ドラゴンとの邂逅 前編
話は以前にさかのぼる。
カズトが、冒険者として頑張ろうと気合を入れていた頃の話……
遥か天を裂くように連なる紫焔山脈。
山肌は紫がかった黒岩に覆われ、夕暮れになると地中の鉱脈がほのかに発光し、まるで山そのものが内側から燃えているように見えることからその名が付いた。
その最奥、雲海よりさらに上。
常人では辿り着くことすら叶わぬ氷と蒼風の頂に、古より語り継がれる存在がいる。
――古龍ホワイトドラゴン
ホワイトドラゴンは、一般に語られる凶暴な竜とは一線を画す存在だ。
古文書にはこう記されている。
『雪冠の賢竜は、空と語り、星を数え、風に名を付ける』
彼の者は長命で、非常に知的。
山頂付近の空域を漂いながら、雲の流れや気流の変化を観察することを好むという。
時に旅人の前に姿を現し、言葉を交わしたという記録すらある。
ある商隊の伝承では――
猛吹雪で遭難しかけた隊商の前に白き巨影が降り立ち、翼で風を抑え、進むべき安全な尾根を指し示したという。
彼らは命拾いし、後に山の麓に「白竜の祠」を建て、毎年感謝の供物を捧げた。
ホワイトドラゴンは基本的に温和だ。
無益な殺生を嫌い、知的生命との対話を拒まない。
だが――古文書には、こうも記されている。
縄張りを荒らすことをしてはいけない。
山頂周辺の特定区域は彼らの聖域とされ、無断で侵入した者は例外なく排除される。
礼を失する態度をとってはいけない。
武器を向ける、宝を奪おうとする、嘘をつく――
それは「敵意」とみなされる。
古い冒険譚には、竜の卵を狙って巣に忍び込んだ盗賊団の末路が記されている。
翌朝、彼らの拠点は氷像と化し、武具だけが砕け散っていたという。
ホワイトドラゴンは怒り狂うタイプではない。
ただ、静かな怒りが場を占めるだけ。
一度「敵」と判断すれば――容赦はなく、あたり一帯は白き闇に覆われる。
氷嵐を呼び、空気中の水分を瞬時に凍結させ、動くもの全てを静止させる。
それは戦いというより、自然現象に飲み込まれる感覚に近いと、生還した数少ない者は語る。
・
・
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「よし決めた! そいつの鱗、取りに行くぞ!」
酒場の卓を叩き、カズトは高らかに宣言した。
「白竜の鱗だぞ? 軽い、硬い、魔力伝導率も最高クラス。今ダンジョンで行っている“実験”の素材にドンピシャだ。それに――」
ニヤリ、と口角を吊り上げる。
「売ってもバカみたいな値段になる」
その場の冒険者たちがざわめく。
無謀としか言いようのない計画だった。だが同時に、夢の匂いがした。
酒場の空気は重く沈む。
「……つまり、下手すりゃ一瞬で全滅ってわけだ」
誰かが呟く。
だがカズトは笑みを崩さない。
「だから面白いんだろ」
その目には恐れよりも、挑戦への昂りが宿っていた。
「攻撃的じゃないんだろ?だったら礼を尽くして、交渉すりゃいい。それでダメなら――そん時はそん時だ」
無謀か、豪胆か。あるいはその両方か。
若い冒険者は、皆一度は同じことを言う。
そして帰ってきた者はいない……つまりは、そう言う事だ。
回りの冒険者たちは、苦笑いしながら若者に酒を奢る。
これが末期の酒だと言わんばかりに。
そして同時に、傍にいる女たちに声をかける。
いつでも面倒を見てやる、と。
カズトはそんな冒険者たちに息を撒く。後でほえ面かくなよ、と。
こうして、紫焔山脈の頂に眠る白き古龍を目指す、危うくも魅力的な冒険が幕を開けようとしていた。
◇ ◇ ◇
ホワイトドラゴンは知的で温厚……それは正しい……が……その周りに住む魔物たちにまで当てはまるわけではない。
紫焔山脈の中腹を越えたあたりから、空気が変わる。
風は冷たさを増し、岩肌には爪痕のような深い裂け目が走り、ところどころに巨大な骨が転がっている。
それが獣のものか、魔物のものか、あるいは挑んで散った冒険者のものか――判別できる者はいない。
本来ならばこの高度は、熟練パーティですら慎重に進む危険域。
ホワイトドラゴンという頂点捕食者の恩恵で山全体の生態系は安定しているが、その「安定」は決して優しさを意味しない。
強者の支配下で生き残った魔物だけが、ここには棲んでいる。
岩陰に潜む《氷牙ベア》
上空を旋回する《蒼翼ハーピー》
擬態して獲物を待つ《結晶殻スコーピオン》
どれも一体で村を壊滅させかねない存在だ。
――の、はずだった。
「……静かすぎますね。」
メイが小声で呟く。
警戒していた彼女の魔力探知にも、敵意の反応がほとんど引っかからない。
理由は、隊列の先頭を歩く男にあった。
カズト……普段ヘタレで情けない男、カズト……しかし、それは、周りにいる者達が別格なだけで、単純に力関係だけで見てみると、カズトは強者の域に達していた。
彼の周囲には、薄く揺らめくような圧が漂っている。
ダンジョンマスターのオーラ……幾百もの魔物を統べ、迷宮そのものを掌握する存在だけが纏う、絶対的な上位者の証。
目に見えないはずのそれは、しかし確実に「格の違い」を周囲へ伝えていた。
現に、岩陰からこちらを窺っていた氷牙ベアは、カズトの視線が向いた瞬間、低く唸り声を漏らし――ゆっくりと後ずさった。
逃げた。
捕食者が、だ。
通常なら血戦必至の魔物たちが、道を譲るように散っていく。
縄張りを侵した侵入者に対する反応ではない。
上位種に遭遇した下位種の、それだった。
だが、すべてが退くわけではない。
山の尾根を越えた瞬間、空が影に覆われた。
ギャアアアアッ!!
舞い降りたのは《蒼翼ハーピー》の群れ。
個体の格が違う。翼の縁が氷結し、魔力が凝縮している。
白竜の空域近くで生き残った、選りすぐりの強個体だ。
「上から来ます!」
メイが剣を構えるより早く、
――シュン
風を裂く音が一閃。
次の瞬間、先頭のハーピーが無音で二つに分かれ、霧のように消えた。
「空は任せて」
剣を振り抜いた姿勢のまま、アリーナが淡々と言う。
彼女の剣は光すら置き去りにする速度で振るわれ、
接近するより先に、ハーピーたちは次々と“線”になって消えていった。
「……出番、ないです……」
メイが苦笑し、構えた剣を納める。
「悪いな、アリーナ。」
「うん、放っておいてもよかったんだけど、空から糞を落とされたらいやだからね。」
以前、地球で言う鳩によく似た鳥に、糞をかけられた、という経験があるらしい。
だから、先に処理した、と。
周囲には、羽一枚落ちていない。
本来なら空中戦と魔法戦が入り乱れる死闘になるはずの遭遇戦。しかし、ハーピーたちは何も出来ず、数秒で終了していた。
さらに標高を上げる。
足場は氷結し、酸素は薄くなり、吹雪が視界を削る。
それでも一行の歩みは止まらない。
道中、地面が爆ぜるように現れた巨大な《結晶殻スコーピオン》も、
「邪魔」
メイが剣を一振りすると、殻ごと吹き飛ばされ、
氷壁を砕いて突進してきた《霜鎧トロル》も、
「どいて」
アリーナの一歩で間合いを詰められ、次の瞬間には後ろに崩れ落ちていた。
どれも、普通の冒険者なら撤退を選ぶ強敵。
討伐記録が残れば国から勲章が出るクラスの魔物たちだ。
だがカズトたち相手では、足止めにすらなっていない。
前方では、山頂へと続く最後の氷稜線が見え始めていた。
雲海の上、白い光に包まれた世界。
ホワイトドラゴンの領域。
本来なら、ここまで辿り着く間に何度も死線を越えているはずだった。
だが彼らはまだ、息すら乱していない。
危険が無かったのではない。
危険が、彼らにとって意味をなさなかっただけだ。
紫焔山脈は変わらず死地のまま。異常なのは環境ではない。
――このパーティの強さが、常識の外にあるのだ。
ユキちゃんとの出会い編です
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