第25話:科学の敗北、魔導の産声。……この世界の『仕様(ルール)』をぶち壊してやる
警察庁が隠し持っていた、最悪の「切り札」。
漆黒の機体の掌に、禍々しい光が収束する。
それは熱源反応でもなければ、既知の物理エネルギーでもない。空間そのものがノイズとなって削り取られていくような、異様な光景だった。
「……終わり、か」
大破したホワイト・ヴィクトリーの傍らで、カイトは死を覚悟した。
逃げ場のないガレージ。だがその時——瓦礫の下から、「聞き覚えのあるエンジン音」が爆発した。
「ガ、ガガガ……ガァァァァァッ!!」
咆哮を上げ、数トンの瓦礫を力任せに跳ね飛ばして現れたのは、無人のはずのアヴァロンだった。
パイロットもいないのに、機体はカイトを守るように漆黒の機体との間に割り込み、その一撃をシールドで弾き飛ばした。
「アヴァロン!? 自律起動……!? バカな、まだそんなロジック、実装してないはずだぞ……ッ!」
驚愕するカイトの耳に、隣で膝をつくスミレさんの声が届く。
彼女の足元はすでに不自然なノイズにまみれ、現実感を失い始めていた。
「……カイト……乗って。アヴァロンが、カイトを呼んでる……!」
「スミレさん!? でも、あんたを置いてなんて——」
「いいから!!」
スミレさんは消え入りそうな手で、カイトの背中を突き飛ばすように押した。
「私はいいから、アヴァロンに乗って! ……整備士が、自分の最高傑作を信じなくてどうするの!」
「……っ、分かった!」
カイトはアヴァロンのコクピットへと飛び込んだ。
シートに座った瞬間、全モニターが真紅のログで埋め尽くされる。
「——管理者保護プロトコル、緊急実行。……全出力、解放!!」
カイトは吠えながら、焼き切れるような速度でキーボードを叩いた。
だが——相手は「警察の新型」という言葉すら生温い、バケモノだった。
「くそっ、なんだあの機動は! 物理演算が、当たる直前で全部書き換えられてやがる……。最新鋭機どころか、物理エンジンそのものをハックしてるのかよ……ッ!!」
アヴァロンの放つ弾丸は空中で虚無へと消え、逆に敵の指先一つで、アヴァロンの重装甲が紙のように引き裂かれていく。
アヴァロンが膝をつき、漆黒の機体がトドメの光を掌に収束させた。
今度こそ、逃げ場はない。
「……ダメだ。回避も、防御も間に合わねえ……ッ!!」
アヴァロンのコクピットで、カイトは迫りくる黒い光を見つめていた。
だが。
その光が放たれるコンマ数秒前、戦場に「さらに別の爆音」が轟いた。
『——私のカイトに、触れるなァァァァァァッ!!』
ガレージの地下区画を突き破り、真紅の装甲が躍り出た。
かつて第7話で、アヴァロン死闘を繰り広げた宿敵
——『ブラッディ・ネイル』。
スミレは、消えゆく身体の全負荷を無視し、かつての愛機へと無理やり乗り込んでいた。
ドォォォォォンッ!!
漆黒の光がブラッディ・ネイルを直撃する。
スミレさんの機体は盾となり、アヴァロンの身代わりとなってその一撃を真っ向から受け止めた。
爆炎の中、ブラッディ・ネイルの装甲が粉々に砕け散り、彼女はコクピットから放り出される。
「スミレさんッ!!」
カイトはアヴァロンを飛び出し、瓦礫の上に倒れた彼女を抱き上げた。
彼女の身体はもう、透けて向こう側が見えるほどに希薄になっていた。
「……あはは。……間に合っ、た……?」
「……バカな真似を! あんな一撃、今のあんたの身体で受けたら……!」
「……いいの。……ねえ、カイト。もし私が……最初からこの世界にいない『バグ』だったとしたら。カイトは、直してくれる……?」
「……当たり前だ。直せないエラーなんてない。俺が、全コードを書き換えてでも——」
「……ふふ、嘘つき。……気づいてたんでしょ? 私が、ネオ・ギアスの……スカーレットだってこと」
カイトは一瞬だけ瞳を伏せ、それから真っ直ぐに彼女を見つめ返した。
「……ああ。ドローンを修理した時、君の打ち込みの癖で分かってた」
「……じゃあ、なんで……なんで、あんなに優しくしたの?」
「エンジニアっていうのはな、パーツの出所なんてどうでもいいんだ。
目の前でエラーを吐いてる、たった一人の女の子を救えないなら……俺は整備士失格だ。
君がスカーレットでも、スミレさんでも関係ない。
俺にとっては、一緒に飯を食ってくれた、世界でたった一人の……大切な......俺の相棒だ」
スミレさんの瞳から、光の粒のような涙がこぼれ落ちる。
「……大好きだったよ、カイト。……君に、私の全部を『デバッグ』してほしかったな……」
彼女の身体が、光の粒子となって空へと溶けていく。
その瞬間、アヴァロンの外部センサーが、狂ったようなエラーログをカイトの視界に叩きつけた。
[警告:物理法則の定義外(論理上書き)による干渉を確認]
[プロトコル:世界管理者権限による強制消去完了]
「……物理法則の定義外? バカな……警察の兵器に、そんな機能があるわけねえだろ……ッ!!」
漆黒の機体は、その消滅を無機質に見届けると、一言だけ合成音声を吐いた。
『——対象の完全消去を確認。ミッション完了。……帰還する』
怒りに震えるカイトなど、最初から計算に入れてすらいない。
機体は重力を無視した加速で、夜の空へと消えていった。
「スミレさん……スミレさぁぁぁんっ!!」
カイトの絶叫が響く中、ようやく包囲網を突破したジェイ・ガストが突入してくる。
「——カイト!! 皆んなは......スミレさんは無事か!?」
リュウジの叫びが、静まり返ったガレージに虚しく響く。
カイトは答えなかった。ただ、砕けた石畳の上に膝をつき、彼女が遺した『紅いチップ』を、拳が白くなるほど強く握りしめていた。
アヴァロンのメインモニターには、無慈悲なシステムメッセージが並び続ける。
[解析完了:対象データは論理階層ごと消失]
[結論:現在の科学技術において、復元の可能性は——0.00%]
「……ゼロ、だと?」
カイトの瞳から、熱いものが頬を伝う。
目の前にあるのは、自分の最高傑作であるアヴァロン。そして、ボロボロになった仲間たち。
どんなバグも直してきた。どんな機体も蘇らせてきた。
なのに、一番大切な相棒一人、救い出せないのか。
「科学が……俺の信じてきた技術が届かないってなら……」
その時。
カイトの掌にある紅いチップが、「電子機器ではあり得ない周期」で脈動を始めた。
ピッ——。
それは警告音ではない。もっと深く、脳の奥に直接響くような「共鳴」。
同時に、アヴァロンの全モニターが激しく明滅し、既存のOSを強制的にバイパス(上書き)していく。
「なんだ……!? アヴァロンのシステムが……書き換えられてる……!?」
真っ暗になった視界に描かれていくのは、バイナリでも、既存の言語でもなかった。
光の粒子が複雑に絡み合い、**「幾何学的な数式」**のように構成された、見たこともない設計図。
[——未確認の構成言語を検知]
[——認証エラー:この世界の物理法則とは適合しません]
[——解決策:『外部出力キー』を接続してください]
カイトの息が止まる。
隣で沈黙していた大破機、ホワイト・ヴィクトリー。その装甲の隙間から、「血液のように脈打つ光の筋」が漏れ出していた。
その光は、カイトの持つチップと呼び合うように、激しく、切なく点滅している。
「……可能性は、ゼロじゃねえ。……そうなんだな、アヴァロン」
カイトは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
目の前にあるのは、自分の知る科学を超えた「何か」。
世界の理が彼女を消したというのなら。
俺が、その理の外側にある『未知の仕様書』をハックしてやる。
「……待ってろ、スミレさん。……今すぐ、迎えに行ってやるからな」
夜の静寂の中、アヴァロンが再び静かに——かつてないほど「青く、深い光」を宿して、再起動を始めた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
スミレを奪ったのは、ただの警察兵器ではありませんでした。
カイトが直面した、『物理法則そのものを書き換える力』。
そして、大破したセレナの機体から漏れ出す『謎の鼓動』。
科学の限界を超えたその先で、カイトはスミレをどうやって救い出すのか。
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本日、21時10分に第二章エピローグを投稿します!




