アルメリアの聖女騒動 その1
18禁版とかなりストーリが違うので、このまま進めてもいいか、と思い再開します。
アルメリア王宮の舞踏会会場は、天井高く掲げられたシャンデリアの光に満ち、磨き上げられた大理石の床がきらめいていた。絹と宝石に身を包んだ貴族、各国の使節、異国の装束をまとう客人たちが入り混じり、香水と花の匂い、弦楽器の調べが渦を巻く。
杯を傾ける声、扇の陰で交わされる囁き。その話題の中心にあるのは、誰もが口にせずとも知っている――皇子と聖女の婚約だった。
「ついに発表されるらしい」
「国の象徴同士の結びつきだ、盛大にならぬはずがない」
期待と計算が混じる言葉が、笑顔の裏で行き交う。
だが、喧噪の底には、別の温度が潜んでいた。
「……聖女殿に、不穏な噂があると聞いたが」
「奇跡の力が弱まっている、とか」
「それとも、出自に疑念が――」
誰かが声を潜めるたび、周囲の空気がわずかに軋む。確証のない噂は、酒よりも早く広がり、会場のあちこちでさざ波のようなどよめきを生んでいた。笑顔は崩れぬまま、視線だけが探るように揺れる。
華やかな光の下で、祝福と疑念が同じ床を踏みしめ、舞踏会は静かな緊張を孕みながら進んでいく。
「う~ん、なんか、筆頭聖女とやらはあまり歓迎されていないみたいだな?」
カズトの問いかけにルミナスは応える。
「そうですね。あまりにもあからさますぎますけど……皆さん、その噂を本気にしているみたいです。」
カズトとルミナスが、会場内で食事を楽しみつつ、周りを伺っていると、放っておいても入ってくる、噂の数々……
舞踏会の喧噪の裏で、筆頭聖女に向けられた悪評は、毒を含んだ霧のように会場を満たしていった。
――今の筆頭聖女は、素行がよくない。
――所詮は生まれが卑しい女だ、振る舞いまで卑しくなるのも当然だろう。
そんな断じるような言葉が、扇の陰や杯の縁を伝って囁かれる。
さらに声は調子づく。
「本来なら、八星守護聖女にすら成れなかったはずだ」
「それがどうだ、王を篭絡したから筆頭聖女の座に就けたのだろう?」
事実かどうかなど、もはや誰も気にしていない。ただ“もっともらしい悪意”だけが、真実の顔をして歩き回る。
極めつけは、三星護聖のメリア公爵令嬢の名だった。
「あの方に嫉妬しているのだそうだ」
「本来なら筆頭聖女はメリア公女だって話だぜ。」
「だから陰で嫌がらせをしている、と聞いた」
清廉で名高い公爵令嬢と、疑惑に塗れた筆頭聖女。対比が鮮やかであるほど、噂は甘美さを増し、人々の口を離れない。
こうして、誰が言い出したのかも分からぬ悪意ある噂は、舞踏会という華やかな器の中で熟成され、あたかも既成事実のように蔓延していく。
笑顔と拍手の裏で、筆頭聖女の名は静かに、しかし確実に傷つけられていた。
「ほぅ、あれが筆頭聖女か。」
大奥の扉が開き、聖女達が入室してくる。
その先頭に立つのが、今代の筆頭聖女、星精霊聖女のイリシス。
その後に続く三人が、三星護聖と呼ばれる聖女。件の噂のメリア公女は三人のなかのセンターに位置している。
続いて6人の聖女が現れる。
六星護十字聖女と呼ばれているのだとか。
そして最後に、八星守護聖女と呼ばれる8人の聖女が入室してくる。
この18人が、今代の聖女達らしい。
彼女らの働きによって、この国は栄えている。だから彼女たちを敬う……それはアルメリア聖王国、建立以来の変わらない信仰だったはず。
なのに、聖女に、それも筆頭聖女に対する悪意ある噂の数々。
それが本当かどうかは関係ない。
うわさが流れ、それを肯定する人々が多くなればなるほど、この国の根底を揺るがすという事に気づかないのだろうか?
カズトは、いやな思考を振り払い、ルミナスに気なっていたことを訊ねる。
「なぁ、マリアスターとか、トライスターとか、聖女様にランクがあるみたいだけど、あれはなんだ?どうやって決めてるんだ?」
「あぁん、あんちゃんよそ者かぁ?」
カズトの言葉を聞き付けた、そばにいた男が絡んでくる。
「仕方がねぇなぁ、聖女様のすばらしさを、俺っちが教えてやるよ。」
どうやら男は、出入りの商人のようだ。
王宮に出入りできるのだから、それなりなのだろうが、さすがに周りが貴族だらけのこの会場では肩身が狭かったらしい。
そしてカズトも似たような立場なのだろうと、思ったらしく、暇つぶしにと声をかけてきたようだった。
「この国の聖女様は、八星守護聖女、六星護十字聖女、三星護聖、そして、その頂点に立つ星精霊聖女とランクが分かれてるんだよ」
男の話では、この国では、聖女の素養を持つものは、貴族であれば教会から多大な支援金が寄与され、平民であれば、教会が囲い込んで、聖女としての教育を受ける。
聖女見習いともなれば、平民でも、準貴族としての扱いを受けるほど、聖女は厚遇されるとのこと。
そして3年に1回、「選星の儀」と呼ばれる聖女選抜があり、そこで聖女が選ばれるという。
この国の国民は、貴族、平民、孤児、奴隷、関係なく、5歳になれば「星与の儀」と呼ばれる洗礼を受け、そこで聖女の素養があるかどうかの見極めをされる。
そこで、素養があると認められたものは、教会の管理下に置かれ、10歳の「選別の儀」を待つことになる。
選別の儀で、認められたものは聖女見習いとして、教育を受け、己を磨き、3年ごとに行われている「選星の儀」に備えるのだという。
そして、「選星の儀」によって、素養と素質、そして保有魔力量によって、聖女の位を授けられるのだ。
この選別には、生まれも身分も性格も関係ない。
ただ、どれだけの魔力量を保有し、どれだけ真摯に祈ることが出来るか?ただそれだけが求められるのだ。
メリア公女が、初めて「選星の儀」を受けた時、与えられたのはトライスターの位。彼女が13歳の時だった。
史上最年少のトライスターの出現に、国内は大いに沸いた。
その年はマリアスターは現れなかったという事も、その騒ぎを大きくした要因でもあった。
前年から、作物が不作になり、結界の穴を抜けた小さな魔獣たちが辺境で見られるようになったことも、不安に輪を広げる要因となっていたから、それらを払しょくする、マリアスターが、次回こそは現れるだろうという希望は、民衆の顔を明るくするには十分だったのだ。
実のところ、国の上層部は、民衆ほど不安を感じ絵はいない。
大局的にみれば、不作といっても、前年度の3%も減少しているわけでもないし、小型の魔獣も、今までにも何度か現れているのだから、特筆することでもない、と上層部は考えていたのだ。
王侯貴族たちにとって、マリアスター不在は「問題」ではなく、「管理可能な事象」に過ぎなかった。
王都の上空を覆う結界は、今なお淡く、しかし確かに脈打っている。緋聖女の席がいくつか空いたままであっても、魔物は国境を越えず、災厄は遠く、交易路は安全だった。金は巡り、穀倉は満ち、税は滞りなく集まる。――それがすべてだった。
結果が出ている以上、過程など些末なことだ、と彼らは考える。
玉座の間の奥、重厚な扉の向こうで交わされる会話に、信仰の言葉はほとんど登場しない。
ある者は結界維持の効率を数字で語り、ある者は聖女を「資源」「配置」「予備戦力」と呼ぶ。
マリアスター――神に選ばれし存在という称号すら、彼らの舌の上では一種のブランド名、あるいは政治的象徴へと矮小化されていた。
「現れないのなら、それでいい」
そう言った老貴族の目は冷たく、計算高い。
「奇跡は制御できない。制御できないものは、統治に不要だ」
彼らは知っていた。
聖女伝説が真実か否かなど、統治には本質的でないということを。
重要なのは、“民が信じているかどうか”――それだけだ。
無知蒙昧な民衆は、飢えと不安に弱い。
だからこそ、天を仰ぐ理由を与えてやる必要がある。
聖女が国を守っている、神がこの国を選んでいる、という物語は、反乱の芽を摘み、疑問を祈りへと変換する、極めて優秀な装置だった。
マリアスターが現れぬ不安に胸を痛める民の声を、彼らは「愚かな嘆き」として切り捨てる一方で、決してその伝説自体は否定しない。
否定しないどころか、祝祭ではより大きく掲げ、説教ではより荘厳に語らせる。
信じる者が多いほど、統治は楽になる。
信仰が真実である必要はない。
“そう思わせる”ことができれば、それで十分だった。
だからこそ、不安が押し寄せる中で、マリアスターに最も近い、と思われるメリア公女の存在は都合がよかった。
今回は、まだ幼いから魔力量が足りなかっただけ、次回はメリア公女がマリアスターとなるだろう。
そんな希望が民衆の中に広がっていく……
つまりは、そういうことだ。
この年は、トライスターが一人かけ、ペンタクルスもオクタヴィアも半数ほどしか残らなかったため、「幼いながらも、トライスターとしての力を必要とされた。成長し魔力量も増える次回は、必ずやマリアスターとなるだろう」と、公爵家は大いに喧伝したものだ。
当たり前である。自分の家からマリアスターを輩出したともなれば、王家に並ぶ発言力を得られるも同位なのだから。
聖女の数の減少、要となるマリアスターの不在。
それらが意味する本質など考えもせずに、楽観ムードだけが流れていく。
上層部がそのような状況だから、この後の悲劇が起こるのは仕方がない事だったのかもしれない。
一応、最終回まで書き上げていますので、エタることはないですから安心?して読んでくださいね。
物足りないっていう方は引き続きノクターンの応援よろしくです。
尚、全年齢版と18禁版は基本設定が同じのパラレルワールドのお話……という設定です
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