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苺パフェを食べて冒険に出かけよう  作者: 沙φ亜竜
第1章 苺ぱるふぇ・オンライン
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-1-

美味(うま)~っ! やっぱコレ、最高~っ! 脳ミソとろけちゃうぜ!」


 僕の目の前で、女の子がこれでもかとばかりに笑顔を輝かせながら、苺パフェをスプーンですくって口に運んでいる。


「しかも、いくら食べたって太る心配なし! なんて最高なんだか、この世界っ!」


 オープンカフェのテーブルに着き、僕の向かいの席で一心不乱に苺パフェをパクつく彼女。

 サイドテールにした髪がひょこひょこと揺れ、淡いピンク色を基調とした服装もとってもキュートで似合っている。


 食べながら喋っちゃダメだよとか、そもそも口を大きく開けすぎだよとか、ツッコミたい気持ちがないわけでもないけど。

 そんなことでわざわざ笑顔を曇らせたくなんてない。


 キミが目の前で笑ってくれている、この瞬間こそが、僕にとっては最高の世界だよ。


 ……なんて歯の浮くようなセリフを言ったら、きっとこんな答えが返ってくることだろう。


 はぁ~? なに言ってんだよ、兄者。バッカじゃないの? 試しにいっぺん死んでみたらどうだ?


 もうちょっと女の子っぽい言葉遣いをしなよとか、兄者って言い方はどうかと思うぞとか、ツッコミたい気持ちでいっぱいになりそうだけど。

 おおよそ、そんな感じのことを言われるのは目に見えている。


 だから僕は、ただただ黙って彼女を見つめ続ける。


 じっと顔を見つめると、その子の頭上にぼやーっと文字が浮かんでくる。

 それがこの世界のシステム。



 イチゴミルク ファイター:レベル2



 名前とクラス、レベルが表示されている。

 ここはRPGの世界。

 いわゆる、VRMMOタイプのRPGの中ということになる。



『苺ぱるふぇ・オンライン』



 それが、僕たちの遊んでいるゲームのタイトルだ。

 この手のゲームとしては珍しく、初心者向けの低難易度を売りとしている。

 ポップな印象のある可愛らしいデザインが特徴となっているため、リアルさには欠けるものの、女性ユーザーの比率も比較的高めだという。


 実際のところ、現実世界とは逆の性別のキャラになって遊ぶことだってできるシステムだし、中身(丶丶)の本当の性別を知る手段なんてないのだけど。

 普通に話せるくらいの関係になっていれば、だいたいわかりそうな気もするけど、現実世界のことは詮索しないのが暗黙の了解となっている。


 なお、『苺ぱるふぇ・オンライン』は、リアルな苺パフェが食べられることでも評判だったりする。

 同じようなVR系のゲームは他にいくつも運営されているものの、味覚の再現はどうやら難しいらしく、本物の食べ物を食べたときとまったく同じ感覚を得られるまでには至っていない。

 そんな中、このゲームではそれを実現した。


 といっても、苺パフェだけに特化されている。1種類に限定することで、完全な味覚再現を可能にしたという話だ。

 なぜに苺パフェなのやら、と思わなくもない。

 まぁ、美味しい苺パフェが食べられて、しかもいくら食べても太らない、といった部分も、女性ユーザーの数が増える要因となっているのだろう。


 苺パフェが再現できるのなら、苺だけとかバニラアイスだけとか、単品での提供もできそうなものだ。

 とはいえ、どうやらそれだと完全な味覚の再現はできないらしい。

 すべてが絶妙にまざり合うことで、完璧な味になるのだとか。

 そのわりに、スプーンですくってひと口ずつ食べていても、味に関する違和感は全然ない気がするけど……。


 と、それはともかく。


 僕は目の前にいる女の子――いちごを誘って、このゲームで一緒に遊んでいる。

 レベル2だということからも予測できるとは思うけど、スタートしてから大して時間は経っていない。

 僕たちの冒険はまだ始まったばかりなのだ。


「ん? 兄者、どうした?」


 いちごが首をかしげながら、きょとんとした瞳を向けてくる。

 ゲーム内のキャラとはいえ……可愛すぎる!


 もっともいちごの場合、現実世界でも普通に可愛いかったりする。

 サイドテールの髪形にしても、妹っぽい雰囲気にしても、印象はそのまんまだ。

 さすがにこのキャラみたいに、ピンク色の髪の毛なんてことはないけど。

 それでも、ぱっと見は完全に一致していると言っていい。


 性別すら現実とは変えられるこの世界、キャラの容姿だって自分で自由に設定できるようになっている。

 僕は実物よりも身長を高くして、髪の毛も少し長めで、自分なりにカッコいいイメージの容姿にしてみた。

 いちごには、「なにそれ? 本物の兄者と違いすぎ! ウケる!」とか言われてしまったっけ。


 ちなみに、苺パフェが食べ放題なんだよ! という言葉を使って、僕はいちごをこの世界へと誘った。

 いちごは苺パフェが大好物だから、この誘い文句で断られるとは思わなかったけど、予想以上の食いつきようで、逆に僕のほうが引いてしまったくらいだ。

 まぁ、最初は、「その店ってどこにあるんだ!? 早く連れていけよ!」と、完全に勘違いしているみたいだったけど。


 ……おっと、思い出の世界にトリップしている場合じゃなかった。

 いちごが首をさらに深い角度までかしげている。このままいくと、最終的には首が折れてしまいかねない。


「いや、べつに……」


 なんでもないよ、と答えようとして気づく。

 いちごの唇のすぐ下の辺りに、パフェのアイスクリームがくっついている、ということに。


「いちご、口の下にクリームがついてるぞ」

「ふえっ?」


 慌てて指先でクリームを拭ういちご。


「あっ、ほんとだ。ぺろっ」


 そのまま舌を出して、指についたクリームをぺろりと舐め取った。

 そんな仕草も実に可愛らしい。


 はっ! でも今のは、僕が指で拭ってあげるべき場面だったんじゃないか!?

 そしてそのクリームを、僕がぺろっと……。

 って、なにバカなことを考えてるんだか!


 だけどそうすれば、一応は間接キスになるわけで。

 そしたらやっぱり、次は直接……って、それはまだ無理か。

 でも、そのうち絶対に……!


「お~い、兄者~? 頭大丈夫か~?」

「はっ!」


 しまった、今度は妄想世界にトリップしてしまった。

 いちごがまたしても首をかしげている。

 ……もしかして、サイドテールの髪の毛が重いだけだったりして?


「兄者って、あたしの話を右から左に受け流すことが多いよな。そりゃ、あたしの話なんて、つまんないかもしれないけどさ」

「そんなことないって!」


 むしろ、じっくり聞いて、たくさん喋りたい。

 単に僕が余計なことを考えて思い出やら妄想やらの世界にトリップしちゃっているだけなのだ。

 どうもいちごと喋っていると、いろいろと想像してしまう。『苺ぱるふぇ』内でも、現実世界でも。

 それだけ、僕の想いは強い、とも言える。




 僕はいちごのことが好きだ。

 ただ、いちごにはまだ告白していない。

 状況的に考えれば、しないほうがいいのかもしれないけど……。


 僕といちごに、幸せな未来はあるのだろうか。




「ほら、また意識がどっかに飛んでる! 兄者、あたしのこと嫌いなのか?」

「そ……そんなわけないだろ!?」

「わっ! 声がでかいって! そこまでムキにならなくても……。わかってるよ、嫌ってないことくらい」


 つい声を荒げてしまった僕を、いちごは上目遣いで見つめてくる。

 ああ、この角度から見るいちごも、とっても可愛い。思わず抱きしめたくなるくらいに。

 ……なんて考えていたら、またも妄想世界に囚われることになりそうだ。


「そんなことより、早く食べちゃえよ、いちご。そろそろ、みんなも来る頃だぞ?」

「あっ、そうだった! すぐに食っちまうぜ!」


 と、そのときだった。


 ガバッ!


「うおわっ!?」


 突然体が重くなり、悲鳴を上げる僕。


「待たせたな、レモン!」

「ミソシル! お前、いきなり抱きついてくるなよ! 暑苦しいだろ!?」


 僕に背後から抱きついてきたのは、少々大柄な男だった。

 後ろにいるから、じっと見つめて名前を確認することはできないけど、暑苦しい声と太い腕ですぐにわかる。

 こいつの名前はミソシル。レベル2のハンターだ。


 身長は185センチほどだから、高めとは言えるけど飛び抜けているというほどではない。

 それでも、筋肉ムキムキのがっしりとした体格のせいか、2メートルを軽く超えているくらいの威圧感がある。

 そんなゴツイ見た目でありながら、こいつはいつもいつも僕に抱きついてきやがる。まったく、鬱陶しいったらありゃしない。


「はっはっは、いいじゃないか! オレとお前の仲だろ?」

「やめろっての! 誤解されるだろ!?」


 ここは、提供されるメニューが苺パフェオンリーではあるけど、仮にもオープンカフェだ。

 周囲には冒険に出かける前の人たちがたくさん集まっている。

 そんな中で、男同士でベタベタとくっつき合っているだなんて……。


 ひそひそひそ……。


 案の定、こっちに白い目を向けながら、なにやらこそこそと喋っている人の姿がちらほらと見受けられた。

 毎度のことだから慣れてきてはいるものの、やはり気分のいいものではない。


「兄者とミソくんって、ほんっと仲がいいよな!」


 いちごはいちごで、こんな場面を見てもとくに気にする様子はないし。


「うふふふ、ほんとですわね~」


 声はさらに増える。

 ウェーブがかった長い黄金色の髪の毛を優雅に揺らめかせる、白いドレス風の衣装を身にまとった、見るからにお嬢様といった雰囲気をかもし出す女の子。

 こちらは視線を向けることで、名前やクラスの表示もしっかりと確認できた。



 クラムチャウダー ソーサラー:レベル2



 名前が長めなので、本人いわく、クララと呼んでください、とのこと。

 な~にがクララなんだか。

 うふふふ、とか笑いやがって。しかも丁寧な喋り方が妙にムカつくし。


「ですが、人前でいちゃいちゃするのは、あまりよろしくないのではありませんか~?」

「うるさい、クララ! いちゃいちゃなんて、してない! お前は喋るな!」

「ううう……レモンさん、ひどいです……。うるうる……」

「めそめそ泣くなっての、気色悪い!」


 クララと話していると、どうしてもこんな感じになってしまう。

 ミソシルとクララは一緒にこのゲームを始めた仲間で、現実世界ではボクと同じ学校に通っているクラスメイトでもある。

 だからこそ、気兼ねなく罵声をぶつけられる、とも言えるのだけど。


 ところで、レモンというのは僕のことだ。

 正確な名前はレモネードなのだけど、通常、レモンと呼ばれることが多い。

 僕のクラスはプリーストで、他の3人と同様、レベルは2。

 全員、まだまだ駆け出しの冒険者ということになる。


「こら、兄者! 女の子をいじめちゃダメだろ~?」

「いや、そう言われてもなぁ……」


 さめざめと涙を流しているクララの様子を見れば見るほど、人を小バカにした嘘泣きとしか思えない。

 だいたい、女の子ったって、こいつの場合は……。

 と、僕の思考を遮るかのように、視界に滑り込んでくる影――。


「ひと口くれてやるから、パフェでも食って元気出せ!」


 いちごが苺パフェをすくって、僕の目の前に差し出してくれたのだ。


「あ……うん……」


 でもこれって、間接キス……。

 なんて考えるのも変か。どうせここは、ゲームの中の世界なんだから。

 さっき、いちごの唇の下についたクリームで妄想トリップしていた僕が言うのも、おかしいかもしれないけど。


 ぱくっ。


 苺パフェの絶妙な甘さと酸味と冷たさのハーモニーが心地よく口の中に広がり、そのまま脳ミソ全体、いや、体全体を包み込んでくれるかのような感覚。

 なんというか、苺パフェの味覚を完全再現どころか、さらに上をゆくレベルにまで達していそうな気がする。


 とにかく、パフェの甘味のおかげか、それともパフェよりも甘いいちごの笑顔のおかげか、おそらく後者だとは思うけど、僕も自然と笑顔になっていた。


「よし! いつでもニコニコ、みんな仲よく! それがあたしたちのグループのモットーだぜ!」


 いちごはそう言いながら、まだスプーンに少しだけ残っていたパフェをペロリとたいらげる。


 ……僕がつい数秒前までくわえていたスプーンなのに、一瞬の躊躇すらしないのか。

 ゲームの世界だし、間接キスくらい気にしていても仕方ないとは思うけど、それでもまったく異性として意識されていなさそうな現状に思わず肩を落とす。




 僕のことを『兄者』と呼び、妹っぽい雰囲気を漂わせる女の子、いちご。

 だけどそれは、妹という設定にしてこのゲームを遊んでいる、というわけではない。

 実際に現実世界でも、いちごは僕の妹なのだ。


 血のつながった、実の兄妹。

 異性として意識されなくて当然の関係……。




「さて! パフェも食い終わったし、そろそろ冒険に出発しようぜ!」


 僕の苦悩に気づくはずもなく、いちごは笑顔をきらめかせる。


「はっはっは、今日はゴブリン谷の討伐クエストでもやってみるか!」

「うふふふ、いいですわね~。確か、低レベルクエストでも、結構いいお宝が手に入る可能性があるとか……」

「うっしゃあ! 燃えてきたぜ! ……ほら、兄者、なにぼけーっとしてんだよ! さっさと行くぞ!」

「ああ……うん、そうだな!」


 いちごが僕の手をぎゅっと握って強引に引っ張る。

 こうして僕は、今日も仲間とともに冒険へと旅立った。

 いちごの手の温もりに包まれて、ドキドキと胸を高鳴らせながら。


 ……実際クエストが始まったら、無謀な突撃を繰り返すいちごに、さらにハラハラドキドキさせられることになるのだけど。

 僕が回復魔法を使えるプリーストになった理由は、いちごのことだから深く考えたりなんかせず、やりたい放題に無茶をしまくるだろうと予測していたからだったりするし。


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