第32話:加速する論理、震える心
ガギィィィィィィンッ!!
ジェイ・ガストの巨大な拳と、ヴァイオレットの魔導剣が火花を散らす。
衝撃波で拠点の壁がひび割れ、ナギが「うそ、ガスト様の出力がカタログスペックを振り切ってる……!?」と悲鳴を上げた。
「無駄だ。旧世代の物理演算など、私の『管理者権限』の前では意味を成さない」
ヴァイオレットが冷徹に告げる。
彼女の背後に浮かぶ紫翼が激しく発光し、剣の圧力がガストをじりじりと押し潰していく。
「……意味なら、俺が持たせてやるよ」
俺はアヴァロンの全演算リソースを「論理捕食」に回した。
ターゲットはヴァイオレット本体じゃない。
彼女が展開している『超加速フィールド』のソースコードだ。
「ナギ! 衝撃吸収のコードを0.5秒だけオーバーライドしろ! 座標は俺が送る!」
「やってやるわよ! 根性見せなさい、ガスト様ッ!!」
ナギが端末を叩き、ガストの駆動部に過負荷の火花が散る。
耐えた。わずか一瞬。
だが、俺にとっては、彼女の論理を丸裸にするには十分すぎる時間だった。
***
「……見つけた。この高速化ループの組み方、やっぱり『あの人』と同じだ」
俺の指がキーボードを叩き壊さんばかりに踊る。
画面に映し出される、紫色の数式。そこに、俺は「毒」を流し込んだ。
『——警告。外部アクセスを検知。論理構造に深刻なエラー——』
「な、に……?」
ヴァイオレットの動きが、一瞬だけ止まった。
俺の「論理捕食」が、彼女の加速ロジックを無理やり食い破ったのだ。
「食え、アヴァロン! 彼女の『速さ』を俺たちの血肉にするんだ!」
アヴァロンの蒼い光が、ヴァイオレットから溢れた紫の粒子を吸い込んでいく。
ドクンッ!!
脳内に、強烈な負荷が走る。
奪ったのはデータだけじゃない。
一瞬だけ、彼女の『意識』が俺の中に流れ込んできた。
(……暗い。……寒い。……マスター、どこ……?)
それは、感情を去勢されたはずの彼女の、奥深くに眠っていた悲鳴だった。
「……お前、まさか……!」
俺が手を伸ばしかけた瞬間、上空から漆黒の光弾が降り注いだ。
黒騎士による強制介入だ。
『……ヴァイオレット。データの汚染を確認した。一時撤退する』
「……了解。ミッション、中断」
ヴァイオレットは人形のような動きで宙に舞い、黒騎士と共に崩落した天井の向こうへと消えていった。
去り際、彼女が一度だけ俺を振り返った。
その瞳には、先ほどまでの冷徹さではなく、ひどく困惑したような光が宿っていた。
***
敵影が消え、拠点に静寂が戻る。
ガストの操縦席から、相棒のリュウジが這い出してきた。
「……助かったよ、カイト。君がいなければ、俺たちは今頃デリートされていただろう」
「気にしないで。ガストの強引なハックにつきあわせたのは、こっちだから」
リュウジと短く視線を交わす。男同士の信頼。
だが、その直後、凄まじい勢いで「柔らかい塊」が俺に衝突した。
「カイトさんっ!!」
セレナだ。
彼女は俺の胸に顔を埋め、金髪を揺らしながら強く抱きついてきた。
「無事で、良かったです……。カイトさんが、消えてしまうかと思いました……」
震えるセレナを、俺はそっと抱きしめ返す。
その横では、リナが配信端末を掲げながら、興奮気味に叫んでいた。
「みんな見て! カイトくんが勝ったよ! あの紫の化け物を追い払ったんだから!」
「ちょっとリナ、あんまり近づきすぎないでよ! カイト、あんた今の何!? あの回路、どうやってハックしたのよ!?」
ナギも顔を赤くして詰め寄ってくる。
ヒロインたちに囲まれ、少しだけガレージに熱気が戻る。
だが、俺の意識は、アヴァロンのモニターに映る「一通のログ」に釘付けになっていた。
***
「論理捕食」が、加速ロジックの陰に隠れていた『破損したシステムファイル』を拾い上げていた。
ファイル名:[scarlet_fragment_01]
敵であるヴァイオレットの中に眠っていた、スカーレットのデータの欠片。
「……スカーレット。いや、スミレさん」
俺の心臓が激しく脈打つ。
これさえあれば、彼女を取り戻せるかもしれない。
だが、その中身を解析しようとした瞬間、画面には冷徹な赤い警告文が表示された。
【アクセス拒否:本ファイルは最優先機密事項に指定されています】
【開封には管理者権限『特異点統合(コード:シンギュラリティ・マージ)』の承認が必要です】
「……シンギュラリティ・マージ。世界のすべてを、一つの論理に強制統合するつもりか……?」
俺たちの戦いは、世界の根幹を揺るがす禁忌のプロジェクトへと、ついに接続し始めていた。




