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ドタドタドタドタ……バンッ!
大きな足音を響かせ、騒々しくドアを開け、僕の部屋へと飛び込んできた訪問者。
それは言うまでもなく妹の苺香だった。
「ぐあ~~~~! 兄者ばっかり、ずるい!」
第一声がそれか。
オンライン上でも散々言いまくっていたくせに。
「あ~、もう! あたしもペットがほしいぜ!」
ずかずかと部屋の中に入ってきた苺香は、すかさず僕のベッドにダイブして足をバタつかせる。
「って、こら、苺香! ホコリが舞うだろ!?」
などと文句を言いながらも、苺香がベッドに横になってくれてちょっとラッキー、と思っていたりする。
苺香の甘い香りが残ってくれていれば、気分よく眠れそうだし。
……いや、興奮して逆に眠れなくなるかな?
「それにしても苺香、そこまでペットが飼いたかったのか。リアルでは一度もそんなふうに言ったことなんてないのに」
「ん~、だってほら、お母さんが動物の毛のアレルギーだしさ」
僕にとっては、わがまま放題の苺香、という印象が強いけど。
両親に対しては、とても素直でいい娘を演じている。
無理を言って困らせるようなことなんて、絶対にないのだ。
現実世界ではペットが飼えない。だからせめて、ゲームの中だけでもペットを飼いたい。
その苺香の思いはよくわかる。
現実世界では結婚できない。だからせめて、ゲームの中だけでも苺香と結婚したい。
そう切に願っている僕だからこそ。
とはいえ……。
「レアイベントなんだから、仕方がないじゃないか。もう1度発生する可能性もほとんどなさそうだし」
「ぶぅ~~~~!」
苺香がオンライン上でも見せたように、頬を膨らませる。
そんな表情は、現実世界で見てもやっぱりラブリーだった。
「ま、名付け親ではあるんだから、チビをしっかり可愛がってあげればいいんじゃないか? チビだって、僕よりもむしろ、苺香のほうに懐いてる感じだっただろ?」
「それなのに兄者が飼い主だなんて、やっぱり納得が行かない! 謝罪を要求する!」
「謝罪って……」
相変わらず、苺香はめちゃくちゃな論理展開をしてくる。
いつものことだし、今さら驚きもしないけど。
「それじゃあ、カップのパフェ、食べていいから。コンビニのやつだけどさ」
「おっ、マジっ!? あれって兄者のじゃないのか!? 1個しかなかったよな!?」
1個しか買ってこなかったのは、すでに確認済みだったか。
そういったスイーツ類は普段、苺香の分も合わせて2個買ってくるのだけど、今日は持ち合わせが少なくて断念した。
ただ、苺香に見つからなかったら僕が食べようと思ってはいたものの、基本的に自分用として買ってきたつもりはない。
「ああ、苺香にやるよ」
「やったぁ~! ありがとな、兄者!」
なにかあったら、苺香のご機嫌取りのためにこうする。その目的で買ってきてあったと言ってもいい。
案の定、苺香は満面の笑みを返してくれた。
この笑顔が見られるだけで、僕はおなかも胸もいっぱいだ。
……だがしかし。
「ぶぅ~~~~! やっぱり兄者はずるい!」
今日の苺香は、しつこかった。
とっくにコンビニのパフェはたいらげ、空っぽになったプラスチックの容器とスプーンをゴミ箱の中に投げ込んだあとだ。
まさか、スイーツ1個で機嫌が治らないことがあるとは。
単純な苺香らしくない!
「だいたい兄者は人間的にダメダメなんだ。喜んで妹に差し出すくらいの気遣いはほしいものだな!」
カップのパフェは、喜んで差し出してやったのだけど。
もちろん苺香が言っているのは、ペットのチビのことだ。
「いや、最初に僕にぶつかってきた時点で、飼い主が決まっちゃってたみたいだし……」
「ぶぅ~~~~! やっぱりずるい! ずるすぎる! ずるふぇくとだ!」
「ずるふぇくとってなんだよ?」
「パーフェクトにずるいってことだ!」
「妙な造語を作るな。仕方がないだろ? わがまま言うなよ」
こんな言い争いも、僕としては嫌ではないのだけど。
それでも、少々めんどくさくなってきていた。
……とは言っていられない発言が、苺香の口から飛び出してくる。
「そもそも兄者は、あたしに対する優しさが足りない! フランさんみたいな、爽やかなお兄さんがよかったぜ!」
「な……っ!?」
ここでどうしてあの人が出てくる!?
もしかして苺香、そんなにフランさんのことを気に入っていたのか!?
たった一度、パーティーに加わってもらっただけの人を引き合いに出され、僕よりも向こうのほうがいいだなんて。
すごくショック! ショックすぎる! ショックェフトだ!
……苺香流に言ってみたけど、かなり無理があるな……。
実際のところ、苺香はなにげなく口走っただけで、フランさんを特別気にしているというわけでもなさそうだった。
というか、そう思いたい。
ともかく、フランさんの話題は一瞬で立ち消え、苺香が放った言葉。
そっちはそっちで、またしても衝撃的なものだった。
「そうだ! 兄者があたしのペットになればいいじゃんか! ナイスアイディア!」
…………。
意味がわからない。
「なんでそうなるんだよ……」
「ふっふっふ、よく考えてみろよ。兄者があたしのペットなら、兄者のペットだってあたしのペットになるだろ? 必然的に、チビもあたしのペットってことになる!」
「どういう理屈だ!?」
苺香の論理展開は、やっぱりわけがわからない。
「というわけだから、兄者、四つん這いになれ!」
「ええっ!?」
「兄者はあたしのペットだ! 命令には絶対服従!」
「なぜ妹に命令されなきゃならないんだか……」
ぼやきつつも、四つん這いになる僕。
そしてそんな僕の背中に躊躇なくまたがる苺香。
これが普通の兄と妹の日常なのだろうか。
まぁ、僕は普通の兄ではないし、苺香は普通の妹ではないから、日常が異常でも納得されてしまいそうな気はする。
とくに、世知と剣之助には。
それにしても……。
苺香が僕にまたがって乗っかっている現状。
背中にはお尻の柔らかな感触と温もりがこれでもかと伝わってくる。
ふむ。
これはこれで、悪くないかも?
と考えてしまう僕は、やっぱり普通の兄ではないんだろうな。
「ほら兄者、走れ走れ! ゴーゴーレッツゴーヒアウィーゴー!」
とか言って脇腹を思いっきり蹴ってくるのは、さすがにやめてほしいけど。
なお、苺香の乗馬……というか乗兄は、夕飯の時間になるまで続いた、というのを追記しておこう。
……なんだかとっても無駄な追記だったような気がしなくもない。