表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏の遊戯  作者: あお
8/21

7

 教師が滔々と語るのをさえぎる様に、鈴が鳴った。一日の授業は終わり、これから学校

は放課後に突入する。


 武の感じていた謎の違和感は、一日中武の頭の中に纏わり着いた。そしてその違和感は、

いつも突然に沸き起こった。例えば授業中、先生が生徒の誰かに質問したときや、休み時

間に友達と談笑しているときなどだ。そして今もまた、突然にそれは武の中に生まれた。

友人の翔が、帰宅しようとする武に声をかけた時だ。

 「武、一緒に帰らないか?」

 いつもは他の友人と下校している翔だが、今日に限って翔は武を誘った。何らかの都合

で、友人と帰れなくなってしまったのだろうか。いつも一人で下校している武は、その申

し出を特に断る理由も無いので、快く承諾した。

 「めずらしいな、まあ別にいいけど。んじゃ帰るか」

 二人は揃って教室を出た。生徒玄関に着くと、これから下校しようとする生徒でごった

返していた。武は人ごみの間を縫うようにして傘立てにたどり着き、傘を抜き取った。翔

は折り畳み傘を鞄から取り出して広げた。

 外は相変わらずの雨で、雑巾のような色の雲が絶えず雨を滴らせていた。色とりどりの

傘を広げた生徒に混じり、武と翔も帰路を歩き出す。

 天気予報によると、夜には晴れる見込みらしい。しかし予報を知らないものが今の空を

見上げたら、とてもそうは思えないだろう。そんな雨空の中を二人は歩いた。両側を田ん

ぼに挟まれたあぜ道を、無色透明のビニール傘と黒地の折り畳み傘が進んでいく。折を見

て、武は翔へ質問した。

 「なあ翔、桂木奈緒って人知ってるか?」

 武は今日一日疑問に思っていたことを、翔にぶつけてみた。翔は考える素振りを見せた

後で答えた。

 「いやしらん。誰それ? もしかしてお前の彼女とか……」

 「だったらいいのにな。残念なことに違う。というより、俺もそいつについては全く何

もしらんのだよ」

 「はあ? なんだそれ。それじゃあその桂木奈緒って奴は、お前とどういう関係の人な

んだよ?」

 武は事の次第を翔に話した。今朝郵便受けに自分宛の手紙が入れられていたこと。その

手紙が郵送ではなく直接郵便受けにに入れられたらしいこと。手紙の差出人が桂木奈緒と

いう人物であるということ。桂木奈緒という人物やその手紙の内容にまったく心当たりが

無いことなどだ。

 「なるほどな。それでその手紙の内容ってのは、どんなだったんだ?」

 武は鞄から例の手紙を取り出し、翔へ手渡した。翔は手紙を受け取ると、内容をよく吟

味するように、目を上下左右に走らせた。そして何度か読み直した後、武へ手紙を返却し

た。

 「どうだ? 心当たりあるか?」

 「うーんさっぱりだ。すまんな」

 右手で後頭部を掻きながら、すまなさそうに翔が答えた。

 「おまえが謝ることないさ。それにしても、本当に何なんだろうなこの手紙」

 「まずこの手紙が何の目的で書かれたのかだな。見た感じ、遺書と受けとれなくもない

けど……」

 「おいおい怖い事いうなよ。面識の無い奴にいきなり遺書送りつける奴なんている

か?」

 「少なくとも、暑中見舞いなんかじゃないことは明らかだ。多分、何かを伝えたがって

る」

 「こんな手紙で、何を伝えるって言うんだよ。きっと悪戯にきまってる」

 「悪戯かどうかは、実際にこのコンクリート小屋って所に行ってみればわかるんじゃな

いか?」

 翔の口から飛び出した予想外の言葉に、武は思わず翔の顔を見遣った。

 「本気かよ。あるわけないよコンクリート小屋なんて」

 「まだ悪戯と決まったわけじゃない。それに、なんか面白そうじゃん」

 「面白そうって……ただ気味が悪いだけだが。手紙の内容だって胡散臭いし」

 「その胡散臭いところがいいんじゃないか。俺、こういう電波っぽいの好きだぜ。俺家

に帰ったら、友達に電話でコンクリート小屋のこと知らないか聞いてみるよ。結果は明日、

学校で報告する」

 翔は手紙の怪しげな魅力に惹きつけられたらしく。すっかり乗り気になっている。それ

をみて武は、少々あきれ気味に答えた。

 「みんな知るわけ無いよ。コンクリート小屋なんて存在しないんだ」

 「別に悪戯だったとしても、楽しませてもらえただけで満足さ。それに、本当はお前だ

って手紙のこと気になってるんじゃないのか」

 翔の一言に、武は思わず口をつぐんだ。というのも、武は表面では手紙の信憑性を否定

しつつも、朝から感じている違和感が手紙となにか関係があるのではないかと心密かに考

えていたからだった。

 「今日のお前、なんかいつもと様子が違った。何か悩みを抱えてるような、そんな風に

見えた。だから俺、帰りにお前を誘ったんだ。すこしでも力に慣れるならと思ってな。も

し俺の思いすごしなら謝るよ」

 勘のいい奴だと武は思った。武は今日一日、例の違和感のせいで鬱屈しそうな気持ちを

隠し、皆に心配されまいと強いて平静を装っていた。それでも翔には武がふさいでる様に

見えたらしい。

 「お前にはかなわんな。実はもうひとつ話したいことがある。俺が悩んでたのもそれが

理由だ」

 武は朝から感じていた違和感のことを翔へ打ち明けた。

 「……なるほどな。でもその違和感ってのがよくわからないな。デジャブみたいなもの

か?」

 「うーんデジャブって、この光景前に見たことあるなーってやつだろ。俺の感じる違和

感ってのはそれとは逆で、日常的に目にしてる光景が、まるで始めて目にする光景のよう

に感じるんだ。自分がそこに、うまくなじめていないような……」

 「ふうん。それはいつからだ?」

 「今日の朝からだな。それからなにか事あるごとに沸き起こるんだ。それも一日中だぞ。

さすがに気がめいるよ。昨日まではそんなこと感じなかったのに……」

 「それは大変だな。そういえば、例の手紙が入れられてたのも今朝だな。これはオカル

ト的な話になるけど、もしかしたらお前が感じている違和感と例の手紙はなにか関係があ

るのかも知れんな」

 「それは俺も思ってたことだ。でも関係してるって、どんな風に?」

 「そこまではわからん。ただそういう可能性もあるってこと。でももし仮にそうだとす

れば、手紙の内容を探ることで、お前の違和感の正体を掴むことができるかも知れん」

 「……とんでもない方向に話がすすんでるな。でも他に原因になりそうなものもないし

なあ」

 「そうだな。他に手がかりが無い今、手紙の内容から探るしかないだろう。そうなると、

まずは桂木奈緒という人物と、コンクリート小屋が存在するか確かめることからだな。今

日帰ったら、二人で手分けして、クラスの友達に電話して情報収集しよう。何か分かった

らお互い連絡すること。いいか?」

 「了解。夕飯後にでも電話してみるよ。それじゃあ電話する人を分担しておこう」

二人はクラスメイトの内でそれぞれ電話する人物を分担すると、聞き込み終了後に結果

を報告する約束を取り交わし、別れた。



 ――「うん……そうか。いや、こっちこそいきなりごめんな。おう。じゃあまた明日」

 武は受話器を電話機に戻すと、大きく溜め息をついた。

 夕食後、武はあらかじめ翔と分担しておいたクラスメイトに電話をかけた。そして先ほ

ど、最後の一人への電話を終えたのだが、結果は全滅だった。桂木奈緒という人物も、コ

ンクリート小屋についても誰一人知りえるものはいなかったのだ。容易に予想できた結果

ではあったが、いざその通りの結末を迎えてみると、やはり落胆の色は隠せなかった。休

み無しで電話を掛け続けてさすがに疲れを感じた武は、翔に結果を報告する前に少し休息

をとることにした。

 二階の自室に入ると、武は鞄から例の手紙を取り出し、それを持ってベットの上に仰向

けで倒れこんだ。顔の上に手紙をかざし、今度はゆっくりと時間をかけて読み直す。一語

一句読みもらさぬよう反芻し、何度も読み返す。しかし新たな発見があるはずもなく、虚

しさがこみ上げるばかりだった。それでも武は、この手紙の意味はわからくとも手紙が発

する何かを感じ取っていた。それは例えるなら、懐かしさのようなものだった。初めは半

信半疑だったこの手紙についても、何度も読み返すうちに、決して悪戯などで書かれた文

章などではないと確信していた。そんな風なことを考えていると、突然武の部屋の扉が開

かれた。扉の外には母親が電話の子機を片手に立っていた。

 「なんだよ。ノックくらい……」

 「呼んだのに降りてこないあんたが悪い。翔君から電話だよ」

 どうやら手紙を読むのに夢中で、母親が呼んでいるのに気づかなかったらしい。ベット

から降り、母親から子機を受け取りに行く。

 「あんた、何で泣いてんの?」

 「え?」

 母親に言われて気付く。武は自分頬に触れてみると、涙でぬれていた。いつの間に涙な

ど流したのだろうか。

 「あれ、なんだこれ。……まあいや、とりあえず電話」

 武は母親から受話器を受け取り、受話器へ向った。

 「もしもし、翔か?」

 「こんばんは武。調子はどうだ?」

 「……残念ながら全滅だった。全く手がかりなし。そっちは?」

 「実はだな、コンクリート小屋を知ってるかもって奴が現れた」

 「え! 本当か? どこにあるって?」

 翔からの予期せぬ朗報に、武の受話器を持つ手に力が入る。

 「まあまあ。まだ例のコンクリート小屋って決まったわけじゃない」

 「詳しく話してくれ」

 「おう。これは勇人からの情報なんだが、勇人が小学生の頃、山に入って遊んでるとき

に偶然そのコンクリート小屋を発見したらしい。場所は……瀬山さんってわかるよな? 

漁協の組合長してる人。その瀬山さん家の裏の林の中だそうだ」

 勇人というのは武のクラスメイトの名だ。どうやら彼が、小学生時代に例のコンクリー

ト小屋を見たことがあるという話らしい。

 「瀬山さん家の裏の林……。それで、中には入ったのか?」

 「いや、当時は小屋の周りにフェンスが建ててあって入れなかったらしい。今はどうな

ってるか知らんが」

 「そうか。確かめてみる価値はありそうだな」

 「うん。明日の放課後にでも行ってみようぜ。それと桂木奈緒の方だけど、こっちのほ

うは残念ながら手がかりなしだった。すまない」

 「お前が謝ること無いよ。でもそうなってくると、この桂木奈緒って奴は何者なんだろ

う? これだけ聞き込みして誰も知らないってことは、地元の人ではないのかな」

 「そうかもしれないな。もしくは、本当に実在しない人物なのか……。明日コンクリー

ト小屋に行って、何かわかればいいな」

 「うん。とにかく明日だな。……それと、今日は色々とありがとな」

 「やめろって。謝られるようなことはしてないぞ。それに、俺も久々に楽しませてもら

ったよ。ありがとう」

 「お前って奴は。明日も頼んだぜ」

 「おう、まかせとけって。そんじゃ、おやすみ」

 「ありがとな。おやすみ」

 翔に礼を告げ、武は通話を終了した。桂木奈緒については依然として何も分からないま

まだったが、幸いにも例のコンクリート小屋に関係するかも知れぬ情報を得ることができ

た。他に手がかりが無い今、そこから辿っていくしかよりほかないだろう。期待と不安が

ない交ぜになったような気持ちを抱え、武は再び例の手紙へと向っていった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ