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「……なんだここ……」
目の前に広がる光景に、武の口から思わずそんな言葉が漏れた。
扉を開けた二人の目に飛び込んできたのは、真っ暗闇の中に、青い光が点々と浮かぶ、
だだっ広い空間だった。広さは恐らく、学校の体育館ほどは有るだろう。室内に照明の類
は無く、光源は先ほどの青い光のみだった。その何百はあろうかという青い光が、空間に
およそ一メートル間隔で点在している。そのせいか、室内はある種、幻想的な雰囲気に包
まれていた。その青い光は、どうやら室内に並べられた何かから発せられているらしかっ
た。
「村にこんな場所があったんだ……」
想定外の出来事に驚きを隠せないといった様子で、武が呟いた。山奥の村にこのような
場所が存在することは、明らかに異質だった。それだけに、武はなにか、自分が禁忌をお
かしてしまっているような感覚にとらわれた。
「村に住むどれだけの人が、この場所の存在を知っているんだろう」
「さあな……。しかし十四年間生きてきて、地下にこんな場所があるなんて話、一度も
聞いたことが無いぞ。クラスの奴等でさえ、たった一人しか小屋の存在を知らなかったく
らいだからな」
知らなくて当然という風に、翔は言った。それは、武も同じ事だった。そもそも武にし
ても翔にしても、桂木奈緒の手紙を読んで初めて、コンクリート小屋存在を知ったのだ。
恐らくこの手紙がなけれなければ、この先二人がコンクリート小屋の存在を知ることは無
かっただろう。しかし、現に実在するこの地下空間の事を、村の誰一人として語らぬのは、
単に村の誰もこの場所について認知していないだけなのか。あるいは……。
「とりあえず、ここが一体何なのか知る必要があるな。それにしても……こんなに広い
部屋、何に必要なのかな」
そう言って、武が室内を眺める。改めて見ても、やはりその部屋は広かった。これほど
広い空間が地下に作られているというだけでも。事の異様さがわかる。
「見たところ、怪しいのはあの青い光を放ってる物体だな。よし、行ってみよう」
無数に存在する青い光の中で、部屋の入り口から最も近いものに翔は歩み寄った。しか
しその正体を確認するや否や、翔が悲鳴のような声を上げて後退った。
「ひっ……! な、なんだこれ……!」
「どうした? 何があった?」
翔のただならぬ様子に、武はすぐさま翔の元に駆け寄った。武は駆け寄りながら、翔に
見た物の説明を要求した、しかし翔は口元を手で押さえながら、目の前の物体を指差すば
かりだった。これでは埒が明かず、武は自分で確認したほうが早いと考えた。武は翔の元
に到着すると、空唾を飲み込んだ。それからその青く光る物体に恐る恐る近づく……。
「えっ……これって……」
それは、液体で満たされた透明な容器の中に入っていた。細かな気泡がぷくぷくと湧き
上がる中、青い光を受けたそれが、容器内を漂っている。武はそれを、なにかのテレビ番
組や、理科の教科書の挿絵で見たことがあった。だからそれが何なのか知っている。――
それは、脳だった。厳密に言えば、何らかの生物の脳だった。
「……脳みそ……だよな……それって」
遠目から見守っていた翔が、武に問うた。先ほどより、幾分か落ち着きを取り戻してい
た。
「うん……。人間のかな?」
「そんなわけないだろ! 猫とか犬のに決まってる」
「でもここに名前が……カネダキヨタカって、人間の名前じゃないか?」
武が、脳の入った容器の土台を指差しながら言う。見れば、土台には『金田清孝』と書
かれたプレートが取り付けられていた。武は金田清孝という人間に心当たりは無いが、恐
らく人間の名前であろう事は容易に推測できた。
「名前が書いてあるからって、人間の物とは限らないだろ。大体、それが本当だとした
ら、一体いくつの人間の脳みそがここにあると思う? 光の数から言って、数百はあるぞ。
そんな数の脳みそを、こんな山奥の村の地下なんかに置いておくはずがない。動物のに決
まってる。あるいは、良くできた作り物か……」
「作り物だとしても、こんな山奥にこんな不気味ものを作るなんて、不自然だよ」
「じゃあなんだってんだよ! ほかに考えようが無いだろ!」
武の応答に、思わず翔の声が荒くなる。しかし翔がやきもきするのも仕方が無かった。
誰だってこのような予想外の展開に遭遇すれば。自分で納得のいく説明をつけようとする。
しかしそれができないとなると、結果、苛々を募らせてしまう。やがて頭は、より現実的
で、より合理的な考えを求めだす。翔の、“脳は人間以外の動物のものである”という主
張は、裏を返せば、そうあってほしいという願望なのだった。
「……すまん……なんか頭が混乱しちゃってさ……。すこし整理させてくれ……」
翔はそう言って目を閉じると、頭の上に両手を置き、何事か思案し始めた。翔は、目の
前の現実を必死に受け入れようとしているのだ。
「うん。こっちこそごめん。翔はそこで休んでてくれ」
武は、翔の気持ちを考えずに無神経な発言してしまったことを詫びた。そして翔をこの
場に来させてしまったことを、心の中で詫びた。しかし武にはやるべきことがあった。こ
こで怯んでいてはいけないのだ。翔には悪いが、このままここでじっとしているわけには
いかない。武は頭を抱える翔から視線を外すと、新しい情報を求めて動き出した。