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夏の遊戯  作者: あお
11/21

10

 夏期連休初日、武は覆いかぶさるような暑さで目を覚ました。それからしばらくは何を

する気力も起こらず、ベットの上で横になる。

 部屋の中にいても、蝉の声は容赦なかった。鳴きたい盛りの彼らは、短い命を謳歌しよ

うとするかのごとく、今日も鳴き続けていた。武は自分の無駄に長い夏期連休を、こいつ

らに分けてやりたいなどと、おかしな事を思った。その後、自嘲するようにうすら笑うと、

起きる為に立ち上がった。


 階下に下りればいつも聞こえてくる家族の話し声、テレビの音声、家事をする音などが、

今日は武の耳に届いてこない。というのも、父は平日なのでいつものように仕事へ、母親

と妹は前から予定していた街への買い物へ出かけたのだった。前日の夜、武も一緒に買い

物へ行こうと誘われたが、用事があると言い断った。

 武は今日、友人の翔とコンクリート小屋探索へ赴く予定だ。正午に武宅の前で翔と合流

する手はずとなっている。しかし正午まではまだかなり時間があった。武は人気のなくな

った家の中を歩きながら、どうしようかと考えた。とりあえずは、寝汗による気持ち悪さ

を洗い流すためにシャワーを浴びることにした。


 武は頭から水を被りながら、浮かんでくる様々な疑問に思考をめぐらした。これから訪

れる予定のコンクリート小屋は本当に実在するのか。また、実在するとして、そこには一

体何があるのか。桂木奈緒と名乗る人物は一体何者なのか。何を意図してこの手紙を書い

たのか。はたまた、すべては何者かの仕組んだ悪戯で、自分はただそいつに遊ばれている

だけなのか……。それらの謎は堂々巡りをするばかりで、結局手紙を受け取ってから今に

至るまで、納得できる回答を導き出すことはできなかった。しかし武には、ひとつ心に決

めていることがあった。それは、手紙の内容が事実にしろ出たら目にしろ、今日を以って、

この一連の出来事にけりをつけるという事だった。

 桂木奈緒やコンクリート小屋については何一つ分からないままだったが、謎の違和感に

ついては変化があった。はじめは一日に何度も生じることもあった違和感が、この数日で

発生する頻度が減ってゆき、今に至ってはまったくというほど生じなくなっていた。謎の

違和感を病気と捉えれば完治したと言っていいのだろうが、武はそういった類のものでは

ないと思っていたので、違和感を感じなくなったことが良いのか悪いのか判断ができかね

た。


 武はシャワーを浴び終えると、少し遅い朝食を摂った。朝食は母が今朝作っておいてく

れた物を電子レンジで温めて食べた。育ち盛りの武は、こんな時でも食欲はいつもどおり

旺盛だった。朝食を食べ終える頃には、あと三十分ほどで正午を迎える時刻だった。武は

コンクリート小屋へ持ってゆく荷物を準備するために自室へと向かった。

 道具類は、各自必要だと思われる物を揃えて持参することになっていた。武は昨夜揃え

た道具類を一つ一つ確認しながらリュックサックに詰め込んだ。

 全ての荷詰めを完了し、いざ待ち合わせ場所へ向かおうとした時だった。机の上に置か

れている桂木奈緒の手紙が目に入った。武は手紙に歩み寄ると、それを手に取った。そし

て何かを思案した後、それを小さく折りたたみ、ズボンのポケットに突っ込んだ。


 「おす武。準備は万端か?」

 武が待ち合わせ場所に到着すると、そこにはすでに翔の姿があった。学校指定のジャー

ジを着ており、背中には武同様、大きなリュックサックを背負っている。

「まあな。お前は?」

 「俺はこれを持ってきた。ビニール紐」

 翔は背負ったリュックサックから黄色のビニール紐を取り出し、得意顔で武の眼前に掲

げた。

 「そんなもん、何に使う気だよ」

 「林の中で迷うかもしれないだろ。小屋に向う途中、道端の木にこのビニール紐を結び

付けておけば、帰るときの道しるべになるかなと思って」

 「……なるほどな。俺、そういう事全然考えてなかった」

 「いいっていいって。それより、早いとこ出発しようぜ」

 話をそこそこに切り上げ、二人はコンクリート小屋へ向けて歩き出した――。



 武の緊張とは裏腹に、翔は今回の事に意欲満々といった感じだった。道中も一人で手紙

について自分の推論を語り、それはすでに、コンクリート小屋の存在を信じきっている様

子だった。そうこうしているうちに、二人は小屋がある林への入り口である、瀬山宅の裏

へ到着した。

 「ここか、勇人の言っていた林は。確かに、うっすらと道が続いてるみたいだが……」

 「この獣道を辿っていけば、コンクリート小屋にたどり着けるんだよな。でもかなり奥

まで続いてるみたいだぞ。大丈夫かな」

 「ここまで来たんだから、行くしかないだろ。最悪、このビニール紐があるし迷うこと

はないさ」

 「……そうだな。よし、行こう」

 二人は覚悟を決め、林へ足を踏み入れる。入り口でうるさく鳴いていた蝉が、途端に鳴

りを潜めた。


 「なんだか薄気味悪い林だな。まだ昼だけど、幽霊でも出てきそうな雰囲気だぜ」

 「桂木奈緒は、こんな林を一人で歩いたのかな」

 「手紙によれば、一度、お前と一緒に来たみたいだけどな。でもお前にはそんな記憶な

いんだろ?」

 「うん。でも今は、とにかく進むしかない。コンクリート小屋があると信じて」

 実在するかも分からぬ目的地を目指し、二人は歩いた。道標などないこの林で、頼るべ

きは、入り口から続くかすかに残った獣道のみだった。二人はその獣道を頼りに、慎重に

歩を進めた。途中、道脇の木に目印のビニール紐を巻きつける。少し進んだところで振り

返ると、目印のおかげで来た道が一目瞭然だった。これで迷う心配はないだろう。安心し

た二人は歩を早めた。鬱そうと茂る木々の間を、奥へ奥へと進んでいく……。


 翔が何個目かのビニール紐を木に巻きつけている時、武が呟いた。

 「おい翔」

 「ん、どうした武?」

 巻きつける作業を続けながら、翔が訊いた。

 「ほらあそこ。あれ、コンクリート小屋じゃないか?」

 武が指差した先には、人工物らしき建物が微かに見えていた。距離にして七、八十メー

トルといったところだろう。しかしここからでは遠すぎて、例のコンクリート小屋だと断

定はできない。

 「ここからじゃよくわからないな……。近くに行ってみよう」

 二人はその建物を目指し、再び歩き出した。先ほどまで喋々しかった翔も、今では口を

閉ざしている。二人が黙すると、林全体が静まりかえったように感じられた。そのせいで、

枯れ枝を踏むパキパキという音が不自然に響いた。


 二人が建物に一歩近づくほどに、色、形、大きさなどが認識できるようになる。淡い灰

色、角ばった外観、小屋と呼べる規模の大きさ。やがてその建物は、周囲をフェンスで囲

まれているらしいこともわかった。それはまさに、二人の想像するコンクリート小屋のイ

メージと合致していた。唯一想定外だった事をあげるとすれば、コンクリート小屋の発す

る独特の雰囲気が、あまりにも異質で不気味だということだろう。それは遠めに見ても容

易に感じ取ることができるほどだった。しかし二人はひるむことなく前進する。コンク

リート小屋に畏怖すると同時に、湧き出る好奇心を抑えることができなかったのだ。やが

て残り数メートル程の距離まで来たとき、二人はこの建物が、例のコンクリート小屋だと

確信した。

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