表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏の遊戯  作者: あお
16/21

15

 武が翔を残してきた場所に到着すると、そこに、翔の姿は無かった。一瞬にして、武の

中に不安の色が兆す。

 ……地上へ戻ったのだろうか? それとも、まだこの部屋に残っているのだろうか?

 考えていても仕方が無いので、武は翔の名を声に出して呼ぼうとした。――丁度その時

だった。武の目が、部屋の片隅に佇む翔の姿を捉えた。脳の置かれた台座の前に立ち、青

い光を正面に受けながら、脳の置かれた土台のあたりをじっと見下ろしている。武は“翔

はあんな所に突っ立って何をしているのか”と怪訝に思いつつも、とりあえずは翔が平静

を取り戻していることに安堵し、翔の行動については深く考えなかった。武は再び脳の群

れを掻い潜り、翔の元へ向かった。


 「翔、大分落ち着いたみたいだな」

 武が近づいても身じろぎひとつしない翔に、武は声をかけた。翔はその声でやっと武の

接近に気づき、武の顔を見遣った。しかし翔は武の問いかけには答えず、すぐに元の位置

へ視線を戻した。

 「おい翔、体調でも悪いのか?」

 その不審な態度から翔の体調不良を懸念した武は、翔に体のあんばいを尋ねた。それと

同時に顔色を確認するため、翔の顔の覗き込んだ。しかし青い光のせいで、顔色を窺い知

ることはできなかった。

 「武、これ見てみろ」

 翔が無表情のまま呟いた。視線は、相変わらず下方のある一点に注がれている。武は翔

の視線を追った。そこには脳の置かれた台座があり、やはり他に違わず、誰かしらの名を

刻んだプレートが取り付けられている。武はそこに書かれた名前を、何とはなしに読み上

げた。

 「ツカモト……え? ……ツカモト……ショウ……」」

 読み上げてから気づく、衝撃の事実。なんとプレートに書かれていたのは、今まさに隣

に居合せている、友人の名だった。予期せぬ展開に武が言葉を継げずにいると、翔が続け

ざまに言った。

 「それだけじゃない。隣も見てみろよ」

 武は言われるがままに、隣の土台に視線を移した。そこに取り付けられたプレートには、

“束本康夫”というの名が刻まれていた。

 「それは俺の親父の名前だ。そのさらに隣には母親の名前が、反対側の隣には弟二人の

名前もある、つまり家族全員分あるってこと。ははっ、意味がわからないよな」

 なんということだろう。なんとここには、束本一家全員の名を冠した脳があるというの

だ。しかしこの事実が一体何を意味するのか、武には想像も及ばなかった。

 「俺だけなら同姓同名ってことも考えたけど、家族まで同じ名前ってのはさすがに有り

得ないよな。でもこれではっきりしたことがある。ここに置かれている脳みその持ち主と、

プレートに書かれている名前の人物は別人であるということだ。その証拠に、俺や家族は

みんなぴんぴんしてる。脳みそを取られても平気で生活できるはずが無いからな」

 翔の言う事はもっともだった。翔が頭蓋骨空っぽの人間には到底見えない。つまりはこ

こに存在する脳は、必然的に別の人間、あるいは別の動物のものになる。しかしそうなる

と、ある疑問が生まれる。

 「でもどうして、翔や翔の家族の名前が……」

 「きっと考えても無駄だ。こんな気持ちの悪いことを考えるやつの頭の中なんて、わか

りっこないさ」

 その時武の頭に、マッドサイエンティストという言葉が浮かんだ。ゲームやSF小説など

に登場する、悪の科学者のことだ。そして思い描くその人物像は、この部屋と十分すぎる

ほどに調和していた。仮にそれが本当なら、常人には理解できぬ考えを持つ何者かが、こ

こで常軌を逸した研究を行っているということになる。しかしこの施設の規模を考えると、

個人で賄える範囲を超越しているようだが……。

 「なあ……もしかして、他にも知ってる人の名前があるんじゃないか?」

 「その可能性は高いな。お前や、お前の家族の名前だってあるかもしれない。……でも

仮にみつけたとして、気分が悪くなるだけだぜ」

 実はこの時、武はなにか、予感めいたものを感じていた。本当は自分の名のついた脳な

どどうでもよかった。それよりも、この膨大な脳の中に、桂木奈緒の名前があるのではな

いか、という思いが今の武の胸中を占めていた。

 「俺のことは大丈夫だからさ。知り合いの名前がないか、手分けして探してくれない

か? 今はどんな些細なことでも、情報が欲しいんだ。……それに、桂木奈緒の名前があ

るかもしれない」

 「桂木奈緒か。この辺りに住んでるなら、その可能性はあるが……。まあ、一応探して

みるか」


 二人は散開すると、各々、付近に知り合いの名前がないか見て回った。すると、武が入

り口付近を調査したときは知らぬ名ばかりが目に付いたのに対し、この束本一家周辺は、

武のよく知る名が次々に確認された。それは武宅の近所に住む人の名だったり、武の通う

学校の友人だったりした。どうやらこの辺り一帯には、武の住んでいる地域の人間の名が

集中しているようだ。武は程よいところでいったん調査を切り上げると、合流するために

翔の元へ向かった。

 「翔、そっちの方はどんな具合だ?」

 武が声を掛ける。名前のプレートを見るために屈み込んでいた翔が立ち上がった。

「あぁ、知り合いの名前がごろごろ出てくるぜ。この調子だと、村民全員分あるんじゃな

いかって勢いだ。それと、脳はやっぱり家族単位で固まってるようだ。知り合いの家族を

何戸か確認したから、間違いない」

 つまりこの部屋の脳は、初めに大まかな地域ごとに分かたれ、そこから各家族ごとに細

分化されているようだ。しかしこの施設の管理者は、村民全員に亘る家族構成などの情報

を、一体どこから入手したのだろうか。役所などから得ようにも、住民基本台帳などは第

三者の閲覧が制限されているはずだが。

 「そうか。また何かわかったら知らせてくれ」

 そう言って、武は再び自分の持ち場へと戻った。

 漠然とだが、武には、この施設の開設にはある程度の権力をもった人間が関わっている

のではないかという気がしていた。それは、この施設の管理者が村民の家族構成を把握で

きる立場にある、とういう考えに所以していた。村民全員分の個人情報を、一般の人がそ

う簡単に入手できるとは考えにくい、つまりは役所の人間か、役所に関与できる権限をも

つ人間である可能性が高い。まあ、個人情報など金の力でなんとかなるというのであれば、

話は別だが……。しかしこの規模の施設の維持、管理を、個人の財力だけで賄うのは可能

なのだろうか。恐らく、余程の財力を持った人間でない限り無理だろう。そうなるとやは

り、この施設の開設者には、資金的な援助をしてくれる協力者がいる。あるいは、この施

設を開設したのが、一つの同じ目的を持った団体である。という二つの線が濃厚だろう。

 そんなことを考えながら名前の書かれたプレートを一つ一つ確認していると、武の動き

が、あるひとつの土台の前で止まった。見間違いではないかと思い、そこに書かれた名を

まじまじと見つめる。だがそれは、武の最も見慣れた名なので、見間違えるはずがなかっ

た。

 「……俺の名前だ」

 翔の時で慣れていたせいか、自分の名を目にしても、不思議と戸惑うことはなかった。

目の前の状況を、あるがままに受け入れることができた。容器の中には、やはり脳が青い

光を受けて浮かんでいる。これが自分の脳であるはずはないのだが、こうして自分の名が

つけられていると、何故だか、自分の所有物であるかののような気がしてきた。そのとき、

翔の武を呼ぶ声がした。

 「おい武! あったぞ! 桂木奈緒だ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ