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夏の遊戯  作者: あお
12/21

11

 「これが例のコンクリート小屋だよ。周りをフェンスで囲ってあるし、間違いない。

あの手紙の内容は、本当だったんだ……」 

 武はその場に佇み、コンクリート小屋を眺めた。それは林の中にはどう見ても不釣合い

な建物だった。二十平米ほどの広さに、一辺の長さが四~五メートル、高さ二メートル半

ほどの大きさの建物が建っている。材質は恐らくコンクリートだろう。屋根の部分は平ら

になっていて、側壁と交わる部分が三十センチほど突出している。さらに小屋の周囲には

フェンスまで張り巡らされている。それが小屋のコンクリートという材質と相まって、外

部からの侵入を強く拒絶する堅牢な雰囲気を醸し出していた。


 コンクリート小屋が実在したことに、武は驚きを隠せなかった。しかし実物を目の当た

りにしては、武に疑うすべはない。コンクリート小屋が実在するとわかった以上、これか

らは手紙の謎を明かすことが、武の次の目的となる。

 「俺は最初から信じてたぜ。コンクリート小屋は実在するって」

 翔が誇らしげに言い放った。先ほどの警戒的な様子とは打って変わり、目は輝きを取り

戻している。

 「それにしてもこの小屋、えらく怪しい雰囲気だな。有刺鉄線まで張り巡らしてるとは

……」

 翔はそう言って、フェンスの上部を見遣った。見るからに痛々しい有刺鉄線が、間断な

く小屋を囲っている。

 「それほど厳重にする理由があるんだろう。恐らく人を近づけたくない何かがある。そ

れはもしかすると、手紙の中で桂木奈緒が語っている、地下の秘密のことなのかも」

 かつて桂木奈緒は、コンクリート小屋の地下で“何か”を目撃してしまった故に、二度、

コンクリート小屋を訪れる羽目になる。彼女そうまでさせた“何か”とは何なのか。しか

し今の二人には、それが何なのか見当もつかなかった。

 「百聞は一見にしかず。直接見て確かめたほうが早いさ。とりあえずは……フェンスの

中に入ることからだな」

 何から手をつけていいか分からぬ二人は、一先ずフェンスの入り口を探すことにした。

二人はフェンス伝いを反時計回りに歩いた。一つ目の角を曲がったところで、フェンス

の入り口を発見する。

 「ここがフェンスの入り口みたいだ。でも南京錠が掛かってる。どうしよう」

 「うーん。桂木奈緒はどうやってフェンスの中に入ったんだろう」

 「よじ登って乗り越えようにも、有刺鉄線があるからなあ。これじゃあ越えられないぞ

……」

 「とりあえずフェンスを調べてみようぜ。フェンスが破れてるところとか、なにか抜け

道みたいなものがあるかもしれないし」

 二人は二手に分かれ、フェンスのどこかに侵入できそうな箇所がないか、丹念に調べて

回った。少しして、何かを発見したらしい武が翔を呼んだ。

 「おい翔、こっちへ来て」

 すぐさま翔が武の元へ駆けつける。武は首をかしげた状態で、ちょうど目線の高さにあ

る何かを見つめていた。

 「これ見てみ。なんだろう」

 見ると、縄のようなものが目の前のフェンスに結び付けられていた。ロープの行き先を

辿ると、なんとコンクリート小屋の側壁上部に設けられた小さな窓を通り、小屋の内部へ

と消えていた。

 「縄か……小屋への侵入に使ったのかな?」

 「フェンスの侵入方法とは関係なさそうだな」

 「うーん。とりあえずフェンスの中に入らないことにはなあ……」

 翔は瞑目して宙を仰ぐと、ぶつぶつ言いながらなにかを思案し始めた。その脇で、武が

独り言のようにぽつりと言った。

 「なんかこれ、縄梯子みたいだな」

 実は縄は二本伸びており、その二本が等間隔で繋ぎ合わされていた。それはまさに、武

の言った縄梯子の形状をしていた。

 武の発言を聞いた翔が、思考するのをやめて武の話に同調する。

 「ふむ。確かに縄梯子に見えなくもない。でも梯子は小屋の内部に垂らしてあるから、

帰りしか使えないぞ。行きはどうするんだ?ここから見た感じだと、地面から窓まで結構

な高さがあるが」

 「踏み台みたいな物があれば……。あ、あれ」

 武は窓の真下に何かを発見した。それは地面から突き出ている棒だった。突き出ている

棒の先端は逆三角形になっており、まるで持ち手のような形状をしていた。

 「あれは……シャベルみたいだな」

 よく見れば、棒と繋がった金属部分が地面からほんの少し顔を覗かせている。翔はそこ

から、棒の正体がシャベルだとわかったのだ。

 「なるほどシャベルか。でもうまく使えば、踏み台にできなくもない」

 「うん。あとはどこからフェンスの中に入ったかだけど……」

 「よし、もう一度探してみよう」

 二人は再び散ずると、フェンスやその周囲に至るまでを徹底的に検分し始めた。



 ――成果を挙げられないまま、探索を始めて三十分が経過しようとしていた。暑さや群

がってくる蚊のせいで、二人の体力は少しずつ削られていく。このまま探索を続けても能

率は落ちる一方だと判断した武は、一度休息することを翔に提案した。

 「翔、疲れただろ? ちょっと休憩しよう」

 遠めから声を掛けると、翔は武の方へ歩いてきた。相当に疲れていたのだろう。翔は武

の傍に到着するやいなや、提案に賛否の意思を示すでもなく、無言のままその場に腰をお

ろした。続いて武も腰を下ろす。

 「すまないな。こんな面倒に巻き込んで」

 思わず武の口から弱気な言葉が出る。

 「おいおいやめろよな。俺、全然後悔なんてしてないぜ」

 「ありがとう。必ず中へ入る方法はあるはずなんだけどな……」

 「そうだな。しかしこれだけ探しても見つからないんじゃ、さすがに気も滅入るぜ」

 「でも俺、諦めない。決めたんだ。今日限りで、手紙の件にけりをつけるって」

 武はズボンのポケットに手を入れると、中にある桂木奈緒の手紙を強く握り締めた。不

思議と、元気が湧いてくるような気がした。

 「よし、その息だ。気合も入ったことだし、そろそろ探索を再開しようか……ん?」

 翔が立ち上がろうとした時だった。目の前の何かが翔の関心を引いた。翔の視線がその

一点に注がれる。

 「どうした翔。 何か見つけたか?」

 翔は武の言葉には耳も貸さず、しゃがんだ体制のまま視線の注がれる場所へ歩み寄った。

少しして、翔から歓喜の声が上がる。

 「武、あったぞ! 穴だ! きっとここから入ったんだ」

 翔が見つけたのは、フェンスと地面との間に穿たれたトンネルだった。穴の径は大人一

人が通れるか通れないかほどの大きさだったが、中学生が通り抜けるには十分だった。

 「でかした翔! なるほど……これなら何とか潜り抜けられそうだ。しかしフェンスの

下を行くとは、盲点だったよ」

 「さっきの縄梯子といい、妙にとんちの効く奴だな、桂木奈緒って」

 この頃には、二人の頭の中に桂木奈緒という人物像がおぼろげながら出来上がっていた。

 当初は存在自体が怪しまれていた桂木奈緒だったが、今では二人の中で、桂木奈緒とい

う人間は間違いなく実在していた。

 「この穴は恐らく、さっきのシャベルで掘ったんだろう。でも女の子一人で掘るのは大

変だっただろうな」

 「いや、案外お前も一緒に掘ったのかもしれないぞ」

 手紙から推測した事柄で、翔が茶化す。

 「何度も言うが、俺がここへ来たのは今日が初めてだよ。こんな印象的な場所、一度来

たら忘れるわけがない」

 「冗談だよ冗談。でも考えれば考えるほどに不思議な話だよな。コンクリート小屋の実

在や小屋へ侵入した痕跡からして、手紙の内容が事実なのはほぼ間違いない。それなのに

お前には、その記憶が全くないなんて」

 「おいおい、俺の記憶のほうがおかしいっていうのか」

 「そんな事は言ってない。ただ不思議だなあと思っただけさ」

 「……今はそんな事より、フェンスの向こう側へ行くことだろ。記憶がどうのこうのの

議論はひとまず置いといて、そっちに集中しようぜ」

 「そうだったな。脱線してすまない。目下の急務を片付けよう」

 武の説得により、ひとまず議論は終了した。早速二人は、トンネルの潜り抜けへと取り

掛かる。まずは武がそれを試みることになった。


 地面に寝そべりトンネルと格闘する武に、翔が声を掛ける。

 「どうだ武、行けそうか?」

 「少しきついけどなんとか……。こんなことなら、俺もジャージを着てくるんだった」

 「小屋に忍び込むのが、こんなに過酷だとは思わなかったからなあ。ほら、体押してや

るから頑張れよ」

 もがく事数分、翔の助力もあって、武はなんとかフェンスの向こう側へ抜け出ることが

できた。

 「体が土で真っ黒だよ……親にどう言い訳しよう」

 「はははっ。夏休みだしいいじゃないか。よし、次俺行くぞ」

 武が苦心してフェンスの向こう側へたどり着くと、翔もそれに続いた。武同様、彼も潜

りぬけにてこずるかと思われたが、武よりも体が小柄な彼は、割りとすんなりフェンスの

向こう側へ抜け出ることができた。服についた土を手で払いながら翔が言う。

 「ふう……。割と楽に抜けれたな。初めて体が小さくてよかったと思ったぜ」

 「俺があれほど苦労したというのに……。とにかく、後は小屋の中へ入るだけだ。案外

小屋の鍵、開いてたりして」

 さほど期待はしていなかったが、小屋の入り口が施錠されていない可能性を考え、一応

確認だけはすることにした。小屋の入り口のへと向い、ドアノブを捻ってみる。しかし案

の定、ドアノブはガチャガチャと音を立てるだけで、うんともすんともいわなかった。

 「残念。そう簡単にはいかないか」

 「やっぱりさっきの窓から侵入するしかなさそうだな」

 入り口からの侵入を諦めた二人は、先ほどフェンスの外側から確認した、小屋側面の窓

がある場所へと移動した。


 フェンスから伸びた縄梯子が、小屋上部の窓に吸い込まれるようにして消えている。地

面から突き出た棒は、やはり翔の予測したとおりシャベルだった。

 「この窓から中へ入るのか? 近くで見ると、結構な高さがあるぞ」

 窓は地面から二メートルほどの高さに設けられていた。中学二年生の平均的な身長を持

つ二人には、到底届かぬ高さだ。

 「桂木奈緒が行けたんだ。俺たちに行けないはずが無いさ」

 武はシャベルがしっかりと地面に固定されていることを確認すると、シャベルの柄に足

を掛けた。その状態で小屋の壁に両手を着き、体を支える。呼吸を整え、シャベルに掛け

たほうの足を一気に踏ん張った。すると体が浮き上がり、たった一度の挑戦で柄の上に立

つことができた。

 「あ、上がれた。思ったより簡単だったな」

 「よし、そのまま中を覗いてみてくれ」

 「わかった。ちょっとまってろ」

 柄の上に立ったまま、武は小屋の内部を覗き込んだ。しかし窓が一つだけしか設けられ

ていないこの小屋に太陽の光はほとんど届かず、まだ昼過ぎにもかかわらず薄暗かった。

そのせいで、内部がどうなっているのかを確認することはできなかった。

 「暗くてよくわからないな。翔、俺のリュックから懐中電灯を取ってくれ」

 翔は武のリュックから懐中電灯を取り出すと、武に手渡した。それを受け取った武は、

スイッチを入れて再び窓を覗き込んだ。

 「……うーん。部屋の中に物がなにもないぞ」

 「まさかー。ちゃんと隅々まで見たのか?」

 「本当だって。引越した後みたいに、物が何一つ無いんだ」

 武の言うことは本当だった。室内に小屋の使用用途を示す物は勿論、机や棚の類さえ、

何一つ置かれていなかった。

 「それだとこの小屋の存在する理由が……あ、そうだ。階段は? 手紙に書いてあった、

地下へ下る階段は?」

 「階段は……ある」

 がらんどうの室内のちょうど真ん中に、室内と同じく無味乾燥な階段が存在していた。

恐らく桂木奈緒が手紙に記した、地下へと続く階段だろう。

 「とりあえず室内に降りる。お前も後から来いよ」

 武は窓枠に手を掛けると、シャベルの柄の上から飛び上がり、小屋の内側へ起用に体を

ねじ込んだ。そのまま足を窓枠まで引き上げ、向こう側へ降り立つ。武が小屋の内部へ侵

入する一部始終を見ていた翔は、それを真似て小屋の中へ侵入した。


 「なんだ、この部屋。本当に何もない。一体なにに使われてる小屋だろう」

 「見当もつかないな。それにこの階段。こんな山奥の小屋に地下なんか掘って、何をし

てるんだろうな」

 用途の分からぬ殺風景なその小屋に、二人は戸惑った。ここを小屋と呼称していいのか、

それさえ迷うほどだった。まるでこの建物が、地下へ通ずる階段を隠すためだけに建てら

れた、ただのコンクリートの壁のような。この小屋の存在理由の全てが、地下にあるのだ

ろうか。

 「この下に、桂木奈緒がいるのかな……」

 「いや、さすがにもういないだろう。手紙を書いた日からもう何日も経ってるんだぜ?

 自分の家に帰ってるさ」

 「そうだろうか。俺はまだ、この下に桂木奈緒がいる気がするんだ」

 「気がするって……根拠はあるのか?」

 「……わからない。わからないけど、そんな気がするんだ」

 翔にはわからない何かを、武は感じていた。それは言葉では言い表すことのできない、

第六感のようなものだった。

 「……そうか。とにかく、下りて確かめてみるしかなさそうだな。……心の準備はいい

か?」

 翔が武の目を見つめ、返事を請う。武は強張る右手をポケットに突っ込むと、まるで桂

木奈緒から勇気を分けてもらうかのように、再び、手紙を強く握り締めた。その後、一度

深呼吸してから答える。

 「うん。行こう」

 二人は手紙にも記されていない未知の領域へと踏み出した。室内に響く二つの靴音は、

やがて闇に吸い込まれて消こえなくなった……。

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