獣人の隠れ里 その4
カンナギ国を支援する。
方針が決まった瞬間、隠れ里の空気はがらりと変わった。
それまで思案と不安に揺れていた空気が、一気に前向きな熱へと変わる。獣人たちは元来、机上で悩み続けるより、体を動かしている方が性に合う種族だ。
「戦う」と腹を括ったことで、迷いは行動へと姿を変えた。
広場では武具の点検が始まり、倉庫から眠っていた鎧や盾が引っ張り出される。若い戦士たちは年長者の指導のもと、隊列の組み方や合図の確認を繰り返し、森の中では斥候役が地形の再確認に走る。
木剣の打ち合う音、弓弦の鳴る音、号令の声。
静かな隠れ里は、まるで別の場所のような活気に満ちていった。
そんな喧騒から少し離れた、里の奥にある工房では――
別の意味で、熱い戦いが繰り広げられていた。
◇
「これが、“キツネ火の玉”じゃ」
タマモが差し出したのは、手のひらほどの大きさの魔晶石。淡い蒼白い炎が内部でゆらめき、まるで生き物の鼓動のように明滅している。
「触っても熱くはないけど、なんかゾワッとするね……」
ルミナスが感想を口にする。
リズが横から覗き込み、尻尾を揺らす。
カズトは慎重にそれを受け取り、作業台に置いた杖の核部分へと組み込んでいく。
ルミナスが魔力の流れを整え、タマモが古い妖術の紋様を刻み込む。
三者三様の技術が合わさり、やがて一本の杖が完成した。
深い朱色の杖身の先端には、あの魔晶石が灯火のように嵌め込まれている。火ではないのに、周囲の空気がほのかに揺らぐ。
「名付けるなら……“妖狐の漁火”じゃな」
タマモが満足げにうなずく。
試しに魔力適性のほとんどない若い獣人が握ると、杖の先にぽん、と火球が生まれた。
「うおっ! 出た!?」
制御も詠唱もいらない。意志に反応して、次々とファイアーボールが放たれる。
さらにルミナスが持って魔力を流し込むと、火球は一変した。
圧縮された炎が唸りを上げ、空気を焦がす。
「これは……インフェルノ級まで引き上げられますわね」
「制御補助もしてくれるみたいだな。暴発しにくい」
魔力の少ない者には連射可能な火力を。
魔力の多い者には上位魔法の補助を。
まさに戦場の切り札になり得る一本だった。
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「私のナイフ……!?」
目を輝かせるリズに、カズトは苦笑しながら頷く。
「あぁ、強化するぞ。」
妖狐の漁火に使った魔晶石の“余核”を砕き、粉末状にして刃へと焼き込む。
タマモの妖力で定着させ、ルミナスが暴走防止の術式を重ねる。
完成したナイフをリズが振るうと――刃の縁に細い炎が灯った。
「すごい……きれい……」
軽く振り抜くだけで、炎の弧が宙を走る。
さらに魔力を込めれば、小さな火弾を撃ち出すこともできた。
「近接も遠距離もいけるな。調子乗りすぎるなよ?」
「大丈夫……ルミナスと……主を……まもる」
表面上、あまり感情は分かりにくいのだが、すでに試し斬りしたくてうずうずしているように見受けられた。
さらに別の製作に取り掛かるカズト。
攻めだけでは足りない。
次に取りかかったのは支援装備だった。
「回復役が圧倒的に足りませんものね」
ルミナスの言葉に、皆がうなずく。
完成したのは、淡い緑の魔石を埋め込んだ簡素な杖。術式を極限まで単純化し、“ヒール”だけを発動できるように固定してある。
専門の神官には遠く及ばない。だが――
「誰でも、一定量の回復を確実に使える」
それだけで戦場の生存率は大きく変わる。
実験では、軽い切り傷や打撲がみるみる塞がっていった。
獣人の戦士たちが感嘆の声を漏らす。
工房では他にも、できる限りの強化が進められた。
刃こぼれしにくい合金で打ち直された剣。
衝撃を吸収する芯材を仕込んだメイス。
矢じりに魔力伝導加工を施した矢束。
派手な魔道具ばかりではない。
だが「壊れにくい」「よく斬れる」「扱いやすい」――そうした堅実な改良が、戦場では命を救う。
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昼夜の区別も曖昧になるほど作業は続いた。
食事は差し入れられ、仮眠は工房の隅。
外では訓練の掛け声が響き続け、里全体が一つの目的に向かって動いているのが分かる。
最後の武具を受け取った若い獣人が、深く頭を下げて工房を出ていくのを見送りながら、カズトは大きく息を吐いた。
「……できることは、やったな」
隣でルミナスが微笑み、タマモは静かにうなずく。
リズは新しいナイフを握りしめたまま、誇らしげに胸を張っていた。
備えは整った。
森の隠れ里は今――守るための牙を、静かに研ぎ終えていた。
出立前の慌ただしさの中、工房の奥だけは不思議と静かだった。
カズトは布に包んでいた小箱を開き、中からそっと取り出す。
光を受けてきらりと輝くのは、淡い金の鎖に下がった一粒の宝石。澄んだ琥珀色の中に、柔らかな光がゆらめいている。
「……これは、あなたに」
差し出されたそれを、タマモは目を細めて見つめた。
「ほう?」
手に取った瞬間、宝石の奥で魔力の流れが静かに脈打つ。只者ではないと、触れただけで分かる代物だった。
「魔力の蓄積、取り出し、制御補助。それに回復術式も仕込んである」
カズトは淡々と説明する。
「“メガヒール”と“エリアヒール”が使えるようになってる」
その言葉に、ルミナスが小さく感嘆の息を漏らし、リズが「すご……」と目を丸くした。
ヒールでは追いつかない重傷を瞬時に引き戻す大規模回復。
さらに、一定範囲にいる者すべてを癒す広域回復。
どちらも本来は高位の回復術師がようやく扱える術だ。
タマモはしばし無言で宝石を見つめ、それからゆっくりとカズトに視線を戻す。
「わらわに、前線へ出るなと言いたいのじゃな?」
わずかに笑みを含んだ声音。責める色はない。
「正直に言えばな」
カズトは肩をすくめた。
「タマモの魔力なら、攻撃魔法で前線に立つのが一番派手で効果もある。でも……里の代表が最前線ってのは、リスクがでかすぎる」
タマモほどの存在が倒れれば、戦局以上に士気が崩れる。
それは誰の目にも明らかだった。
「かといって後ろで見てるだけ、ってのも性に合わねぇだろ?」
その言葉に、タマモはくすりと喉で笑う。
「よう分かっておるの」
「だから支援役だ。あんたの魔力を最大限活かしつつ、前線より一段後ろで全体を支える。重傷者を一瞬で立て直せる存在がいるってだけで、戦線は簡単には崩れなくなる」
カズトの視線は真剣だった。
「それに――」
一瞬言葉を選び、続ける。
「タマモが“命を救う側”に立つってのは、里の連中にとっても、カンナギの兵にとっても、大きな意味を持つはずだ」
守り神と呼ばれてきた存在が、実際に戦場で癒しを振るう。
それは象徴としても、これ以上ない力になる。
タマモはネックレスを胸元に当て、静かに魔力を流した。
宝石が淡く輝き、彼女の魔力の波長に呼応する。
「……ふむ。扱いやすいの。制御の補助も見事じゃ」
満足げにうなずき、鎖を首にかける。宝石は彼女の胸元で静かな灯火のように揺れた。
「礼を言うぞ、カズト」
その声は、里の長としてではなく、一人の戦友としての響きを帯びていた。
「わらわは前に立って導くタイプじゃが……時には後ろから支えるのも悪くない」
金の瞳が、柔らかく細められる。
「この力、無駄にはせぬ。必ずや、多くの命を繋いでみせようぞ」
出立を前にして、また一つ。
この戦いを支える要が、静かに形を得たのだった。
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