第15話:勇者警察、有給でカイトに弟子入り。――強化学習を施したら、機動効率が300%に跳ね上がりました
特区宣言から数日。
坂本重機整備のガレージでは、新人バイトの「スミレ」が、慣れない手つきでアヴァロンの装甲を磨いていた。
「……ふん。この塗装、特殊な電波吸収剤が練り込まれているわね。道理でセンサーに映りにくいわけだわ」
「スミレさん、独り言が多いですよ。……あと、そこは力を入れすぎると表面のナノコーティングが剥げます」
カイトが後ろから声をかけると、スミレはびくっとして肩を跳ねさせた。
「っ!? ……わ、分かってるわよ! 私はただ、この機体の『美しさ』に感銘を受けていただけよ!」
その時。
工場の外、特区の境界線を示す「見えない壁」を越えて、一台の巨大な影が悠然と歩いてきた。
白銀のボディに、勇者警察のエンブレム。
リーダー機『ジェイ・ガスト』だ。
「えっ!? ちょっとカイト、警察よ! ブロックしてるんじゃないの!?」
リナが慌ててモニターを指差す。
通常、警察の機体がこのエリアに入れば、システムが強制停止(サンドボックス化)されるはずだ。
「……ああ、大丈夫ですよ。リュウジさんのIDだけは、俺のシステムの『ホワイトリスト(許可リスト)』に登録してありますから」
「ホワイトリスト?」
「ええ。組織としての警察は拒絶しますが、彼個人は俺の『友人』枠です。
……まあ、本部の連中には『通信障害を抜ける裏技を見つけた』とでも報告してるんでしょう」
ガレージの前に膝をついたジェイ・ガストから、パイロットのリュウジが降りてきた。
「……すまない、カイト殿。公務ではなく、個人的な『有給休暇』を使って参った。
……今の私は、ただの一人のパイロットだ」
リュウジは深々と頭を下げた。
「……君の『独立宣言』以来、本部の技術局は混乱している。……だが、現場の我々は痛感したんだ。……我々の『正義』は、君の技術に遠く及ばないということを」
「……わざわざ休みを取ってまで、俺に何を?」
「……ガストに、君の『戦い方』を教えてほしいんだ。
……今の彼は、マニュアル通りに動きすぎて、想定外の事態に弱い。……君のアヴァロンのような、あのしなやかさが欲しい」
カイトはアヴァロンとジェイ・ガストを見比べ、溜息をついた。
「……なるほど。……教育ですか。
……今のガストさんは、OSが『正論』だけで動いている。……遊びがないんですよ」
「遊び……?」
「ええ。……よし。じゃあ、『強化学習(Reinforcement Learning)』をぶち込みましょうか」
「……キョウカ……ガクシュウ?」
カイトはガレージの奥から、自作の「訓練用仮想コンテナ」を持ち出した。
「今のAIは、あらかじめ決められた『正しい動き』をなぞっているだけ。
……俺のやり方は違います。……仮想空間でガストさんに数万回の失敗をさせ、その中から『自分で正解を見つける』ように誘導する」
カイトがジェイ・ガストにケーブルを繋ぎ、凄まじい速度で環境を構築していく。
「……ちょっと待って、カイト! それって、AIに『自我による試行錯誤』を強制させるってこと!?
倫理回路が焼き切れるわよ!」
横で見ていたセレナが、青ざめて叫ぶ。
「……だから、『報酬』を設定するんです。
最短経路で敵を無力化できたら、システムに快感を与える。……お菓子をあげるのと一緒ですよ」
「……お菓子、ですか。……なんだかワクワクしますね」
ジェイ・ガストの瞳が、無邪気に光った。
一時間後。
仮想空間での「数万回の実戦」を終えたジェイ・ガストが、ゆっくりと目を開けた。
「……いかがですか、ガストさん」
『……驚きました。……今まで、私は「法を守ること」ばかり考えていた。
……ですが、今なら分かります。……最短で平和を実現するためには、時には「法」の隙間を突く機動も必要なのだと』
ジェイ・ガストがその場で軽くステップを踏む。
その動きは、先ほどまでの「カチッとした警察機」の面影はなく、まるで一流の格闘家のような流麗さだった。
「……信じられない。……ジェイ・ガストの機動効率が300%向上している……」
リュウジが震える声で呟く。
「……これで、少しはマシになったはずです。……リュウジさん、正義も技術も、固執しすぎるとバグが出ますよ」
「……感謝する、カイト殿。……君は、やはり最高の『教育者』だ」
リュウジとジェイ・ガストが、再び「ホワイトリスト」の特権を使って特区の外へと去っていく。
それを見送りながら、スミレは拳を握りしめてカイトを睨みつけていた。
「……なによ。……あんなの、私の『ブラッディ・ネイル』なら、まだ速度で勝てるわよ」
「おや。……スミレさんも、『教育』してほしいんですか?」
「っ!? ……ば、バカ言わないで! 私はバイトに来たのよ!」
スミレは顔を真っ赤にして、再び装甲を磨き始めた。
その横で、リナがノートにペンを走らせる。
「……見出しはこれね。『特区を越える友情! 伝説の整備士、勇者の師匠になる』!」
「リナさん、だからそれはボツにしてくださいって……」
俺の平和な整備士生活。
どうやら、世界のヒーローまでもが「有給」を使ってまで通い詰める、とんでもない学び舎になってしまったらしい。
だが。
そんな賑やかな午後の裏側で。
ネオ・ギアスの深部では、スカーレットの「潜入報告」を不審に思う影があった。
「……報告が途絶えているだと? ……スカーレットが、あの整備士に寝返ったとでもいうのか?」
冷酷な黒騎士——ネオ・ギアスの最高執行官が。
漆黒の愛機と共に、動き出そうとしていた。




