第28話:金色の乙女と論理の欠片(ハック・ピース)
地下鉄の廃線跡に、アヴァロンの駆動音が低く響く。
再起動に成功したアヴァロンの中心で、セレナがゆっくりと身を起こした。
「……ここは……?」
金色の瞳が、不安げに周囲を彷徨う。
かつてホワイト・ヴィクトリーの上で、世界を睥睨していたあの冷徹な威圧感はない。
今の彼女は、嵐の夜に迷い込んだ小鳥のような危うさを纏っていた。
「セレナさん、気分はどうだ? 俺だ、カイトだ」
俺が声をかけると、彼女の肩が小さく跳ねた。
彼女は俺の顔をじっと見つめ——次の瞬間、ふらりとバランスを崩して俺の胸元に倒れ込んできた。
「あ、の……カイト、さん……?」
細い指先が、俺の作業服の裾をぎゅっと掴む。
「……私の、ログ(記憶)が、見当たりません。自分が何者で、何をすべきだったのかも。
……でも、あなたの声を聞くと、システムが……いえ、胸が、とても暖かくなるんです。
あなたは、私を直して(デバッグして)くれた人、ですか?」
「……ああ、そうだ。お前を壊そうとした奴らから、奪い返してやったんだよ」
まさかの「記憶喪失による依存」。
かつてのあの性格から想像もつかない。
その弱々しさに、俺のエンジニアとしての保護欲が限界突破しそうになる。だが、再会の余韻に浸る時間はなかった。
「カイトくん、ごめん! 敵の偵察ドローン『エグゼクター・アイ』が3機、換気口から侵入した! あと1分でここに到達するよ!」
リナの叫び声。モニターには、警察のロボットとは明らかに違う、幾何学的で不気味な浮遊機体が映し出されていた。
「チッ、しつこいデバッガーどもめ……。セレナさん、アヴァロンに乗ってくれ。あいつらを叩き落とす」
「はい、カイトさん。……あなたの力に、なります」
アヴァロンのコクピットにセレナを同乗させる。
彼女が俺の腕にそっと触れた瞬間、アヴァロンの網膜ディスプレイに見たこともない文字列が踊った。
[——Link Success:管理者デバイス(セレナ)と同期]
[——Enemy Data Scanned:敵機体の『ソースコード』を抽出します]
「……これか。あいつらの無敵の正体は」
迫りくるドローン。アヴァロンが放った20mm機関砲の弾丸が、敵の数センチ手前で「空間の歪み」に弾かれる。
「なるほど。装甲が硬いんじゃなくて、空間の曲率を書き換えて弾いてるのか。……そんなクソ仕様、俺が上書き(オーバーライド)してやる!」
俺はセレナの「光の回路」を介して、アヴァロンの右腕に全演算能力を集中させた。
「セレナ、敵の『防御ロジック』をこっちに回せ! 吸収、開始!」
『……了解。……コード、抽出します』
アヴァロンの蒼い手が、空間を無理やり掴む。
ドローンの周囲に展開されていた「見えない壁」が、光の粒子となってアヴァロンの腕に吸い込まれていく。
[——Analysis Complete:『空間干渉・障壁』をライブラリに統合]
[——New Weapon Build:魔導武装『空間破砕弾』生成可能]
「生成……開始ッ!」
魔法の光が、アヴァロンの右腕に「ありえない形状」の重火器を形作っていく。
趣味のロボット制作では絶対に辿り着けなかった、物理法則をハックした究極の武器。
「——喰らえ、バグ取り野郎!」
放たれた蒼い一撃。
空間ごと敵を握りつぶすような破壊の奔流が、一瞬で3機のドローンを塵へと変えた。
「……はぁ、はぁ。……いける。この力があれば、スミレさんを連れ戻せる!」
爆煙の中、俺は確信した。
セレナという「鍵」と、俺の「技術」。この二つが揃えば、神の作った理不尽な仕様さえも書き換えられる。
「カイトさん……すごいです。今の、私の力、ですか……?」
膝をつくアヴァロンの中で、セレナが尊敬の眼差しを向けてくる。
「いや、俺たちの力だ。……さあ、リナさん、次の拠点を検索してくれ。奪い取ったこの技術で、アヴァロンをもっと『最強』にアップデートしてやる」
地下の暗闇で、アヴァロンの蒼い目がかつてないほど激しく燃え上がっていた。




