渦巻く陰謀の予感 アルメリア王国
グランブルグ王国とガルマニア帝国という二大国家に挟まれながらも、アルメリア聖王国は不思議な均衡の上に成り立っている。
国境線に明確な城壁はない。
代わりに、空気そのものが淡く揺らぎ、目に見えぬ壁の存在を主張している。それが聖女の力によって張られた大結界だ。
結界は侵略者のみならず、許可なき外交使節や密偵すらも拒み、外の世界からアルメリアを完全に切り離している。
それ故に、その内情を知る者は極めて少なく、周辺諸国に伝わるのは断片的な噂話だけだ。
結界の内側では、季節は穏やかに巡り、天候は極端に荒れることがない。土は黒く柔らかく、作物は人の手をかけすぎずとも実り、畑からは常に生命力に満ちたマナの気配が立ち上るという。
農民たちは飢えを知らず、穀倉は満たされ、交易に頼らぬ自給自足の体制が静かに続いている。
王都は豪奢さよりも清廉さを重んじた造りで、白い石と淡い光を帯びた建築が並ぶ。その中心にそびえるのが聖堂であり、そこに聖女達が存在する。
彼女等は政治の表舞台に立つことは少ないが、祈り一つで国の命運を左右する存在だ。
結界の維持、土地の浄化、災厄の予兆――それらすべてが聖女の力に依存している。
そのため、アルメリアの安定は同時に脆さも孕んでいる。もし聖女に何かあれば、結界は失われ、豊穣は枯れ、周囲の大国に呑み込まれるだろう。人々はその事実を理解しているからこそ、聖女を敬い、畏れ、そして守ってきた。
静謐で祝福された国。
だがその静けさの下には、聖女に支えられた、危うい均衡が張り詰めた糸のように横たわっているのだが、長きにわたり、聖女の恩恵にあずかってきた国は、国民は、今の安寧が誰のおかげなのかを忘れかけていた。
聖女に護られた国……それはもはや名前だけであり、聖女信仰は形骸化し始めていた。
◇ ◇ ◇
「冒険者なんてやめるぞっ!」
シャガートの街から離れ、国境付近にある町、ゲムテの宿屋の一室で、カズトは叫んでいた。
しかし、リズはベッドの上で、はむはむと干し肉をかじり、ルミナスはきょとんとした顔でカズトを見上げているだけで、何の反応もしない。
「い、いや、だからな?冒険者なんてやめるって言って……」
ルミナスの無垢な眼差しに、思わず視線を逸らすカズト。
「おにぃちゃん。別にやめるのは構わないけど、一応理由を聞いてあげるね?」
「あ、あぁ。だってな、魔物討伐依頼が出来ないんだよぉっ!」
冒険者への依頼のうち、半数を占めるのが、魔物の討伐依頼。
危険の排除であったり、肉の確保や、魔物素材の獲得が理由で出されるため、尽きることのない依頼であり、対象の魔物の、駆け出しでも十分討伐可能な獲物から、B、Aランク相当でないと難しいといわれるモノまで、幅広く、冒険者たちの大事な収入源となっている。
カズト達も、地道なクエストをこなしてEランクへと昇格し、意気揚々と討伐依頼を受けたのだが……。
ことごとく失敗に終わる。
ホーンラビットの討伐依頼を受け、ホーンラビットがよく出没するといわれる草原に出向き3日……一羽のウサギの姿も見当たらず。
畑を荒らす、ナイトモグラの駆除の依頼を受け、該当の畑に行ってみるが、なぜか被害がピタッと止み、ナイトモグラの糞でさえ見つからない。
近くにゴブリンが巣を作ったと聞き、出向いてみれば、巣はもぬけの空。
被害がなくなろうがどうしようが、魔物を討伐していないのだから、依頼達成とは認められず、違約金を支払うばかり。
おかげでギルドが潤ったと、受付嬢に感謝される始末。
攻めて、拠点の森から離れた場所なら……と、護衛医らを受けて国境付近まで来たのだが……、道中、まったく魔物の姿が見えず、これなら護衛なんか雇う必要もなかったな、と商人が馬鹿にしたような声で影口をたたいているのを聞いて、心が折れてしまった……もぅ、やめるよ。と。
「はいはい、おにぃちゃんはつらかったですねぇ。ルミナスが甘やかしてあげますよぉ。」
そう言って、自らの胸に、カズトの頭を掻き抱きながら、あやすように頭をなでるルミナス。
「はーい、ダメになぁれーダメになぁれー・・・・・・。」
にこにことほほ笑みながら、呪文を唱えるようにカズトをダメにしていく魔性の幼女ルミナス。
・
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「あ、そういえば、ここからアルメリア王国が近かったと思うのですが、どうします?」
カズトを甘やかしながら、ルミナスがボソッとつぶやく。
「どうするって?」
「あ、いえ、街を出るとき、セリア姉さんから、「近くに行く機会があれば寄るといい」といわれていたんですよ。」
「簡単に言うけど、あそこは入国制限が厳しいだろ?Bランクでもなかなか許可が下りないって聞いてるぞ?」
「普通ならそんなんですけどぉ。」
ルミナスはそう言いながら、ポーチから1枚の書状を取り出す。
「アルメリア王国からの招待状です。これがあれば、シーラお姉ちゃんの代理という立場で、入国できるよ」
「招待状?なんの?」
「王子様の婚約披露パーティみたいですねぇ。」
「はぁ。他人の幸せなんか喜べねえなぁ。」
「くすくす。おにぃちゃんは、本当にクズですねぇ。ちなみに、相手は「聖女様」だそうですよぉ。クスクス、嫉妬に狂いそうですかぁ?」
「聖女、だとぉぉぉっ!」
「ええ、アルメリアの筆頭聖女と、婚姻の儀を結ぶのがアルメリア王族に代々伝わるお役目らしいです。」
「ん?筆頭聖女?」
「えぇ、アルメリアには「聖女」と呼ばれる方々が大勢ます。その中でも、一番優れたものを「筆頭聖女」と呼ぶそうです。」
「そうか……よし、アルメリアに行こう。」
「いきなりですねェ。まぁ、おにぃちゃんらしいですけど」
「いいんだよ。俺はアルメリアで聖女をゲットするんだぁっ!たくさんいるなら一人ぐらいもらってもいいだろっ!」
「くすくす。本当にクズですねぇ。」
おかしそうに笑うルミナス。
カズトの本心がわかるから、こうして笑っていられる。
笑っていても怒られない、受け入れてくれる。
こんな日が来るとは思ってもみなかったルミナスは、だからこそ、カズトとその周りを守り抜くと、心に秘めて誓う。
そして、その想いは、一見何も考えず、干し肉をかじっているだけに見えるリズレットも、同じだとわかっている。
ルミナスは、リズと視線で想いを交わし合うと、そのまま、カズトの後を追いかけるのだった。
ごめんなさい。今回で打ち切りです。
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