魔王のダンジョン
ダンジョンの奥、拠点として整えられた広間に足を踏み入れた瞬間――
澄んだ声が、まるで示し合わせたかのように重なった。
「「おかえりなさいませ、ご主人様」」
横一列に並んだのは、孤児院の年長組。まだ身体つきは幼さを残しながらも、簡素なメイド服に身を包み、背筋をぴんと伸ばして深々と頭を下げている。足の位置、手の組み方、礼の角度まで揃っており、その一糸乱れぬ動作からは、日頃どれほど厳しく、そして真面目に教育を受けているかがありありと伝わってきた。
ほこり一つ落ちていない床、整然と配置された家具。
ダンジョンとは思えぬ光景に、思わず感心の息が漏れる――その矢先。
「……やっぱりロリコン……」
ぽつり、と刺すような声。
振り向けば、カンナが半眼でこちらを見ていた。感情を抑えた声音とは裏腹に、その視線は氷のように冷たく、説明を求める余地すら与えない。
年若いメイド見習いたちはその空気を察したのか、ぴしりと姿勢を正したまま、微動だにしない。
称賛と疑惑、規律と誤解。
静まり返った広間に、なんとも言えない居心地の悪さだけが、じわりと広がっていった。
◇
とりあえず、長旅で疲れているだろう――そう判断して、カズトは手早く采配を振るった。
兵士たちには屋敷の裏庭にあつらえた簡易の小屋を割り当て、最低限の休息と食事を確保させる。一方で、カンナには屋敷内の客間を用意し、今日のところは無理をせず、ゆっくり身体を休めてもらうことにした。
客間へと続く廊下を進んでいると、角からひょっこりと顔を出した人物がいる。
シーラとセリアだった。
「あ、やっぱり。……ねえ、それ」
視線が、カンナとイリシスに向けられる。頭の先から足元まで、値踏みするように一瞥してから、露骨にため息。
「また、女の子拾ってきた。」
「ていうか、本当に聖女を捕まえてきたの?ってこっちは巫女さんってやつ??」
矢継ぎ早に投げられる言葉は、遠慮というものを知らない。
カンナは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、次の瞬間には、すっと視線を逸らした。どう反応していいのか測りかねているのがありありと分かる。
「捕まえてきたって言い方はやめろ」
カズトが即座に訂正するも、セリアもシーラもは肩をすくめるだけだ。
「だってさぁ? どこかに行くたび、なにかするたびに増えてるじゃない。女の子……あと、設定」
「設定いうなしっ!後、聖女さんは貰い物で、巫女さんは、まだ、客だ。」
「《《まだ》》、ねぇ?」
「どうせ、なんか言いがかりをつけて、モノにするんでしょ?」
軽口の裏に、半分本気、半分呆れた視線。廊下の空気が、ほんの少しだけ騒がしくなる。
そんなやり取りをよそに、カンナは静かに息をつく。
何が何だか分からないけど、今日のところは休息――その一言に尽きる。
説明も誤解も交渉も、……すべては明日。今日はもう休みたい。
そう思うのだが、彼女が客間に通されたのは、それから30分ほど過ぎてからだった。
◇ ◇ ◇
「やっと帰ってきた。」
執務室の扉をくぐった瞬間、低く抑えた声が飛んできた。声の主――エルは、書類から視線を上げ、カズトと、その背後に控えるイリシスを一瞥する。
「あなたの留守中、不審な侵入者があったの。一応カズトの判断を仰ぎたいわ。」
その言い方が、ただ事ではないと物語っていた。カズトが頷くと、エルは立ち上がり、無言で先導する。廊下の空気はひんやりとして、どこか重い。
案内されたのは、執務棟の奥にある簡易拘束室だった。
扉が開いた瞬間、カズトは思わず息を呑んだ。
部屋の中央、X状の拘束柱に、一人の少女が手足を伸ばして拘束されている。
衣服はところどころ破れ、ギリギリ大事な所を隠しているだけの、ほぼ全裸。
身体そのものに不必要な傷は見当たらないが、エルに散々嬲られたのだろう、アヘった表情で、白目をむいたまま、完全に失神していた。
「……これは、どういう状況?」
カズトの声には、思わず硬さが混じる。
エルは何でもな事のように、事務的に説明を始めた。
「いきなりダンジョンのA-NPポイントに転移してきたの。身元不明、目的不明。通常なら即排除なんだけど、あそこって、例の計画の場所だったでしょ?だから拘束して、尋問してたのよ……」
そこで一瞬、言葉を選ぶように間を置く。
「だけどね、『聖女とヘタレっぽい男』から魔道具を貰った。助けてくれるって言った、って何度も、それを繰り返すのよ。心当たりある?」
「……ある。」
カズトはこめかみを押さえた。
そう言えば、転移石の事話してなかったっけ。
どうせまだ時間があるって思って、後回しにしてたところで、カンナの件だったから、忘れていた。
しかしなぁ……。
ヘタレ。
その単語が、自分を指す代名詞として、この城の中で静かに、しかし確実に定着しつつある事実に、心が折れかける。
「だから、多分、またカズトが何かしたのかな?とは思ったけど、関係ない可能性も捨てきれないから、あまり酷いことはしないで様子見をしてるのよ」
エルはそう締めくくった。
カズトは、再び少女に視線を戻す。
酷いことをしていない、といいながらこの状況。多分に、失神するまで快楽の波に飲まれ続けたのだろう。サキュバスのエルにかかったら、普通の人間が正気を保てるわけがない。
「……エル」
「ん?なぁに?この娘とシたいの?」
「したいか、したくないか、と言えばしたいが……って、そうじゃない!この状況は十分“酷いこと”だと思うぞ?」
イリシスが小さく頷き、エルは一瞬だけ視線を逸らした。
「……でもぉ、この娘喜んでたんだよ。何度も何度もお願いしてきてさぁ。」
「そういう風にしたんだろ?」
拘束室に、短い沈黙が落ちる。
しばしの後、逆ギレしたエルに、イリシス共々搾り取られ、捕らわれの少女の件は後回しとなるのだった。
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