いにまではならないけど、香水の匂いが微かに漂うくらいにはなる。

 現にお嬢様設定のクララは、爽やかな花のような匂いを周囲に放っている。


 そういった例外はあるものの、普通は匂いなんてしないはずなのに。

 そもそも僕自身、苺ぱるふぇ・オンライン上で、いちご本人から匂いを感じたことはない。

 それなのに、どうして……?


「これも憶測でしかないようですが、ブレイン・インパルスを使った最初のゲーム、『ファンタジアーツ』からの名残ではないかと言われています」


 クララが解説を添える。


 そよ風の流れを肌で感じ、心地よい鳥のさえずりを聞き、自然の匂いを胸いっぱいに吸い込む。

 そういった感覚は、苺ぱるふぇ・オンラインを含むVR系のゲームではほぼ完璧に再現されている。

 ただし、NPCを含むキャラクターに関しては、匂いや感触などが制限されるようになっている。


 それに対して『ファンタジアーツ』では、リアルさを追求して開発が進められたためか、基本的に制限は加えられなかった。

 結果、ゲーム内で女性を襲ったりする男性まで出てきて問題になり、運営中止に至った。

 その教訓を踏まえ、今ではキャラクターに関する制限は常識のように考えられている。


 ただ、ブレイン・インパルス技術は『ファンタジアーツ』当時のものを改良して使っている関係上、根幹の部分では共通している要素が多い。

 システムの一部は完全に流用されているという話も聞く。

 それは、リアルに再現したキャラクターの匂いについても、同様なのではないか。

 すなわち、人間には感じられない微細なレベルにまで引き下げられているだけで、まったくの無臭になっているわけではないのではないか、と考えている人もいるのだという。


「チビちゃんは小さいですがドラゴンの一種です。人間より遥かに優れた嗅覚を持っていたとしても、不思議ではありませんよね~?」

「はっはっは! 犬の嗅覚は人間の10万倍とか1億倍とか、よく言われてるしな! 動物の嗅覚の鋭さも再現しているってことか!」

「……10万倍とか1億倍とか、どういう基準で判断しているのか、謎ではあるけど……」


 そうすると、いちごは名前のとおり、苺のような匂いを発しているってことか。

 前を行くいちごを、じっと見つめる。

 と、そこでふと気づいた。


 チビの鼻を通して、ということになると思うけど、ほのかな苺のような匂いが、今この瞬間も確かに感じられる。

 いちごはチビを胸に抱きかかえる格好で可愛がっている。

 そのチビが、いちごの胸の辺りに顔を埋めたとき、一番匂いが強くなっているような……。


 いちごの、胸の匂い。

 なんて考えて、一瞬、頬が緩みそうになったけど。

 ちょっと待てよ。


 いちごの胸、というよりも、いちごの胸に下げられているペンダント。

 あれに近づいた場合に、匂いが強く感じられるのでは……?


「いちご、ちょっといいかな?」

「ん? なんだ?」


 僕はいちごを呼び止め、ペンダントを手に取って匂いを嗅いでみた。


「やっぱり。苺の匂いがする」

「あたしの匂い!?」

「いや、そうじゃなくて、果物の苺な」


 実際のところ、現実世界の苺香は本当に、苺みたいな甘酸っぱい香りを放っていたりする。

 でもそれは、苺の香りがする子供用のシャンプーを使ってるからだしなぁ……。


 この世界では、キャラクターの匂いは基本的に感じられないものの、飲食物とか草花とかの匂いはリアルに感じられる。

 味覚の完全再現は難しいらしいけど、嗅覚のほうはかなり忠実に再現されているのだ。


 もっとも、すべての物に匂いがあるわけじゃない。

 とくにアイテム類は、普通は匂いなんてない。

 あるとすれば、特殊なアイテムのみ、ということになるだろうか。


「とすると、このストロベリーペンダントも、特殊なアイテムなんですかね~?」

「はっはっは! レアモンスターが落としたレアアイテムのはずだしな!」

「……大切にするべきかも……」


 ミソシルたち3人も歩み寄ってきて、そんな意見を挟む。


「言われなくたって、あたしは大事にするぜ! なんたって、兄者からのプレゼントだからな、これは!」

「だから、全員からだってのに」


 そう訂正しながらも、いちごの笑顔によって僕の頬は緩みっぱなしだった。

 そんないちごに抱かれながら、チビも愛らしい鳴き声を響かせていた。


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