その2
翌朝、僕は行商人さんを街道への入り口まで見送ることにした。
村から大きな道へと続く一本道には、古い木々が等間隔に並んでいる。
旅人たちが迷わないように植えられた、背の高い並木だ。
昨夜の賑やかさが嘘のように、朝の並木道はひっそりと静まりかえり、露に濡れた葉っぱが朝日にきらきらと輝いている。
「じゃあな、坊主。鍋も包丁も、大切に使うように言っておいてくれよ」
大きな荷物を背負った行商人さんは、街道に出る手前で立ち止まり、にかっと笑った。
その時だった。
一本の大きな並木の枝先で、パンッと何かが弾けるように光った。
「あっ、何か落ちた!」
僕は駆け出した。鳥が何か落としたんだろうか。それとも、朝露が光を反射しただけだろうか。
けれど、木の根元に落ちていたのは、僕の手のひらにちょうど収まるくらいの、少し歪な形をした透き通った石だった。
「おじさん、見て! 綺麗な石が落ちてたよ」
僕がそれを差し出すと、行商人さんは「おや」と目を丸くして、それからとても優しい顔になった。
「それを見つけるなんて、坊主、お前はよっぽど“外の世界”に呼ばれているんだな」
「外の世界......?」
「そいつを太陽の光に透かして、じっと覗き込んでごらん」
言われるがまま、僕は両手で包み込むようにして、その石を朝日にかざしてみた。
すると、どうだろう。
——ザッバーン、ザザーン......。
石の奥深くから、聞いたこともない大きな水の音が響いてきた。
冷たいはずの石のなかに、光の魔法で描かれたような、鮮やかな“景色”がゆっくりと浮かんできたのだ。
そこには、村の誰の家よりも大きな白い帆を立てた船が、どこまでも続く青い海の上を滑るように進んでいた。
石の角度を少し変えるたびに、景色はくるくると移り変わり、今度は雲を突き抜けるほど高い時計台や、大勢の人々で賑わう市場が映し出される。
「うわあ......魔法だ。これ、魔法だよ!」
「こいつは“遠視の石”。遠い遠い場所の景色を、光に乗せて運んでくる魔道具さ」
行商人さんは僕の隣にしゃがみ込み、僕の手のひらの中でゆれる大きな船を指さした。
「俺も昔、お前くらいの頃にこの石を見つけた。それから、どうしても自分の目で本物が見たくなって、この村を飛び出したのさ。俺の旅は、この石の中から始まったんだ」
小さな石の中に広がる世界は、僕の知らない“憧れ”で満ちていた。
僕が暮らす小さな村。産物も、特別なものも何もないと思っていたこの場所。
でも、この並木道は、あの大きな船が浮かぶ海へ、あの高い時計台がある街へと、繋がっているのだ。
「その石はお前が持っているといい。いつか、本物の景色を見に出かける日までな」
行商人さんは僕の頭を一撫ですると、軽快な足取りで街道の先へと歩き出した。
僕は、手のひらの中でかすかに温かい石をぎゅっと握りしめた。
その日から、僕の宝物はひとつ増えた。
誰もいない朝、並木道で石を透かすたび、僕は世界のどこかと繋がることができる。
いつかこの道を歩いていく自分の姿を思い浮かべながら、僕は今日も、石を朝日にかざしている。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
別で『ヴィルディステの物語』を連載しております。
こちらは少女が主人公の物語です。
よろしければご覧ください。
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