プロローグ
私の親愛なる友人、沢田武様へ
あなたがこの手紙を読んでいる時、私、桂木奈緒という人間がこの世に存在しているか
どうかはわかりませんが、それでもどうか私の話をお聞きください。
昨日の晩、あなたと二人で忍び込んだコンクリート小屋の地下で私が目にしたものは、言
葉では形容できないようなとても奇怪で恐ろしいものでした。あなたの小屋の外で待つと
いう判断は正解でした。なぜなら、あれを目撃してしまってはその後に正気を保っていら
れる保障がないからです。ご多分に漏れず、あの晩あれを目撃してしまった私も、直後か
ら相当な苦悩を強いられることになりました。おそらく私の態度がいつもと違う様は、あ
なたからも容易に見て取れたかと思います。
突然ですが、あれを目撃してしまった私は、苦悩の末にある結論へと辿りつきました。
そして今夜、私の導き出した結論が正しいのかどうか確かめるべく、再びあのコンクリー
ト小屋に赴くつもりです。その場所で私はあることを実行したいと考えています。
仮に私の推論が的中するようなことがあれば、それを行動に移した瞬間に私という存在
は、この世から文字通り跡形もなく消えて無くなってしまうことでしょう。皮肉にも、自
分自身の消失によって私の推論が正しかったことが証明されるのです。そうなれば、この
手紙が私の残した最後の遺物となるでしょう。いえ、そもそもこの手紙自体が後に存在し
ているかも実際には疑わしいところです。
恐らくあなたは、私が伝えたい事実を汲み取れずに手紙の前で首を傾げていることでし
ょう。それでいいのです。どうかこの手紙のことは忘れてください。あの夜の出来事は全
て忘れてしまったほうがあなたの為でもあるのです。しかしできることならば、私、桂木
奈緒という人物が確かに存在していたことだけは、どうか覚えていてほしい。私は今日で
消えてしまうかもしれません。でも私には、あなたと語りたい事、訪れてみたい所など、
山ほども残っているのです。だからこそ私は、もう一度あの場所へ訪れ、私の考えなど杞
憂に過ぎないことを自ら確かめる必要があるのです。
最後になりますが、明日、いつも通り学校で、あなたに会えることを願っています。
桂木奈緒