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翌日、登校を終えた武は朝のHRが始まるまでの間、翔と昨日の話をまとめていた。
「俺今朝、両親や妹にも、桂木奈緒のこと知ってるか聞いてみたんだ。だけど皆そんな
人知らないってさ。近所に桂木って苗字の夫婦が住んでるけど、名前も違うし、子供もい
ないから恐らく無関係だと思う。というわけで、こっちも桂木奈緒についてはさっぱりだ
ったよ」
「桂木奈緒についてはどちらも情報なしか。まあ、コンクリート小屋の情報が手に入っ
ただけでもよしとしよう」
「うん。昼休みになったら、勇人に詳しく聞いてみよう」
二人が話しているとHR開始を告げる鈴がなり、それと同じくして担任の教師が教室へ
入ってきた。昼休みに、昨夜のコンクリート小屋について情報を知っているという生徒か
ら話を聞くことにし、二人は一時会話を終了した。
――昼休み、昼食を終えた武と翔は勇人の元へ向った。勇人は友人との馬鹿話に興じて
いるところだった。
「勇人、昨日電話で話したコンクリート小屋のことなんだけど……」
翔が声をかけると、勇人は会話を一時中断してこちらを振り返った。
「ああ、昨日の電話の話ね。でもどうしていきなりそんなこと聞いてきたんだ?」
「そうそう。お前、俺にも電話かけて来たよなー」
勇人と、勇人と談笑していた友人が、翔に猜疑のこもった視線を向けながら言った。ど
うやら、昨夜の電話の件を不審に思っているようだ。咄嗟の判断で、翔は嘘でその場を
乗り切ることにした。
「……いやー実はな、子供の頃コンクリートでできた小屋で遊んだ記憶があって、それ
を昨日、唐突に思い出したんだ。そしたらすごく懐かしい気持ちになって、そのコンク
リートの小屋にまた行ってみたくなったんだ。あるだろ? こういうこと」
「うーん……わかるような……」
「だろ? でもどうしてもそのコンクリート小屋があった場所を思い出せなくてな。そ
こで武にも協力してもらって、クラスメイトに片っ端から電話してコンクリート小屋の場
所を知らないか聞いてまわったんだ。ほんと、勇人が覚えててくれて助かったよ」
「そうなのか……あれ、それじゃあ女の人の方は何なんだ? 確か、カツラギナオだっ
け?」
またも苦しいところを衝かれ、翔はたじろいだ。隣で聞いている武も心配そうな顔で翔
の顔を見遣る。翔は頭の中で必死に言い訳を考え、なんとか誤魔化そうとした。
「あ、ああ……桂木奈緒ね……。そいつはあれだよ、あれ。そう、親戚。都会に住んで
る」
「……お前の親戚のことをどうして俺たちに聞くんだよ」
「ええっと……ほ、ほら、奈緒のやつ、一度俺の家に泊まりに来たときがあって、その
時にお前らと一緒に遊んだらしいんだ。それで、お前たちのほうはそのこと、まだ覚えて
るのかなーって……」
「なんか怪しいな……。なんにせよ、そんな奴と遊んだ記憶無いぜ。でもまあ小さい頃
だから忘れただけかもな」
「そうか。うんうん。きっと忘れただけさ。奈緒の奴には、覚えてなかったって伝えと
くよ」
なんとか相手に信じてもらえたようで、翔は胸を撫で下ろした。そして疑問がぶり返さ
ないうちにと、矢継ぎ早に次の話題へと移行した。
「それで話を戻すけど、瀬山さん家の裏の林にコンクリート小屋があるってのは本当
か?」
「ああ本当だよ。でも子供のときに見つけたから、今あるかどうかは分からないぜ」
「その時の事、詳しく聞かせてくれ」
「おう。あれは俺が小学2年か3年のときだな。夏休みにクワガタを捜して、兄貴と一
緒に早朝から瀬山さん家の裏の林へ入ったんだ。あの林はクワガタがよく採れる穴場だか
らな。本当はあんな奥まで行くつもりは無かったんだ。でも兄貴が、林の深いところの方
が大きいクワガタが採れるんじゃないかって言ったんだ。それで俺らはずんずんと奥へ進
んでいった。クワガタ捕り夢中で、気づいたら林のかなり奥深くまで来てた。さすがに不
安になって、戻れなくなると恐いからそろそろ引き返そうかって話してたとき、兄貴が前
方に小屋みたいなものが見えることに気づいたんだ。俺は気味が悪くて、近寄るの嫌がっ
たんだけど、兄貴が近くに行ってみようって言うからさ、近づいたんだ。そしてらコンク
リートでできた小屋がそこにあったわけだ」
「中には入れなかったんだよな?」
すかさず翔が質問する。
「周りをフェンスで囲まれてて、小屋自体には近づくことすらできなかったよ。フェン
スの入り口にも鍵がかかってた。日が暮れそうだったし、中に入ることをあきらめて、引
き返したよ。あれ以来あそこには行ってないな」
「コンクリート小屋までの道、まだ覚えてる?」
「当時は獣道があったから、それを辿っていったけど、今残ってるか分からないな。も
し残ってたら、それを頼りに進んでいけば見つかると思う」
「近くに人はいた? あるいは人の出入りしている形跡とかあった?」
「俺が行った時は、人はいなかったな。でも道はある程度使われてる形跡があったから、
定期的に人が来てたのかもな。あのコンクリート小屋がなんの目的で存在してるかは分か
らんが」
「そうか。聞きたい情報はこれくらいかな。あとは実際に行ってみるしかない。色々教
えてもらってありがとうな」
「お前も物好きだな。別にいいけど。まあ頑張れよ」
翔は勇人に礼をいうと、武を連れて自分の席へ戻った。
「翔、嘘までつかせてしまってすまないな。全部俺の問題なのに……」
武はひどく申し訳なさそうな顔で俯いた。個人的な話に翔を巻き込んでしまったことに、
責任を感じていた。
「お前はいちいち気にしすぎなんだよ。もうこれは二人の問題だろ。それより、もう直
ぐ夏休みだろ。夏休みに入ったら、早速教えてもらった場所へ行ってみようぜ。今の内か
ら必要になりそうなもの準備してさ。あー今からわくわくするぜ!」
翔は面倒ごとに巻き込まれたという自覚はなく、むしろこの展開を楽しんでいる風だっ
た。その様子に、武は少しだけ救われた気がした。
「うん。コンクリート小屋は林の奥にあるみたいだから、ある程度は準備していかない
とな。それと小屋の周りがフェンスで囲まれてたっていってたけど、桂木奈緒はどうやっ
て中に入ったのかな?」
「さあな。手紙には『忍び込んだ』って書いてあったから、恐らく正攻法以外の手段で
中に入ったんだろうと思うけど、それがなんだかまではわからないな」
「ふむ。実際に現場に行って確かめるしかないな。それにしても……こうやって手紙の
謎を追っていると、桂木奈緒は一体どういう意図であの手紙を書いたんだろうって、改め
て疑問に思うよ。それも、コンクリート小屋にいけば、わかるんだろうか……」
コンクリート小屋についての情報を得た二人は、数日後の夏期連休初日、教わった場所
へ赴いてみることにした。
本来なら武も、目前に迫った夏休みに胸躍らせていたことだろう。しかし今の武には例
の手紙のことしか念頭になく、この一連の謎の解決なくして、夏休みを満喫しようなどと
いう気持ちにはなれなかった。夏の暑さは、まさにこれから盛りを迎えようとしている。
にもかかわらず、武は正体不明の薄ら寒さを感じずにはいられなかった――。