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魔王様のハーレムダンジョン ~俺は、ハーレム王になるっ~  作者: Red/春日玲音


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カンナギ国の攻防 その3

順調だったはずの進軍は、いまや見る影もない。


フルール王国軍の陣地には、湿った土と血の匂いが立ちこめていた。つい先日まで、敵陣を次々と突破し、勝鬨が空を震わせていたというのに——戦線はある一点を境にぴたりと止まり、そして静かに、しかし確実に押し返され始めている。


陣幕の外では、伝令の声がひっきりなしに飛び交う。


「東翼、さらに百歩後退!」

「中央隊、カンナギの増援を確認!」


その報告を受けるたび、指揮官の肩がわずかに震えた。


地図台に両手をつき、彼は強く歯を食いしばる。奥歯がきしみ、こめかみに血管が浮き上がる。


「なぜだ……なぜ崩れる……!」


勝算はあった。兵も士気も十分だった。だが、まるで見透かしたかのように、カンナギ国の軍は要所要所に精鋭を差し向け、補給路を断ち、伏兵を潜ませてくる。


机上の駒が音を立てて跳ね飛んだ。

彼が拳を叩きつけたのだ。


「こちらの策が読まれているとでもいうのか……!」


荒い呼吸が陣幕の中に満ちる。外では鬨の声ではなく、押し返される兵たちの怒号が聞こえてくる。


指揮官は大股で歩き、そして堪えきれぬように地面を踏み鳴らした。


どん、と鈍い音が響く。


「あと一歩で、王都へ至る道を押さえられたのだぞ……!」


握りしめた拳は白くなり、爪が掌に食い込む。それでも怒りは収まらない。焦燥と苛立ち、そしてかすかな不安が胸の奥を締めつける。


勢いを増すカンナギ国の軍は、まるで嵐のようだ。押し返しても押し返しても波が来る。

いや——押し返されているのは、いまや自分たちのほうだ。


指揮官は再び地図をにらみつけた。


「……立て直せ。まだ終わっていない。」


だが、その声には、先日までの確信はない。

歯噛みし、地団太を踏みながら、それでも彼は敗北を認めまいと必死に次の一手を探していた。



「無様だな」


その声は、陣幕の空気を凍らせるように、低く、湿り気を帯びていた。


指揮官は反射的に振り返る。


「くっ、貴様はっ!」


そこに立っていたのは、いつの間に入り込んだのか分からぬ男。

黒衣は夜を切り取ったように光を吸い、口元には三日月のように歪んだ笑み。灯りに照らされた瞳は、底の見えぬ沼のように鈍く揺れている。


“上からの協力者”——そう聞かされてはいた。

だが、漂う気配は味方のそれではない。冷たい。粘つく。まるで蛇が獲物を値踏みするような視線だった。


「乞うのであれば、力を貸すのもやぶさかではないが?」


男はゆっくりと手袋を外し、白い指先を眺めながら言う。その仕草ひとつひとつが芝居がかっていて、わざとらしいほど優雅だ。


指揮官の喉が鳴る。


理性が警鐘を鳴らしていた。

この男の力は、決して正道のものではない。

借りれば、何かを失う。


だが——


外では、また伝令の叫び声。


「中央、さらに後退! 防衛線、突破されました!」


奥歯がきしむ。


(このままでは、敗れる……!)


指揮官は拳を震わせ、やがて視線を落とした。


「グっ……ち、力を貸してもらえぬか……。」


屈辱が、声を濁らせる。


男の口元が、さらに吊り上がった。


「クックックっ……よかろう!」


その瞬間、陣幕の外で風が唸った。

空気が重く沈み、遠くで雷鳴のような低い振動が響く。


男は指を軽く鳴らす。


それだけだった。


だが次の瞬間——



カンナギ国の兵たちは歓喜に沸いていた。


「押せ押せ! 敵は崩れているぞ!」

「フルール軍は終わりだ!」


旗が翻り、鬨の声が戦場を震わせる。

敗走するフルール軍の背を追い、勝利は目前に思えた。


そのとき。


一人の兵が、背後を振り返る。


「……なんだ?」


地平線の向こう。

砂煙が、ゆっくりと立ち上っている。


最初は、ただの陽炎かと思われた。

だが違う。


それは、整然と並ぶ影。

黒々とした軍勢。


フルール軍の背後に——新たな援軍が、現れていた。


その先頭に立つのは、異様な鎧をまとった兵たち。

旗印は見慣れぬ紋章。

足並みは揃い、まるで機械のように静かに進む。


太鼓も鳴らぬ。鬨も上げぬ。

ただ、無言で。


カンナギ兵の一人が、乾いた声で呟く。


「……増援だと? 聞いていないぞ……」


別の兵が後ずさる。


「な、なんだあの気配……」


彼らの背後から迫るその軍勢は、戦場の喧騒とは異質だった。

重く、冷たい圧力が、空気ごと押し潰すように広がる。


フルール軍の旗が再び翻る。


そして、押し返されていたはずの兵たちが、一斉に足を止めた。


前後を挟まれた形のカンナギ軍。


歓喜は、凍りついた。


「……包囲、されている?」


誰かの声が震える。


その瞬間——黒い軍勢が、無言のまま進軍を加速させた。


悲鳴が上がる。


さきほどまで勝利に酔っていた兵士たちの顔は、みるみるうちに絶望へと塗り替えられていく。



その様子を、小高い丘の上から眺める影があった。


黒衣の男。


口元には、変わらぬ歪んだ笑み。


「クックック……愚かだな。勝利を確信した瞬間が、最も隙だというのに。」


その瞳は、もはや戦局など見ていない。

もっと深い、何か別の企みを見据えている。


「さあ……踊れ。滅びの舞を。」


怪しさを増したその声は、戦場の喧騒に紛れ、誰の耳にも届かない。


だが確実に——

運命の歯車は、音を立てて狂い始めていた。



一方その頃——


カンナギ国前線の指揮砦は、勝利の熱気に包まれていた。


厚い木材と石で組まれた簡素な砦の中、地図卓を囲む将兵たちの表情は明るい。そこへ、風を切るように入ってきた一団があった。


獣人たちの援軍である。


先頭に立つのは、青年——カズト。

その背後には、耳と尾を揺らす戦士たち。タマモもその中にいた。


現地指揮官は大股で歩み寄り、深々と頭を下げる。


「よく来てくれた! 貴殿らの参戦で戦局は大きく傾いた。カンナギ国を代表して、感謝する!」


その声は朗々と砦に響き渡る。


兵たちも口々に歓声を上げた。


「獣人隊、万歳!」

「助かったぞ!」


カズトは一歩前へ出て、落ち着いた笑みを浮かべる。


「お役に立てたなら何よりです。我らは盟約に従ったまで。今後も力を尽くしましょう。」


物腰は柔らかい。言葉も丁寧だ。

この後に控える国王との会見を思えば、ここでの印象は重要だった。


(悪くない流れだ……)


内心で安堵する。


だが——


ちらりと横を見ると、タマモたちは明らかに落ち着かない様子だった。


称賛の視線。

大げさな歓待。

肩を叩かれ、酒を勧められ、笑顔を向けられる。


タマモは耳をぴくぴくと揺らし、小声で呟く。


「……なんか、むずがゆいのじゃ」


別の獣人戦士も尾を縮こまらせる。


「戦っているほうが、気楽だな……」


彼らにとって、こうした儀礼的な歓迎は慣れないものだった。誇らしくはあるが、どこか居心地が悪い。


指揮官はさらに声を張る。


「今宵は祝宴だ! 前線とはいえ、英雄を迎えぬわけにはいかぬ!」


砦内がどっと沸く。


そのとき——


ばたん、と扉が勢いよく開いた。


伝令が駆け込んでくる。

息を切らし、顔色は青い。


「ご報告! 敵軍後方に、新たな軍勢が出現!」


空気が一変した。


「……何だと?」


指揮官の声が低くなる。


「は、はい! フルール軍の背後より、正体不明の増援が出現! 規模は……不明。ただし相当数!」


ざわり、と砦内が騒めく。


「援軍だと? フルールにそんな余力があるはずが……」

「いや、聞いていないぞ!」


カズトの目が細まる。


(このタイミングで……?)


歓声は消え、代わりに緊張が広がる。

地図卓へと人が集まり、駒が動かされる。


指揮官は険しい顔で問いただす。


「旗印は確認できたか!」


「い、いえ……旗はなく……少なくとも目に見える班にには見当たらないとのこと!」


沈黙。


さきほどまで祝宴を口にしていた砦は、いまや戦時そのものの空気に包まれている。


タマモが、ぴたりと耳を立てた。


「……嫌な気配がするのじゃ」


彼女の尾が、ゆっくりと揺れる。


カズトは静かに息を吐き、指揮官に向き直る。


「状況を詳しく。もし挟撃の形になるなら、こちらも動きを変える必要があります。」


穏やかな声音の裏で、思考が高速で巡る。


国王との会見どころではないかもしれない。


砦の外では、遠くの地鳴りのような振動が微かに伝わってきていた。


勝利の熱は、完全に消え去った。


代わりに満ちるのは——

正体の分からぬ“何か”が戦場に現れたという、不穏な予感だった。

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