第16話:アヴァロン、決死の過負荷駆動(オーバークロック)! ――計算の最適解を超えるのは、冷却系を焼き切るエンジニアの意地です
その異変に最初に気づいたのは、アヴァロンのパッシブ・センサーだった。
『……マスター、警告。特区の境界線上に、未確認の高エネルギー反応。
これは……「既存の物理法則」を無視した、異常な演算密度です』
「……何だって? 警察のケルベロスじゃないのか?」
俺がスパナを置いた瞬間。
隣で作業をしていたスミレが、持っていたオイル缶を床に落とした。
ガチャン、と高い音が響く。
「……嘘。……なんで、閣下がここに……」
スミレの顔から血の気が引いていた。
最強の幹部として、あれだけ不敵に笑っていた彼女が、目に見えて震えている。
「スミレさん? 閣下って……」
「逃げて、カイト……! あれはダメ、あれは『ネオ・ギアス』の……いや、この世界のバグよ!」
直後。
俺が絶対の自信を持っていた「サンドボックス防衛線」が、ガラス細工のように粉砕された。
ドォォォォォンッ!!
爆煙と共に、ガレージの前に降り立ったのは、月光を反射することすら拒絶する漆黒の巨人。
ネオ・ギアスの最高執行官。通称『黒騎士』。
彼が駆る専用機『ナイトメア・ゼロ』が、沈黙する街を背に、冷酷な眼光を放っていた。
「……スカーレット。任務を忘れ、このような場所で油にまみれているとはな」
黒騎士の声は、スピーカー越しとは思えないほど、脳内に直接響く威圧感を持っていた。
「……閣下。私は、ただ……技術の調査を……」
「言い訳は不要だ。……その男の首を獲り、機体を回収する。……邪魔をするなら、貴様も消去する」
ナイトメア・ゼロが、ゆっくりと黒い大剣を引き抜く。
その動作一つで、周囲の電子機器が狂い、街灯が次々と破裂していく。
「……っ! 挨拶もなしに俺の工場を壊すとは、行儀の悪いクライアントだな」
俺は恐怖を押し殺し、アヴァロンのコクピットに飛び乗った。
(演算速度が……桁違いだ。これまでの重機ロボが家庭用PCなら、こいつは軍用のスーパーコンピュータか!?)
「カイトくん、無茶だよ! アヴァロンの出力じゃ、正面からぶつかったら……!」
「カイト、待って! 今のホワイト・ヴィクトリーのデータと同期すれば、まだ……!」
リナとセレナの悲鳴のような叫びを背に、俺はコンソールの深層領域をこじ開けた。
「……やるしかないだろ。エンジニアが、自分のサーバー(工場)を荒らされて黙ってられるかよ」
「アヴァロン! 定格リミッターを無視しろ!」
『……マスター、危険です。各部モーターの熱暴走リスクが80%を超えます』
「構わん。……『オーバークロック(過負荷駆動)』、開始!」
——『オーバークロック(過負荷駆動)』、全フェーズ解放!!
前世の自作PCマニアだった頃の知識。
ハードウェアの定格限界を超えた電圧をかけ、一時的に計算能力を爆発させる禁じ手。
アヴァロンの全身の隙間から、冷却液が蒸発した白い煙が噴き出す。
同時に、瞳の蒼い炎が、太陽のような輝きに変わった。
「……なっ!? 出力が上昇している!? 冷却系を焼き切りながら戦うつもりか!」
黒騎士の驚愕を置き去りにし、アヴァロンが加速した。
もはや残像すら見えない。
アヴァロンの剣は、ナイトメア・ゼロの「最適解」をさらに超える速度で、その装甲を切り刻んでいく。
「これが……エンジニアの意地だ!
計算で勝てないなら、計算の枠組みそのものを壊してやる!」
アヴァロンの全力の一撃が、ナイトメア・ゼロの重厚な盾を粉砕した。
「くっ……おのれ……! この屈辱、必ずや……!」
損傷した黒騎士の機体は、霧のように姿を消し、撤退していった。
静寂が戻る。
アヴァロンは熱で真っ赤に焼けた腕を震わせながら、ゆっくりと立ち尽くしていた。
「……はぁ、はぁ。……なんとか、デバッグ完了……だな」
俺がコクピットから降りると、スミレが駆け寄ってきた。
「……バカ! 本当にバカよ! あんな無茶なオーバークロック、機体が壊れたらどうするのよ!」
スミレは怒鳴りながらも、その瞳には涙が浮かんでいた。
「……あんたを守るためですよ、スミレさん。……それから、俺の工場を汚されたくなかった」
「……カイト……」
スミレは俺の胸に顔を埋め、静かに泣いた。
その背後で、リナとセレナが複雑そうな顔で俺たちを見つめていたが。
今回ばかりは、誰も邪魔をすることはできなかった。
俺は、熱を持ったアヴァロンの装甲を優しく撫でた。
最強の刺客を退けた。
だが、代償としてアヴァロンは満身創痍。
「……よし。……明日からは、大がかりな『バージョンアップ』が必要だな」
俺は、次なる進化の設計図を脳内に描き始めていた。




