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魔王様のハーレムダンジョン ~俺は、ハーレム王になるっ~  作者: Red/春日玲音


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カンナギ国の攻防 その1

玉座の間は、戦時の重苦しい空気に包まれていた。

高い天井から差し込む光さえも、どこか色を失ったように淡く、赤い絨毯の上に長い影を落としている。


重い扉がゆっくりと開き、凛とした足音が静寂を打った。


「――カンナ・スメラギ、ただいま帰参いたしました」


澄んだ声が、広い空間にまっすぐ響く。

その声の主は、旅装のままの若き姫。長い旅路を物語る外套のほつれも、頬に残る細かな傷も、彼女がここへ戻るまでに越えてきた困難を雄弁に語っていた。


玉座に座す国王ゲンゾウは、その姿を認めた瞬間、わずかに息を呑んだ。

王としてではなく、父として。


だが、彼の口からこぼれ落ちたのは、用意していたはずの労いでも、再会の喜びでもなかった。


「……なぜ、戻ってきた」


低く、押し殺した声。

それは叱責ではなく、むしろ怯えに近い響きを帯びていた。


この城を取り巻く戦火。

日に日に激しさを増す敵軍の侵攻。

遠く離れた安全な地にいるはずだった娘が、わざわざこの渦中へ戻ってきた――その事実が、王の心を締めつけていた。


カンナは、その言葉の奥にある感情を正しく受け取っていた。

眉一つ動かさず、ただ静かに微笑む。


「お言葉の意味は、わかっております」


玉座の前まで進み、片膝をついたまま顔を上げる。その瞳に迷いはない。


「それでも……わたくしはスメラギの娘です。この国のために出来ることがあるのなら、戻らぬ理由はありません」


その声には、覚悟と誇りが宿っていた。

幼い頃、剣の稽古に泣きながらも食らいついてきたあの日と同じ光が、今も瞳の奥に燃えている。


ざわめきが広がる家臣たちの中で、ゲンゾウは拳を強く握りしめた。

止めたい。だが止められない。

それが自分の娘であり、この国の姫なのだと、誰よりも知っているから。


カンナはそっと立ち上がると、背負っていた革袋から一つの魔道具を取り出した。

掌に収まるほどの金属製の装置。表面には複雑な紋様が刻まれ、淡い光が脈打つように明滅している。


「希望は、まだあります」


その言葉に、玉座の間の空気がわずかに変わった。


「まずは、この魔道具を設置するところから始めましょう。これは魔王・カズト殿から託されたもの。敵の進軍を食い止めるための、要となる術式が組み込まれています」


家臣たちの視線が一斉にその装置へ集まる。

絶望に傾きかけていた場に、小さな灯がともる。


ゲンゾウはゆっくりと目を閉じ、そして開いた。そこに宿るのは、もはや迷いではなく、王としての決意。


「……わかった。カンナ、お前の言葉を信じよう。」


父としてではなく、国王としての言葉。

だがその奥に、確かな誇りが滲んでいた。


カンナは力強くうなずく。


戦雲の垂れ込める王城に、確かに差し込んだ一筋の光。

それは、小さな魔道具と――帰ってきた姫の覚悟から始まろうとしていた。



城内の作戦室には、慌ただしい足音と緊張を押し殺した気配が満ちていた。


ガルド率いる魔導師団が結界展開のため首都各所へ散っていった今、この部屋に残っているのは、国の中枢を担う者たちだけだ。

円卓を囲むのは国王ゲンゾウ、カンナ、そして宰相や将軍、筆頭魔導師ら重鎮たち。


卓上には首都の地図と、敵軍の進軍予測図。赤い印が、日に日に王都へと近づいている。


沈黙を破ったのはカンナだった。


「……皆さまにお伝えしなければならないことがあります」


その声に、全員の視線が集まる。

戦況報告とは違う、覚悟の滲む響きだった。


「カズト殿――いえ、魔王カズトと、正式に同盟に近い関係を結べる可能性があります」


空気が凍りついた。


「魔王と……同盟、だと……?」

老将軍が思わず椅子の肘掛けを握りしめる。


「正確には“相互不可侵と軍事協力の契約”です」

カンナは冷静に言葉を続ける。


「彼は今回の戦において、我が国が滅ぶことを望んでいません。理由は戦略的なものですが……利害は一致しています」


宰相が眉をひそめた。

「魔族の王と手を組むなど、前例がありませんぞ。民が知れば動揺は避けられますまい」


「ええ、理解しています」

カンナはうなずく。

「だけど、彼の魔王は……他とは違うのです。」


彼女は地図の一点を指した。

「魔王軍が動けば、敵は二正面作戦を強いられます。さらに、あの結界もあります。結界の強度は、単独の三倍以上になると試算されていますので、先ず破られることはないでしょう。魔王と協力する事さえできれば、押し返すことは可能です。」


ざわめきが広がる。

希望と恐れが入り混じった音だった。


だが、カンナはそこで言葉を止めなかった。


「……ただし、代価があります」


重い沈黙。


ゲンゾウの視線がゆっくりと娘へ向く。父の顔ではなく、王の顔で。


「同盟の証として、王家との縁戚関係を求められる可能性が高いのです」


何人かが息を呑んだ。


「縁戚……まさか」

筆頭魔導師がかすれた声を出す。


カンナは、まっすぐ前を見据えたまま告げた。


「わたくしが、魔王に嫁ぐこと。それが第一条件であり、最低条件です」


椅子が軋む音があちこちで鳴った。

誰かが立ち上がりかけ、また座る。


「姫様を魔族の王に差し出すなど……!」

将軍の声には怒りよりも動揺がにじんでいた。


「まだ確定ではありません」

カンナは静かに続ける。

「ですが、交渉の過程によっては……妹のサツキが対象に含まれる可能性も、ゼロではありません」


「なっ……」

宰相が絶句する。

「第二王女まで……」


部屋の空気が一気に重く沈む。

先ほどまで戦術を論じていた者たちが、今は言葉を失っている。


ゲンゾウの拳が卓上でわずかに震えた。

だが彼は、遮らない。王として、最後まで聞くと決めている。


「もちろん、これは最悪の条件を想定した話です」

カンナの声は揺れない。


「ですが、その代価を払うだけの見返りがあります」


彼女は一人ひとりを見渡した。


「現状で、魔王様より借り受けた結界が発動すれば、当面、敵を退けることはできるでしょうが、それも永遠ではありません。いつかは効果が切れ、敵は再び侵攻してくるでしょう。その時までに跳ね返すだけの力を得ることはできるのでしょうか?」


カンナの言葉に答えることができるものは誰もいない。


「魔王軍の参戦。高位魔族による攻防両面にわたる支援。そして戦後、少なくとも百年以上の不可侵条約」


その数字の重みは、軍人たちには即座に理解できた。

百年の平和。それは、今ここにいる誰もが生きては見られないほど長い時間。


「民が血を流し続ける未来と、王族が責を背負う未来……どちらを選ぶべきか」


誰も答えられない。


やがて、白髪の老臣が震える声で言った。

「姫様は……それで、よろしいのですか」


カンナは、ほんの少しだけ微笑んだ。強がりではなく、覚悟の笑み。


「スメラギの姫として生まれましたから。それに、魔王カズト様は、悪い方ではありません。」


静まり返る室内。


その沈黙を破ったのは、玉座から立ち上がったゲンゾウの声だった。


「……この話、まだ決定ではない。交渉の余地はあるのだろう?」


低く、だがはっきりと響く国王の言葉に、カンナは頷く。


「非常に厳しい交渉になるとは思いますが……。」


「よい。交渉は儂が行う。条件は一つでも多く引き下げる。娘たちの未来を、ただの取引材料にはさせん」


王としての威厳と、父としての譲れぬ想いが滲む言葉だった。


家臣たちは深く頭を下げる。

動揺は消えていない。


円卓の上の地図の中央、王都を示す印の上に、静かに沈黙が落ちた。

国の未来と、王家の運命を天秤にかける会議は、まだ始まったばかりだった。

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