第2話 友達
人の生が世界にとって
一瞬の儚い夢だとしても
その存在は夢ではなく
その足跡も幻ではなく
認められようと
認められまいと
僕らは生きて存在し
望みを叶えるために
喜びを味わうために
幸せを楽しむために
きっと生きてる
望んでも
望まなくても
人は人と関わり合って生きている
それがただの偶然だとしても
影響を与えない事も
影響を受けない事も
有り得ない
だから人と人の出会いや関係には
真の意味での偶然はない
(執筆者 笠置博明)
「笠置」
物怖じしない人懐こい笑顔で、屈託なく明るい慣れ慣れしく高松が声をかけてくる。
それが博明には少し苦痛だった。
(それも、どうせあの事を知れば、なくなるんだろうな)
だとしたら、あまり気にかけない事にしようと思う。
どうせ彼も遠からず自分から離れて行く人間なのだと思いかけて、ズキリと痛んだ。
(何故だ?)
博明は自分で自分の気持ちが理解できなかった。
高松義典はそんな博明に頓着せず、屈託のない笑顔を向けてくる。
「絶対に無理はさせないからさ」
まるでつい先程までしていた世間話の続きのような口調で、高松は言う。だが、実際は前日の勧誘の続きだ。博明はため息をつきながら、高松を見上げた。
「その件は断った筈だ」
「だから、譲歩してるじゃないか。笠置の都合に全面的に合わせるから。気の向いた時に一筆書いてくれるだけでも良いんだ」
「……幽霊部員になるくらいなら、僕じゃない方が良いと思うよ。少なくとも僕は人数合わせとしても、客寄せパンダとしても役に立たない」
「俺が好きなんだよ」
高松は真顔で言った。
「……は?」
驚いて固まる博明に、高松は慌てて言う。
「へ、変な意味じゃないぞ!? お前の書いた詞が好きだって言ったんだ!!」
博明は無言で高松を見た。何か言いたげな表情に、高松は赤い顔で弁明する。
「本当だって! 俺、ちゃんと彼女いるし! なのに、わざわざ男を口説くわけがないだろ!!」
「……ある意味口説いてると思うけど」
博明が言うと、高松は飛び上がった。
「へ、変な言い方するなよ! そんなんじゃねーんだから!」
「……それはどうでも良いけど」
「よ、良くない! 俺はちっとも良くない!!」
高松は慌てて叫んだ。だが、博明はわざと素知らぬ顔で、そっけなく言った。
「僕の中学時代の噂を知ってるの?」
「え?」
「知らないで言っているなら、忠告するよ。僕には関わらない方が良い」
「どうして!」
博明は顔をしかめた。だが、高松は気付かない。
「どうしてそんなことを言うんだ!」
「それは……」
正直に告白すると、言いたくはなかった。だが、言わずにいるのは公平ではないと思った。だから博明は言った。
「僕の側にいると、不運やトラブルに遭遇するから」
「……は?」
高松は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「嫌な思いをするから、近寄らない方が良い」
「……本気で言ってるのか?」
高松は真剣な顔になって、博明をじっと見つめた。その真っ直ぐな視線を受け止めきれずに、博明は視線を反らした。
「嘘だと思うのなら確認すれば良い」
「……あのな、笠置」
苛立ったような、呆れたような声で高松は言った。
「自分で言って、自分で傷付いてんじゃねーよ。あと自己完結するな。もう一つ、悪いけど俺はそんなのどうでも良いの。だから詞を書いて見せてくれ。ついでに文芸部の入部届書いてくれると助かる」
「……え?」
博明は一瞬、理解できなかった。
「どういう意味?」
「だからどうでも良いって。俺はただ、笠置を部に勧誘してるだけだから、それ以外はどうでも良い。問題あったら、その時はその時だろ?」
高松のその言葉に、博明は思わず吹き出した。
「な……っ?」
驚く高松を気にせず、博明は腹を抱えて笑い転げた。
「な、なんなんだよ。何がそんなにおかしいんだよ」
「……いや、なんでもない」
「何でもないって事はないだろ。なんなんだよ、笠置。言ってみろよ」
「……変だよ、高松」
「あ?」
「変なやつ」
「お前に言われたくねーよ!」
高松は真っ赤な顔で言った。
「いや、本当に変だよ」
博明が真顔で言うと、高松は絶句する。
「ほとんど幽霊部員になるけど、それで構わなければ、文芸部に入るよ。君には負けた」
「本当か!? 大丈夫!! 文芸部は活動そのものが幽霊だから。年一回、文化祭直前に一冊部誌を出す他は自主活動だから」
活動自体が幽霊という言葉に、博明は苦笑した。それでは廃部になっても仕方ないと思ったが、口には出さない。
「問題があれば、隠さず言ってくれれば良い。でも、僕が入部したことは公にしない事をお勧めするよ。迷惑掛けたくはないから」
「迷惑な筈がないだろ」
「僕は嫌われているから、嫌がらせを受けるかもしれない。僕自身はあまり被害は被らないだろうけど、高松と文芸部は別だ。秘密にした方が良い」
「なんでそんな事を言うんだ?」
「それは僕が中学校で『悪霊憑き』と言われたりしたから」
「何だよ、それ。イジメか?」
「……いや、半分事実。別に悪霊にとりつかれている訳じゃないけど、そう言われても仕方ないかも……」
「ふざけんな」
高松は怒った顔で低く言った。
「そういう自虐的な台詞、真顔で言うな」
「いや、自虐じゃなくて事実……」
「自虐にしか聞こえねーの!」
怒鳴られて、博明は黙り込んだ。気まずくて下を向いた。高松はそんな博明を見て、ため息をついた。
「あのさ、笠置」
博明は返事をしなかった。
「お前、友達いないの?」
博明は返答しない。
「じゃあさ、俺が友達になるから」
驚いて博明は顔を上げ、高松を注視した。
「笠置が嫌じゃなかったらだけど。唐突で悪い。だけど俺、我慢とかしない性格だから」
博明は苦笑した。
「本当に唐突だよ」
「……嫌なのか? 迷惑だっていうのか?」
「ううん、従姉妹に似ている」
「そうなのか?」
「うん。無茶苦茶強引で、人の話聞かないところとか」
博明の言葉に、高松は顔をしかめた。
「はぁ? 何だよ、それ! ちっとも褒めてねーじゃん!!」
博明は困ったように笑った。
「……優しいよ」
「え?」
「基本的に優しいんだ。僕はそんなにも優しくはなれないから、羨ましいし憧れるよ。そうなりたいとは思わないけど」
「褒めてるのか、けなしてるのかどっちだよ」
「……両方かも」
「お前」
平然と言う博明に、高松は渋面を作る。
「そういう事を面と向かって言うな。喧嘩売ってるのか?」
「ううん。たぶん喧嘩したらあっという間に負ける」
「だったら心の中で呟いてろよ」
「良いの?」
「少なくとも、俺は聞きたくない」
「判った。そうする」
博明がそう言って笑うと、高松は前途多難と言わんばかりに、小さくため息をついた。
――To be continued. Next 3rd story is "Time-sale".