第10話:伝説の整備士の休日と、三者三様のヒロインレース
「……ふあぁ。やっと休みだ」
俺は工場の二階にある居住スペースで、大きく伸びをした。
昨日の二大組織の襲撃以来、アヴァロンのシステムログの整理で徹夜続きだった。
今日は一歩も外に出ず、ジャンクパーツの整理でもして過ごすつもりだった。
だが。
「カイトくーん! お疲れ様! 栄養満点の手作り弁当持ってきたよ!」
「カイト、昨日の仮想化技術の件、詳しく教えなさい。お礼に最高級の紅茶を淹れてあげるわ」
ガチャリ、と鍵を開けて(リナが親方から予備キーを奪ったらしい)入ってきたのは。
エプロン姿のリナと、なぜか私服のワンピースが眩しいセレナだった。
「……二人とも。ここは俺のプライベート空間なんですが」
「いいじゃない、減るもんじゃあるまいし! ほら、カイト君が好きそうなハンバーグだよ!」
リナがお弁当箱を広げる。
湯気と共に、家庭的でいい匂いが漂う。
「……ハンバーグ。ソースの煮込み加減、悪くないですね」
「でしょ!? カイト君、いつもコンビニ飯ばっかりだから心配で……」
リナが少し顔を赤らめて、上目遣いで俺を見る。
いつもは元気な彼女の、年相応の少女らしい表情。
「ふん、そんな庶民的な味より、私の持ってきたスイーツを楽しみなさい。
……あ、これ、別にあなたのために並んで買ったわけじゃないんだからね。ついでよ、ついで」
セレナが差し出したのは、予約半年待ちの有名店のケーキだ。
彼女は俺の隣に座ると、資料を見るふりをして、そっと俺の肩に自分の肩を触れさせてきた。
(……近いな。二人とも、距離感バグってないか?)
俺は内心で冷や汗をかきながら、お茶を淹れるために立ち上がった。
「お茶なら、俺が魔改造した**『超精密温度管理ケトル』**で淹れますよ。
茶葉の種類に合わせて、0.1度単位で抽出温度を最適化するようにプログラムしてあります」
「……お茶を淹れるだけで、なんでそんな複雑なことしてるのよ」
セレナが呆れたように笑うが、その瞳には尊敬の念が隠しきれていない。
***
その頃、工場の外では。
「……なによ、あいつら。あんなに楽しそうに……」
変装したスカーレットが、電柱の陰から二階の窓を睨んでいた。
彼女の手には、カイトが修理した「偵察用ドローン」が握られている。
(……私のドローン、あいつに直されてから、なんだか私の心(AI)まで読み取ってるみたいに動くのよ。……あいつ、私の心までハックしたっていうの!?)
スカーレットは顔が火照るのを感じた。
敵であるはずの男。
なのに、彼の不器用な優しさと、圧倒的な技術の輝きが。
彼女の「冷徹な戦士」としての仮面を、内側から溶かしていく。
(……偵察よ、これは偵察なんだから!)
彼女は自分に言い聞かせ、そっと差し入れのパンを工場のポストにねじ込んだ。
***
「……あ、ポストに何か入ってる。……『カレーパン。火傷に注意。スより』?」
「ス? 誰よそれ、カイト君!?」
「カイト、あなた、まさか他にも隠してる『顧客』がいるの……?」
リナとセレナの視線が、一気に鋭くなる。
「……いや、知らないですよ。……でも、このカレーパン、中の具の配置が完璧だ。
……熱効率が計算され尽くしている。……これ、かなりの『エンジニア』が作りましたね」
「そこ、技術で評価しなくていいから!!」
二人のヒロインからのツッコミ。
俺は苦笑いしながら、三人の女性からの「好意」という名の、最も難解なエラーログに頭を抱えるのだった。
その時、不意に、俺の脳内通信にアヴァロンの声が響いた。
『……マスター。お楽しみのところ失礼します。
勇者警察のリュウジ殿より、暗号通信。
「今夜、二人だけで会いたい。……機体の相談ではない」とのことです』
「……はぁ。やっぱり、俺の休日は、デバッグ作業より忙しいらしい」
カイトは窓の外の、茜色に染まる空を見上げた。
物語は、日常の裏側で、静かに、だが確実に。
次の「大きな変革」へと、そのプログラムを書き換えていた。




