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第34話:逆探知のデッドヒートと、最果てのコード

「カイト、待ちなさいってば! 配信なんて続けてたら、いくら入り口を隠しても電波で場所を特定されるわよ!」


ナギが油まみれのレンチを振り回し、俺のデスクに詰め寄ってきた。


拠点『アンダー・ルート』は物理的には旧時代の遮蔽材で隠蔽されている。だが、ネット配信は不可視の電波を撒き散らす「ビーコン」だ。

ジャンク屋として修羅場を潜ってきた彼女が、眉を吊り上げて怒るのも無理はない。


「……心配ない。リナの端末から出る全パケットは、俺がリアルタイムで多重暗号化してる」


「多重暗号化? それだけで警察のスパコンから逃げ切れるわけないでしょ!」


「最後まで聞け。その暗号化したログを、あえて『警察庁のメインサーバー』を踏み台にして世界中にプロキシ(経由)させてる。


……要するに、警察がリナの居場所を辿ろうとすれば、自分たちの基幹システムの奥底に行き着く仕組みだ。自分で自分の首を絞めるような真似は、国家組織あいつらにはできないさ」


俺が画面上のルーティング図を指差しながら淡々と答えると、ナギはパクパクと金魚のように口を動かした後、がっくりと肩を落とした。


「……あんた、さらっと国家機密をハッキングの防壁にしないでくれる? 技術の使い方が外道すぎるわよ……」


その横で、リナが楽しそうに自律ドローンを飛ばし、視聴者たちのコメントを読み上げている。


「だそうだよ、みんな! カイトくんのハックは警察よりも一枚上手! というわけで、これからスミレさんを助けに行く『救出ミッション』を生中継しちゃいまーす!」


画面には、【カイト様マジ外道(褒め言葉)】【警察涙目www】【これが本物のデバッガーか】といったコメントが、滝のような速度で流れていった。


 ***


俺はナギが貸してくれた移動ユニット——一人乗りの高速ホバースライダーの前に立つ。


メーカー『皇国重魔工』製の最高級モデル。流線型のボディは美しいが、今の俺には「あまりに遅すぎる」。


「ナギ、こいつの『リミッター命令』を物理的にバイパスする。あと、さっきヴァイオレットから奪った『加速ロジック』を……このスライダーの制御OSに直接マージ(移植)するぞ」


「ちょっと待って! あれは上位存在の魔導コードでしょ!? 言語もアーキテクチャも全然違うのに、そんなの動くわけ——」


「——動くさ。俺が間に『エミュレーター(仮想環境)』を噛ませた。論理の変換はアヴァロンが並列で処理する」


俺はアヴァロンのコアから抽出した、不気味に明滅する紫色のコードをスライダーの給電系に流し込んだ。

 

 キィィィィィィン……ッ!!

 

スライダーのエンジンが、悲鳴のような高周波を上げる。排気口からは蒼い魔力と、ヴァイオレット譲りの不吉な紫の粒子が混ざり合った炎が吹き出した。


理論上の限界速度を軽々とオーバーライドし、周囲の空間そのものが熱を帯びて歪んでいく。


「カイト……君の技術には、毎度驚かされるな」


修理を終えたジェイ・ガストのコクピットから、相棒のリュウジが感銘を受けたように歩み寄ってきた。


「ガストの調子も最高だ。出力特性が以前よりリニアで扱いやすい。……拠点は俺とナギ、それにガストで守り抜こう。君は、君の『大切な人』を救ってこい」


「……ああ、助かるよ」


 出発の直前、スライダーに跨った俺の服の裾を、小さな手がそっと掴んだ。

 

「……カイトさん。私も、行きます」


 セレナだ。記憶を失っているはずの彼女の金色の瞳には、かつてないほど強い意志の灯火が宿っていた。


「ダメだ。あそこは敵の本拠地かもしれない。今のお前には——」


「嫌です。……置いていかないでください」


 セレナは首を振り、俺の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「スミレさんは、カイトさんの……とても、大切なお方なのでしょう? 私にも分かります。

……私にとっても、あの方はどこか懐かしくて、お姉様のような気がするんです。

だから、一緒に行かせてください。カイトさんを……

一人きりにはしたくないから」


震える彼女の手が、俺の手に重なる。

その温もりは、どんな冷徹なコードよりも強く、俺の背中を押した。


「……わかった。振り落とされるなよ。……しっかり掴まってろ」


「はいっ!」


セレナが俺の背中にしがみつき、細い腕が腹に回る。

俺は魔改造を施したスライダーのアクセルを、一気に踏み込んだ。


 ***


荒野を音速で切り裂き、数分。

俺たちが辿り着いたのは、地図上では「砂漠」としか記されていない場所だった。


そこには、錆びついた巨大なアンテナと、地中深くへと続く重厚なハッチを備えた、旧時代の巨大サーバー施設が鎮座していた。


 沈黙した巨塔。だが、俺の端末は狂ったようにSOS信号を拾い続けている。

 

『……マ、スター……早く……システムが……書き換え(上書き)られて……』


「スミレさん……今、行きます」


リナの追従ドローンが先行してハッチへ肉薄した、その時だった。

 

 ——警告:高エネルギー反応を検知。

 

施設の屋上から、大気を引き裂くようなプレッシャーが降り注ぐ。

 

『管理者権限:特異点統合シンギュラリティ・マージ……第一フェーズ、全域展開。バグの隔離を開始する』


無機質な、世界のシステムそのものが喋っているような声。


塔の頂上からゆっくりと滞空して降りてきたのは、全身に「赤い回路」を走らせた漆黒の機体——黒騎士の真の姿だった。


「……よく来たな、世界の異物。……いや、ハッカーのカイトよ」


黒騎士が巨大な漆黒の剣を抜く。その瞬間、施設の周囲数キロが、幾何学模様の「論理の壁」によって閉鎖された。


逃げ場はない。

リナのカメラが、この絶望的な対峙を全世界へと中継し始めた。


「ここがお前の処刑会場だ。大人しく、消去デリートを受け入れろ」


最強の敵と、最愛の相棒の命。

カイトの指が、キーボードの上で「反撃のロジック」を構築し始めた。

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