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魔王様のハーレムダンジョン ~俺は、ハーレム王になるっ~  作者: Red/春日玲音


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アルメリア聖王国の窮状 前編

アルメリア聖王国は、静かに、しかし確実に壊れ始めていた。


聖女イリシスを断罪し、国外へ追放したあの日を境に、国の空気は目に見えぬほどの歪みを帯びていった。

王都を覆うはずの聖なる結界は、なお健在と発表されている。だが現実はそれを嘲笑うかのように、辺境の森や荒野では魔物の侵入が相次いでいた。

最初は巡回兵の見落としとして処理された。次は偶発的な異変として片付けられた。

しかし報告は止まらない。

「このままでは、いずれ人里に――」

そう結ばれた文書が、王城の机の上で何度も握り潰されている。


さらに深刻なのは、国を支える魔道具の異変だった。

上下水装置、治癒供給塔、気候調整炉――聖王国の繁栄を象徴するそれらは、すべて教会の管理下にあり、代々の聖女たちが調整と維持を担ってきた。

それも当然だ。

それらの大半は超古代文明が遺した聖遺物であり、構造や制御に関する文献が残されているのは、教会の奥深くに眠る記録のみ。

教会に手が出せぬものは、誰にも触れられない。

それが、この国の暗黙の前提だった。


イリシスが去ってから、魔道具は次々と不調を訴え始めた。

出力の低下、制御不能な暴走、原因不明の沈黙。

神官や技師たちは頭を抱え、古文書をめくり、祈りを捧げたが、どれも空しく終わる。

誰一人として、彼女の代わりにはなれなかった。


教会と王国上層部は、責任をイリシス一人に押し付けた。

「彼女が何らかの細工をした可能性がある」

「現在、慎重に調査を進めている」

そう喧伝し、時間を稼ぐ。

だがその間にも、魔道具の不調は増え、生活は確実に蝕まれていった。


やがて、囁きが生まれる。

夜の酒場で。

井戸の前で。

祈りの席でさえ。


――これは、“イリシス様の呪い”ではないのか。


誰も大声では言わない。

だが否定する者も、日に日に減っていった。

人々の胸に広がるのは、怒りではなく、不安。

そして、取り返しのつかない過去への、遅すぎた後悔だった。


アルメリア聖王国はまだ立っている。

だがその足元には、確実に崩壊の影が忍び寄っていた。



「と、まぁ……これが今の聖王国の現状です」


そう締めくくって、セシリアは小さく息を吐いた。

彼女はかつて、アルメリア聖王国の聖女見習いだった。


イリシスの隣に立つその姿は、旅装に身を包んでいるとはいえ、どこか聖職者の気配を残している。

それもそのはずだ。彼女はイリシスと、誰もが知るほどに仲が良かった。


「……あなたが、追われることになったのは、ひょっとして……」


「はい。魔道具の不調が表面化してから、私に声が掛けられることが多くなりました。「イリシス様と仲が良かったお前なら何か知っているだろう?」「お前なら、何とか出来るだろう?」「なにか聞いているのだろう?」……って」


苦笑混じりにそう言って、セシリアは胸元を押さえる。

そこには、イリシスから託された転移石があった。


「この石がなければ、今ごろ私は――」


言葉は、最後まで続かなかった。


イリシスは、少しだけ視線を伏せ、それから問いかける。


「……メリア公女は、今、何をしているの?」


その名を口にした瞬間、セシリアの表情が強張った。


メリア公女。

若くして“トライスター”にまで上り詰めた、才ある聖女。

そして――イリシスを断罪し、追放へと導いた中心人物。


「メリア様は……」


セシリアは首を横に振る。


「確かに、イリシス様ほどではありませんけど、彼女にも力はあります。

 今の聖女様全員が、彼女を中心にして、一日の大半を祈りに費やせば……理論上は、いまの不調を抑え込めるかもしれません」


「……なら」


「でも、無理です」


はっきりと、断言した。


「そんなこと、誰にも出来ません。碌に食事も休憩も取らず、眠ることもままならない状況で、一体どれだけ祈り続けることができると思ているんですか?」


「……えっと、3日に一回、2時間ほど眠れば……。」


「それがおかしいんですっ!一人でそれをやっていたイリシス様は――異常だと自覚してくださいっ!」


その言葉には、敬意以上に、痛ましさが滲んでいた。


イリシスが去ってからの、メリア公女の変化は、あまりにも露骨だったという。


まず、祈りの時間が激減した。

かつては“聖女の務め”として形式的にでも行われていた日課は、「体調管理」「精神の安定」を理由に短縮され、やがて免除された。


次に、贅沢な生活。


王都の聖女居館は改装され……、


・宝石を散りばめた礼拝衣

・香油を焚きしめた私室

・専属の侍女と料理人


が次々と増やされた。


「祈りには、心の余裕が必要ですの」


そう言って、メリアは王族然とした振る舞いで、批判を封じた。


しかし、それらの恩恵を受けているのはメリア公女と、最初から彼女に付き従っていた、残りのトライスターだけ。


負担はそれ以外の聖女及び聖女見習いへと押し付けられていった。


さらに、政治への口出し。

魔道具の不調を訴える技師や神官に対し、


「それは、あなた方の管理不足でしょう」

「何とかしなさい。」

「調査が終わるまで、余計な報告は不要ですわ」


と切り捨て、問題を先送りにし、詳細を訪ねてくる王族に対しては「全て教会の上層部に任せてある」と責任を転嫁する。


現場を見に行くことはない。

辺境の被害報告にも目を通さない。

民の声が届く謁見は、「聖女の格式を損なう」として縮小された。


「……彼女の口から、“民のため”という言葉を、私は一度も聞きませんでした」


セシリアは、唇を噛む。


「そこにあったのは、自分の地位と名声だけ。

 聖女であることも、祈りも、民を守る責務も――全部、自分を飾るための道具でした」


沈黙が落ちる。


イリシスは、何も言わなかった。

ただ、その瞳に浮かんだのは、怒りではない。


深い、深い――諦念。


「……そう」


それだけを呟いて、イリシスは目を閉じる。


かつて守ろうとした国は、

かつて信じた“聖女”は、

すでに、彼女の知る姿ではなくなっていた。


それでもなお、国は彼女を「罪人」と呼ぶ。


その皮肉に、セシリアは胸を締め付けられながら、ただ俯くしかなかった。


話を聞き終えたカズトは、しばらく無言のまま顎に手を当てていたが、ぽつりと零した。


「……聖女って、ブラックな環境なんだなぁ」


あまりにも率直で、悪意のない一言だった。


だが、それに反応したのは、セシリアだった。


「違います!」


思わず、といった様子で声を上げ、彼女は一歩前に出る。

その瞳には、怒りと焦り、そして切実な感情が入り混じっていた。


「ブラックだったのは……イリシス様だけです」


空気が、わずかに張り詰める。


「確かに、メリア公女が中心になって、色々な仕事を押し付けていたのは事実です。でも――」


セシリアは言葉を選ぶように、一度深く息を吸った。


「そもそも原因は、イリシス様ご自身なんです」


その言葉に、イリシスは微かに目を見開く。


「イリシス様は……ワーカーホリックでした。頼まれたら断らない。出来るなら、全部一人で引き受ける。しかも、女神様の加護で、無茶が利く身体だった」


声が、少し震える。


「だから……普通なら倒れるような仕事量を、平然とこなしてしまった。 誰かが止める前に、“それが出来てしまった”んです。だから、メリア様も、意地になって……」


セシリアは拳を握りしめる。


「結果、どうなったと思いますか?」


視線が、イリシスをまっすぐ射抜いた。


「それが、“基準”になったんです。

 “聖女なら出来る”

 “前任は出来た”

 “女神の加護があるのだから当然”」


言葉が、次第に感情を帯びていく。


「メリア様は、それを利用しました。

 でも、利用できる前提を作ったのは……イリシス様なんです」


そして、堪えていたものが、ついに溢れた。


「………同じことを、私たちに求めないでくださいよぉっ!」


叫びは、切実だった。


「私たちは、イリシス様じゃない!祈り続ければ倒れますし、無理をすれば壊れます!女神様の加護だって、あんな奇跡みたいなものじゃない!」


喉を震わせながら、セシリアは続ける。


「一人で国を支えるなんて、普通は出来ないんです。だから、今の聖女システムなんですよ。みんなで少しづつ負担しようって。一人がサボると他に負担が行くんだから頑張ろうって……それを……一人で当たり前みたいにやっていたイリシス様が、異常だったんです……!」


言い切ったあと、セシリアは肩で息をした。


沈黙が落ちる。


カズトは、気まずそうに頭を掻いた。


「……なるほど。そういう理由でブラックになった……か」


イリシスは、何も言わなかった。

否定もしない。


ただ、静かに目を伏せ、その言葉を――痛いほど、受け止めていた。


彼女が背負ってきたものの重さを、そして、それが他者をも縛っていたという事実を。


自分が悪しき前例を作ってしまった。

誰かがサボっても、大したことはないと思わせてしまった。

その結果が、今のアルメリア聖王国の窮状を招いているとしたら……。


イリシスは、申し訳なさで、涙をボロボロとこぼすのだった。


元凶はイリシスだった!!


ブラック聖女……アリですな。



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