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「う~ん……」
僕のうなり声が鉱山の中にこだまする。
「迷った」
「やっぱり兄者は頼りない!」
いちごに文句を言われるのも仕方がない。
甘んじて受け取っておく。
バシバシと頭に加えられる平手打ちは、少々やりすぎだと思わなくもないけど。
もっとも、普段から行き当たりばったりな僕たちだから、当然の結果だったとも言える。
なにせ、こんなにも複雑に入り組んだ鉱山だというのに、マッピングしようなんて発想すらなかったのだから。
低難易度が売りの苺ぱるふぇ・オンラインに、ここまで迷うほどのダンジョンがあるなんて。
まだレベルの低い僕たちが挑戦できる程度のこんな場所で……。
このゲームの場合、どこにいたとしても、一瞬にして拠点となる町までワープして戻れるシステムになっている。
だからこそ運営側も、ある程度複雑なマップになっていても問題ない、と判断しているのだろう。
高レベル用のマップだとワープできない場所もあるとか、そんな話も聞くけど、今の僕たちには関係ない。
「はっはっは! しょうがない、戻るか!」
諦めの早いミソシルが提案し、
「うふふ、それがよさそうですわね~」
クララも賛同の意を示す。
時間も時間だし、クエストに再び挑戦するのも無理がある。
まだもう少し遊べなくもないけど、今日はここまでにしておくしかないか。
天使ちゃんも黙って頷き、全員が合意。
……したかと思ったのだけど、そうではなかった。
いちごがまだ残っていた。
「ちょっと待てよ! それだと、クエストはどうなるんだ!?」
「もちろん失敗になるね」
「そうなったら、報酬はどうなるんだ!?」
「そりゃあ、あるわけないよ。失敗なんだから」
「だったら次回、苺パフェは……」
「うん、食べられないかな。パーティー共有財産の余裕も全然ないし」
このやり取りを経て、いちごがはたしてどんな反応を返してくるか。
僕じゃなくても予測できるというものだろう。
「そんなのダメだ! ふざけんな!」
「いや、そう言われても……」
「だいたいみんなも、どうしてそう簡単に諦めちまうんだ!? もっとあがいて、頑張るべきだろ!?」
いちごのその主張は立派だと思わなくもないけど、理由が「苺パフェが食べられなくなるから」では、説得力があるはずもない。
とはいえ、ご立腹のいちごに対抗できる人間なんて、僕たちグループの中には誰ひとりとしていなかった。
「はっはっは! いちご姫がそう言うなら、従うしかないよな! レモンの頭の中を代弁してみた!」
ミソシルが相変わらず豪快な笑い声を響かせながら言う。
そのとおりではあるけど、いつから姫になったのやら。
いちごは確かにわがままだから、そういう素質は充分にあるかもしれないけど。
「……もうちょっと、頑張ってみましょう……」
「おおっ、さすが天使ちゃん、話がわかる! 持つべきものは仲間だな!」
出かける前には、天使ちゃんは敵だとか散々ほざいていたくせに。
いちごの手のひら返し能力は今日も健在のようだ。
でも、そうだな。
確かに、こんなに簡単に諦めてしまうというのも、なんだか味気ない。
どうせ一瞬で戻れるのだから、せっかくだしギリギリの時間まで探索し続けてみてもいいか。
……などと考えた僕がバカだった。
まさかその判断によって、自らを窮地に追い込むことになろうとは。
いや、正確に言えば、状況的には改善した。
助かった、とも言える。
だけど、僕にとっては悪い方向へと進んでしまったことになる。
「あっ、こんな場所で人に会うなんて。キミたち、クエスト中?」
不意にひとりの男性が話しかけてきたのだ。
長髪が似合いすぎるほど似合っていて、笑顔も爽やかな細身の男性だった。
その人はフランベルジュという名前で、クラスはソードマスター。レベルは僕たちよりも上。
ソードマスターはファイターの上級クラスだから、レベルが上なのは当たり前だ。
一応解説しておくと、このゲームでは一定のレベルにまで到達すると、上級クラスが選択可能となる。
上級クラスにチェンジした場合でも、レベルはそのまま継続される。
ただし、選択できるのは基本的に最初だけで、あとから切り替えることはできない。
実際には、特殊なアイテムがあれば可能みたいだけど。
そう簡単に手に入るものでもないらしい。
苺ぱるふぇ・オンラインは、かなり広い世界を有している。
冒険できるマップもかなりの数がある。
それでも、クエストに出たら、同じように挑戦しているパーティーに出くわすことが多い。
にもかかわらず、今日は誰とも会うことはなかった。
それは、このクエストが……というかこのマップが複雑で面倒だから、挑戦する人が少ないせいなのだとか。
フランベルジュさんから話を聞いて初めて知った。
クエストの数も多いから、そこまで気にしていなかったな。
行き当たりばったりの僕たちらしいとも言えるけど。
ともかく、僕たちは今、絶賛迷子中だと恥を忍んで伝えたところ、
「だったら私が道案内しようか?」
と申し出てくれた。
フランベルジュさんは、この鉱山には採掘目的で来ていた。
上級クラスになっている、僕たちより高レベルの人ではあるけど、ひとりだけで行動するのは厳しい。
マップが複雑な上、ここはモンスターの出現率も高いからだ。
それで、なるべく隠れてモンスターをやり過ごしつつ、採掘ポイントを巡ってアイテムを集めていたのだという。
「クエストだと、一番奥の湖まで行くんだよね? 途中で採掘ポイントに寄っていいなら、同行させてもらうけど」
そうまで言ってくれたフランベルジュさんに、いちごが一も二もなく飛びついた。
「マジ!? だったら、是非お願いするぜ! よろしくな、フランケン!」
「いや、フランケンじゃないけど……。フランでいいよ。こちらこそ、よろしく」
いきなりのフランケン呼ばわりに少々たじろぎながらも、フランベルジュさん……いや、フランさんが僕たちのパーティーに臨時で参加することになった。
クエストは受けていないから、フランさんは報酬をもらえないことになるけど、それで構わないとも言ってくれた。
目的はあくまでも採掘にあるからだろう。
僕たちにとっては、迷子状態からも脱出できるし、なんの問題もない……はずだった。
でも……。
最初から嫌な予感はしていたんだ。
僕たちのグループに他人が入るのを極端に嫌ういちごが、あっさりと初対面の相手を引き入れていたから。
なんというか……。
いちごがフランさんにべったりなのだ。
当然ながら、文字どおりにべったりとつっくいている、というスキンシップ的な意味じゃない。
もしそうなっていたら、僕はとっくに発狂している。
鉱山内を歩いているあいだ、いちごはずっとフランさんと会話し続けていた。
僕たちなんていないかのように。
まるでふたりきりで歩いているかのように。
デートでも楽しんでいるかのように。
フランさん、あんたは敵だ!
そんなことを言うのは、いちごの専売特許かと思っていたけど。
僕の頭の中は苛立ちで支配されていた。
間違いない。僕といちごは、血のつながった兄妹だ。
いちごは心から満足そうに会話を楽しんでいる。
フランさんも笑いながら喋っている。
「はっはっは、なにジェラシってるんだよ、レモン」
「うふふ。いちごちゃん、取られちゃいましたわね~?」
「……レモンくん、暗殺を目論む忍者の目をしてる……」
3人がそれぞれに声をかけてくる。
「な……なに言ってんだか。僕はべつに……」
否定するも、勢いは弱まるばかり。
小声ではあったけど、ひそひそ話というほどではなかった。
とはいえ、前を行く2人が気づく気配はない。
それだけ会話に集中しているということだろう。恨めしい。
「ですが、いい人そうじゃないですか」
なにを言い出すんだ、クララ! 殴り倒されたいのか!?
といった思いは、どうにか押さえる。
「いちごちゃんだって、年頃の女の子なんですから。いい相手を見つけていい感じになっていいおつき合いをする。それも悪くないんじゃないかしら~?」
「悪いに決まってるよ!」
「どうしてですの~?」
「はっはっは、どうしてなんだ?」
「……どうしてなの……?」
「うぐっ……!」
ニタニタと笑いながら問いかけてくる3人。
こいつら、わかってて言ってるな!?
それにしても、天使ちゃんまで一緒になって、僕をからかってくるなんて。
僕のいちごに対する想いは、天使ちゃんには話したことがないはずだけど。
わざわざ言うまでもなく、一目瞭然なのかもしれない。
僕は答えることもできず、黙り込んでしまった。
視線は前方。
いちごとフランさんが微笑み合っている様子を、がっくりと肩を落として見つめる。
「なんてな! なに、たまたま冒険中に一緒になっただけの相手だ。気にすることでもないだろ!」
ここでミソシルがフォローを入れてくれた。
「うふふ、そうですわね。大丈夫ですよ。いちごちゃんとレモンくんの絆は、こんなことで途切れたりはしませんわ~」
クララも。
「……ええ。きっと大丈夫……」
天使ちゃんも。
ただ、
「……根拠はないけど……」
天使ちゃんは正直だった。
まぁ、それもそうだよな。
僕といちごは……というか苺香は、これまでずっと一緒に暮らしてきた仲だ。
簡単に割って入られるような関係じゃない。
地底湖に着いて、そこに咲く綺麗な花を手に入れたとき、
「この花、いちごちゃんに似合いそうだね」
とかんなんとかキザったらしいことを言いながら、そっといちごの髪の毛に挿したりして、しかも対するいちごのほうまで、
「わっ、ありがとう!」
とか言いつつ頬を染めたりしていた気がするけど。
大丈夫だ。絶対。おそらく。たぶん。きっと。
僕たちはその後、無事にクエストの目的を達成し、フランさんも採掘を終え、町まで戻ってきた。
「今日はありがとな、フランケン!」
「いや、だから……ま、いいか。こっちこそ、ありがとね」
いちごだけじゃなく、僕たち残りのメンバーもお礼を述べたあと、
「それじゃあ、また機会があれば」
フランさんはそう言って、軽く手を振りながら去っていった。
いちごにフレンド登録を迫ってくるとか、そんな素振りもなく。
やけにあっさりとした引き際だった。
……と思うのは、僕が勝手に敵視しているせいだろうか。
「な? 大丈夫だっただろ?」
ミソシルが僕にウィンクする。
筋肉隆々の大男にウィンクされるなんて微妙ではあったけど。
僕としては、正直ほっとしていた。
それが偽りの安心感だったと気づくのは、それからしばらく経ったあとのことになる。