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夏の遊戯  作者: あお
7/21

6

 武は目覚まし時計の騒ぐ音で目覚めた。まだ覚醒しきらぬ体を無理やりに起こし、窓辺

に向う。カーテンを開くと、空には黒々とした曇天が広がっていた。窓を開くと、雨粒が

数滴、顔を打った。昨日の予報では、これから本降りになるそうだ。武は窓を閉めると、

朝食を摂る為一階へと向った。


 台所では、小学二年生の武の妹が朝食の最中だった。名は沢田楓『さわだかえで』と言

う。

 「おはよう兄ちゃん。今日雨だって」

 「知ってる。母さんご飯」

 武が妹の隣の席に着く。すると間も無く武の前に朝食が並んだ。武が朝食をつついてい

ると楓が言った。

 「兄ちゃんにお手紙届いたって」

 「手紙? 誰から」

 「わかんない」

 手紙をくれる者など、武には心当たりがなかった。差出人が気になり、母に問う。

 「母さん、俺に手紙よこしたのって誰?」

 「ん、さあねー。封筒には『沢田武様へ』しか書いてなかったから。そこの棚に置いと

いたから、後で持っていってね」

 「ふーん。わかった」


 朝食を終え身支度を済ませると、武は差出人不明の手紙を持って二階の自室へ向った。

制服に着替え学校へ行く準備が整うと、例の手紙に手を伸ばした。封筒は長形4号の茶封

筒で、差出人の住所や氏名などは記載されていなかった。宛先の住所もなく、ただ『沢田

武様へ』という字だけが、真ん中に大きく書かれていた。宛先が記載されていないと言う

ことは、この手紙を書いた本人が直接武宅の郵便受けに投函したということだ。しかし武

には、知り合いにの中にこんな事をしそうな人物が思い当たらなかった。宛名以外に何も

記載されていない封筒を不審に思いながらも、武は封筒を開封してみることにした。封筒

の上端に指を掛ける。その時、当然に武の部屋の扉が開かれた。

 「兄ちゃん、私がこの前買った水玉の傘しらない?」

 扉の向うには、妹が怒気を孕んだ表情で武を睨み付けていた。どうやら、お気に入りの

傘が見当たらぬらしい。

 「しらねーよ。母さんに聞いたのか?」

 「お母さん知らないって。もー買ったばかりなのに! 兄ちゃんも捜してよ!」

 「あーはいはい。わかったから騒ぐな」

 これから封筒を開封するつもりだった武だが、妹に傘捜しをせがまれた為、やむなく開

封を断念した。武は手に持つ封筒を通学鞄に入れ、妹の傘探しへと加わった。


 「散々人を疑っといて、結局自分の部屋に置いてたのかよ」

 十五分ほど捜索し、傘は見つかった。妹が自分の部屋に保管していたのを忘れていたの

だった。

 「兄ちゃんごめん、わすれてた。あ、やばい、早く学校行かないと遅刻する!」

 「げ、こんな時間かよ。俺も急がないと」

 気付くと、時間は武がいつも家を出る時刻を過ぎていた。急いで自室に引き返し、通学

鞄をひったくる。そのまま一階へ下ると、傘立てから傘を一本抜き取り、玄関を出た。

 「いってきまーす」

 外に出ると、雨は起床した時よりも勢いを増していた。辺りに漂う土の香りが鼻につく。

武は雨空に向けて傘を開くと、体をすぼめるようにして歩き出した。

 休み明けに雨が重なるという最悪のコンディションに、武はひどく憂鬱な気分で登校す

ることとなった。晴れているときよりいくらか気温が低いのが、せめてもの救いだった。


 生徒玄関に到着すると、生徒用の傘立ては多くの傘で埋まっていた。始業の時間は迫っ

ている。武は必死になって開いてる場所を見つけ出し、傘を差し込んだ。そのまま急いで

教室へと向う。

 教室の扉を開けるのとほぼ同時に、始業を告げるベルが鳴り響いた。どうやら辛うじて

遅刻せずに済んだようだ。武は胸を撫で下ろし、一番窓際の後ろから二番目にある自分の

席に向った。席に着くと、後ろの席の〝塚本翔〟『つかもとしょう』が声を掛けてきた。

 「おいあぶねーな武。寝坊か?」

 「ちがうよ。妹のドタバタに巻き込まれてさ」

 友人の質問に悠然と答える武。しかしその発言の直後、この会話になにか漠然とした違

和感のようなものを覚える。

 「あれ……? なあ翔、お前いつから俺の後ろの席だっけ?」

 「いつって、今年の初めに席決めした時からだろ。何言ってんだ?」

 「……そうだよな。はは、冗談冗談」

 「おいおい。ボケるならわかりやすい奴を頼むぜ。つっこめないだろ。」

 翔の哄笑に合わせ、笑ってみせる武。しかし心内では、先ほどの違和感について考えて

いた。当たり前の光景が、当たり前ではないような、そんな違和感。こうして友人と談笑

している自分が、とても不自然に感じられた。まるで、話す相手を間違えているような…

…。



 ――結局違和感の正体が何なのか分からぬまま、武は昼食の時間を迎えた。いつもの様

に自分の椅子を後ろへ振り向かせ、翔の机に自らの弁当を並べる。そのまま翔と向かい合

う形で、武は弁当を食べ始めた。しかし食べだして間も無く、またもや武を襲う例の違和

感。直後に軽い眩暈に覚え、視界が霞む。武は箸を弁当箱の脇に投げ出すと、耐え切れず

額に手をあてがった。

 「……大丈夫か? 具合悪いみたいだけど……」

 体調の悪そうな武を気にかけ、翔が訊ねた。

 「……ああ大丈夫。ちょっと眩暈がしただけだ……」

 眩暈はすぐに治まり、視界も徐々に明瞭さを取り戻してく。しかし例の違和感だけは、

どうしても拭い去ることはできなかった。違和感について考えることを諦め、再び弁当へ

手を伸ばす。いつもと何一つ変わらないはずの、母親手製弁当。その味が、何故だか普段

より味気なく感じるのだった。

 

 昼休み。武は今朝から開けられずにいた封筒を開封してみることにした。糊代の部分を

指で慎重にちぎり、中の手紙を取り出す。

 手紙は一枚で、文の最後には手紙を書いた人物のものであろう名前が記されていた。

 差出人の名は……桂木奈緒。

 「桂木奈緒? 誰だろう、知らない名前だ」

 武は、桂木奈緒という人物に心当たりが無かった。その名前から考えるに恐らく女性だ

ろうが、クラスメイトには桂木奈緒という名前の生徒は在籍していないし、武の通う中学

校内でも桂木奈緒という名前は聞いた事が無かった。いくら考えたとて差出人がわかるは

ずもなく、とりあえずは先に本文の方に目を通してみることにした。

 「おい……なんだよこりゃ」

 文面に一通り目を通す頃には、武の眉間にしわが刻まれていた。というのも、その手紙

の内容があまりに奇妙で、気味の悪い内容であったからだった。内容を要約すると、次の

ようになる。


 武と私(桂木奈緒)は昨夜(手紙を記した日の前夜と思われる)、コンクリート小屋

(どこかに存在すると思われる)に忍び込んだ。

 武はコンクリート小屋の外で待機し、私一人で小屋内部の地下へと降りた。

 私は小屋の地下で、何かを目撃した。(記述によると、それは奇怪で恐ろしいものらし

い)

 その何かを目撃した私は、悩んだ末にある結論へとたどり着いた。そしてその結論が正

しいかどうかを実証するために、今夜(手紙を書き記した日の夜)再びコンクリート小屋

へと訪れる計画を企てた。(手紙を記した時点では計画の段階だが、この記述が事実なら、

桂木奈緒はこの後に計画を実行していると思われる)

 計画を実行に移すに当たって、計画実行後に私がこの世に存在しているかどうかは不明。


 以上のような内容の手紙だった。その他に文面から読み取れることといえば、この桂木

奈緒という人物は、武と少なからず縁のある人物であるということと、手紙を書いた当時、

桂木奈緒という人物は精神的に相当追い詰められていたということだけだ。

 武は再び手紙を読み終えると机上に手紙を放り出し教室の天井を仰いだ。桂木奈緒、コ

ンクリート小屋、わからないことだらけだった。本当に自分宛の手紙なのかとも疑っても

みたが、沢田武様へと宛名がはっきりと記載されているし、こんな小さな村に自分と同姓

同名の人物がもう一人存在するとは考えにくい。よくよく考えてみれば、宛先が記載され

ていない以上自宅のポストに直接投函したということなのだから、人違いということはな

いだろう。というのも、みるに桂木奈緒という人物は武と親しい間柄らしいので、そうい

う仲で武の自宅を知らないということは考えにくい。つまりこの手紙は紛れもなく、武本

人に出された手紙に相違ないのだ。しかしそうなると、いよいよこの手紙の意図がわから

なくなる。武は桂木奈緒とう人物もしらないし、コンクリート小屋など見たことも聞いた

ことも無いのだ、ここ最近の記憶を思い返してみても、誰かとコンクリート小屋へ赴いた

という記憶は無いのだ。桂木奈緒とはどういう人物なのか、一体この手紙は何を意味して

いるのか、それともただ単に、手紙は何者かの悪戯なのだろうか。無論回答が与えられる

わけも無く……。

 武は果てしない思考の渦にもまれ、やがては思考する労力を失い、力なく机上へ倒れこ

んだ。

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