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「お~~~、こりゃ絶景だ! できればみんなで、美味しいお弁当でも食べたいところだな!」
いちごがはしゃぎ声を響かせる。
僕たちは今、雄大な自然に囲まれた丘へと足を運んでいた。
美味しいお弁当が食べられないのは、ここが苺ぱるふぇ・オンラインの中だからだ。
この世界では、苺パフェを完全再現している反面、それ以外の飲食物はどれもこれも似たような微妙な味となってしまっている。
一応味として感知はできることから、パンやお弁当なんかも売ってはいるものの、基本的には体力回復などゲーム的な効果を得るための単なるアイテム扱いでしかない。
ま、ピクニック気分でランチタイム、というのは諦めてもらうとして。
今いるのは、竜の丘と呼ばれる場所だ。
拠点の町から随分と遠く、なかなか来ることはできないけど、比較的安全な行程でたどり着けることから、低レベル陣には結構好評なのだとか。
今回はクエストではなく、勝手気ままな自由な冒険、ということになる。
クエストをこなしたほうが報酬も出るし、クリアすれば経験値も得られるから、レベル上げの効率としてはそっちのほうが断然いい。
でもべつに、僕たちがこのゲームで遊んでいるのは、レベル上げのためだけってわけじゃない。
たまには綺麗な景色を楽しむ時間も取りたい。そう考えて、はるばるここまで来た。
花より団子……いや、景色より苺パフェないちごが満足してくれるか、ちょっと不安だったけど。
わーきゃーと黄色い声を上げながら四方八方を眺めまくっている様子を見るに、充分に堪能しているのは間違いないだろう。
それにしても。
比較的安全で好評を博している絶景ポイントと聞いていたから、観光地みたいに人でごった返しているイメージがあったのだけど、全然そんなことはなさそうだ。
僕たち以外、人影はどこにも見当たらない。
圧倒的なほど広大な自然の中に、僕たち5人だけ。
ありきたりだけど、人間なんてちっぽけなものなんだと、深く実感させられる。
「実際、兄者はちっちゃいけどな!」
「な……っ!? いちご!?」
いきなりなにを言い出すんだか、この妹は!
というか、いったいいつ見たんだ!?
などと考え、焦りまくる僕。
いちごが言っているのは、当然ながらそういうことではなく。
「器が!」
「そういうことか!」
まぁ、わかってはいたけど。
もったいぶって、あとから「器が」とつけ加えるあたり、わざとやっているとしか思えない。
「はっはっは! どんな勘違いをしていたか、丸わかりだな、このバカ兄貴!」
ミソシルがいつもどおり豪快に笑う。
「うふふ、そうですわねぇ~。まぁ、本当にレモンさんは小さいですけれど」
「……そ、そうなんだ……」
そしてクララが余計なことを口走る。
「って、クララ! どうしてお前が知ってるんだ!? 天使ちゃんも、ニマニマしながら変な想像するんじゃない!」
「うふふ、だってわたくし、リアルでは中学時代から一緒なんですよ? 修学旅行で一緒にお風呂に入ったじゃないですか~」
そういえば、タオルで隠していたのに、剣之助に無理矢理剥ぎ取られんだっけ。
クララは事実を述べているだけでしかないのだけど。
笑顔が素敵なお嬢様の姿でそう言われると、中身が剣之助だとわかってはいても、なんだか妙な気分になってしまう。
「クララちゃんと一緒にお風呂だなんて、兄者、いやらしいな!」
「違うっての! 修学旅行の話だって言っただろ!?」
いちごがわかっていてわざとそう言っているのは、そのニヤニヤ顔からも一目瞭然だったというのに、僕はついつい反論してしまう。
「はっはっは、オレとも一緒に入ったよな!」
そこで対抗心でも燃やしたのか、ミソシルまでそんなことを言い出した。
ただこいつの場合、クララとはまた違った意味合いになる。
この世界では筋肉質のごっつい男だけど、現実世界ではちんまい女の子だからだ。
世知は幼馴染みだから、まだお互いに小さい頃にはそんなこともあったに違いない。
僕は全然覚えていないけど。
「うげ~っ! ミソくんと一緒にお風呂だなんて、兄者、いやらしいな!」
この反応からすると、いちごは世知とのことではなく、筋肉マッチョなミソシルと僕が一緒に入浴する場面を想像しているのだろう。
って、やめてくれ! 気色悪すぎる!
「うふふ、男同士の裸のつき合いですわよねぇ~?」
「クララ! お前もBL好きの設定を出すな!」
「……ボクだけ一緒に入ってない……。ずるい……」
「天使ちゃんは出会ったばかりだし、当たり前でしょ!? っていうか、本当は全然残念に思ってなんてないよね!?」
「ん~、でも確かに、天使ちゃんだけ仲間はずれだな! あたしも兄者と一緒にお風呂入ったし!」
「……むぅ、やっぱりずるい……」
「いちごはいちごで、余計にこじれるようなことを言うんじゃない!」
とか言いつつも、いちご……じゃなくて苺香と一緒に入った現実世界でのお風呂を思い出す。
もちろん、幼い頃の出来事ってことになるのだけど。残念ながら。
それでも僕は、ほとんど無意識のうちに、頬の筋肉をだらしなく緩ませていた。
「うあ、その顔……。やっぱり兄者、いやらしいじゃん!」
「いや、べつにそういうのじゃなくて!」
「はっはっは! だったら、どういうのだよ?」
「うふふ、レモンさんはえっちぃ人で決定ですわね~」
「……決定……」
「どうしてそうなるんだよ~~~~!?」
なんというか……。
勇壮なる自然に包まれていようとも、僕たちグループはいつもとなにも変わらないみたいだ。
僕たちは騒ぎながら、ちょっとしたピクニック気分で竜の丘を歩き回っていた。
しばらくして日差しが傾き始めた頃、
「きゅう~~~ん!」
不意に僕たち以外の声が聞こえてきた。
モンスターか!?
僕はとっさに身構える。
さっきの声の印象からすると、小さな動物かなにかの鳴き声のようにしか思えないけど。
このゲームの中では、モンスターも可愛らしい容姿をしている。
言うまでもなく、鳴き声だって可愛らしいのだ。
まだ姿を確認してはいない。
でも、どんなに可愛らしかったとしても、モンスターはモンスター。
安心できる相手ではない。
身構えたまま、視線を巡らせる。
そんな僕に衝撃が走った。
腹部に、物理的な意味で。
「ぐっ!?」
なにか小さな物体が、僕のおなかの辺りに勢いよくぶつかってきたのだ。
モンスターの遠距離攻撃か!?
といった考えは、完全に間違っていて……。
「うぎゃおっほ~~~~! なにそれなにそれ!? 可愛いいいいいいいいいいっ!」
いちごが奇声を放つ。
視線の先は僕の腹部。
いや、そこにいる、一匹の小動物。
それは黄緑色で、羽が生えている生き物だった。
子供のドラゴンのようだ。
二頭身の体型がとってもチャーミング。
大きな頭の大半を占めるくらいのサイズがある目は、くりっとしていてベリーキュート。
ぱたぱたぱたと、小さな羽を必死にはばたかせる姿も実に愛らしい。
いちごじゃなくても、女の子なら歓喜の声を上げて当然と言えよう。
男の僕でも、あまりの可愛らしさに自然と眉尻を下げているくらいなのだから。
どうでもいいけど、「うぎゃおっほ~!」って喜ぶのは、女の子としていかがなものか……。
そのいちごは、歓喜の声を上げるどころか狂喜乱舞。
怪しげな踊りを舞い踊っている。
最高潮に喜ぶと、いちごは踊り出すのか。メモメモ。
「きゅう~~~ん!」
「うぎゅのほほほぉ~~~~い! こりゃ、お持ち帰りっきゃないだろ!」
いちごは小さなドラゴンを両手でそっとつかみ、くるくるとその場で回転しながらそんなことを言っているけど。
以前ストロベリーナと戦ったときと同様、相手はモンスターでしかない。
お持ち帰りなんてできるわけが……。
「うふふ、そうですわね。お持ち帰りしましょうか~」
「えっ!? マジ!? いいの!?」
クララの発言に、いちごは目を丸くする。
持ち帰るしかないと言いつつも、半ば無理だと諦めていたからに違いない。
というか、僕だってそうだ。
小さいとはいえ、モンスターを持ち帰っても大丈夫なのか?
「はっはっは! これはあれだ、レアイベントってやつだな!」
「ええ、そうですわ~」
「……レモンくん、運がいい……」
どうやらみんなは、状況をしっかりと理解しているらしい。
話を聞いてみると、クエストを受けずに冒険している最中、突発的に発生するイベントがあるのだという。
その中でもユーザーがとくに待ち望んでいる、ペット取得のイベント。
それが今、まさに発生した、ということだったのだ。
「ペットか。そんなシステム、あったんだね」
「ええ。すごく発生確率の低い、幻と言われるくらいの超レアなイベントなんですよ~?」
「……あまりにも発生しないため、ペットを取得できるのはごく一部の人だけ……。だから、オンラインマニュアルにも載っていない……」
そんな幸運に恵まれるなんて。
やっぱりこれは、いちごがいるからなのかな?
いちごは平地で転べるドジ属性を持っていると同時に、幸運属性の持ち主でもある。
ストロベリーナからストロベリーペンダントをゲットできたのだって、いちごが幸運だからだろう。
そう思ったのだけど。
今回ばかりは、いちごの幸運というわけではなさそうだった。
「お持ち帰りOKならさ、これ、あたしが飼っていいんだよな!?」
答えは無論、YES……ではなかった。
「うふふ、残念ですが、飼い主はレモンさんですね~」
「ええ~~~っ!? どうしてだよ~?」
「最初にぶつかったとき、自動的に飼い主登録されたんじゃないでしょうか。見つめてみればわかりますよ~?」
小さなドラゴンにじっと目を凝らすと、「種族:ミニドラゴン、飼い主:レモネード」との文字が見えた。
なるほど。クララの言うとおりのようだ。
天使ちゃんがさっき、僕に対して運がいいと言っていたのは、それがわかっていたからなのか。
「ぶぅ~~~~! 兄者ばっかり、ずるい!」
いちごが頬をぷくーっと膨らませている。
そんな表情もラブリーだなぁ。
と、それはともかく。
ミニドラゴンを見つめた際、種族の上にもうひとつ、別の項目欄があった。
そこには、「名前:(未定)」とだけ記されていた。
「名前、つけなきゃだな」
明らかにトーンダウンしていたけど、いちごが提案する。
みんな、黙って頷いた。
でも、誰も喋らない。
いちごが口を開くのを待っているのだ。
このドラゴンの飼い主にはなれないみたいだから、せめて名付け親くらいは譲ってあげよう。
僕はそう思っていた。残りのメンバーも、全員が同じ思いでいるのだろう。
さて、いったいどんな名前をつけるのか。
いちごのことだから、きっと……。
「決めた!」
満を持して。
いちごが決定したミニドラゴンの名前は、これだった。
「チビ!」
なんというか、そのまんまだ。予想どおりだけど。
「今日からお前は『チビ』だ!」
「きゅう~~~ん!」
とはいえ名づけられたチビのほうも、いちごのほっぺたをペロペロと舐めて嬉しそうにしているのだから、まぁ、よかったのだろう。
できればいちごのほっぺたを舐めるのは、飼い主である僕に代わってもらいたいな。
などとバカげたことを考えたりしつつ、楽しそうにチビと戯れているいちごを眺める僕。
そんな様子を見たみんなが、いつものように僕にからかいの言葉をかける。
こうして可愛らしいペットが増えた僕たち一行は、そろそろ夕焼け色に染まり始めている丘に尽きることのない笑い声を響かせるのだった。




