渦巻く陰謀の予感 カンナギ国
グランベルグ王国の東南に連なる、丘陵と平原の狭間に、カシミア共和連合国は存在していた。
それは一つの大国ではなく、かつて独立していた小国や都市国家が、外敵への恐怖と生存のために手を取り合い、寄り集まって形作られた「連合体」にすぎなかった。
名目上、各国家の主権は尊重し、各国の代表者たちが首都に集い、議会を開く。
そこで討議され、合意され、可決された方針だけが「連合の意思」として実行される。
それは、ある意味、理想に満ちており、かつての暴君も専制も生まない、誇るべき制度・・・・・・のはずだった。
――だが、現実は理想ほど待ってはくれなかった。
国境で小競り合いが起きても、議会は結論に至らない。
軍を動かすか、交渉に出るか、その判断一つに何日も、時には何週間も費やされ、その結果、間に合わない。
各国の利害が絡み合い、「自国の損得」を天秤にかける声が、全体の意思決定を鈍らせていく。
結果として、すべてが手遅れとなり、何もかもが後手に回る。
やがて、忍耐を失った国々が現れ始めた。
議会の決定を待たず、独自に軍を動かす国。
連合の負担を嫌い、兵も税も出さなくなる国。
そしてついには、「連合に属する意味はない」と宣言し、静かに、あるいは騒然と離反する国まで現れた。
統一された意思を失った連合は、もはや連合ではなかった。
外から見れば、それはまとまりのない小国の集合体にすぎない。
その隙を、周辺勢力は見逃さなかった。
交易路への圧迫、領土への侵食、裏からの扇動――
小さな火種が各地に投げ込まれ、連合内部は疑心と不信で荒れていく。
議場では怒号が飛び、代表同士は互いを非難し合う。
「連合のため」と掲げられた言葉は、いつしか空虚な響きしか持たなくなっていた。
カシミア共和連合国。
それは理想の制度を掲げながらも、決断の遅さという致命的な弱点に蝕まれ、
崩壊へと向かって、静かに、しかし確実に沈みつつある国家だった。
崩壊し始めている、カシミア共和国を構成する首長国の一つ、カンナギ国。
その王位に就く者――国王ゲンゾウ・スメラギは、玉座にありながら、日ごと重くなる現実に押し潰されそうになっていた。
魔族領が、再び動き始めている。
国境線の向こうで確認される斥候の影、焼かれた村の噂、行方不明になる巡回兵。
確証はない。だが、確証が出た時には手遅れになる――それを、彼は嫌というほど知っていた。
ゲンゾウは国境警備を強化した。
兵を増やし、巡回の頻度を上げ、砦の修繕を急がせる。
だがそれは、国庫を削り、農村から労働力を奪う選択でもあった。
兵を集めれば畑が荒れ、畑が荒れれば民が飢える。
実際、国内の空気は日に日に重く、荒んでいった。
「魔族が来る」「戦争になる」
根拠のない噂が市場を駆け巡り、それを追いかけるように盗み、暴動、夜盗が増えていく。
治安を守るはずの衛兵ですら、疲弊し、賄賂に手を染める者が出始めていた。
追い打ちをかけたのは、不作だった。
長雨と冷害により収穫量は大きく落ち、穀物庫は空きを見せる。
食糧費は跳ね上がり、パン一つの値で口論が起こる。
民の不満は、やがて王へと向けられる。
――こういう時のための、連合ではなかったのか。
ゲンゾウは何度も、カシミア共和連合の議会に使者を送った。
魔族領の活発化への共同対応、国境防衛への支援、食糧融通の提案。
だが返ってくるのは、「協議中」「他国の同意待ち」「慎重な検討が必要」という言葉ばかり。
議会は回り、書類は積まれ、議論は尽くされる。
――決断だけが、なされない。
その間にも、国境は揺らぎ、民は飢え、夜は物騒になっていく。
連合の存在は、今や助けではなく、足枷だった。
玉座の間で、ゲンゾウ・スメラギは深く息を吐いた。
王冠は重い。
それは権威の象徴ではなく、責任と罪悪感の塊のように思えた。
「民を守れぬ王に、王である意味があるのか……」
独断で軍を動かせば、連合の規約に背く。
だが、規約を守って滅びるなら、それは誰のための法なのか。
連合から抜けるという選択肢も考えた。
現に、いくつかの小国が、連合不振を理由に脱退している。
しかし、連合から抜けたとして、その後はどうするのか?
カンナギ国は四方を山や森に囲まれた自然豊かな土地……といえばきこえはいいが、実際のところ、南は前人未到の未開地であり、凶悪な魔物が住まう魔の森であり、西にそびえる、白銀の険しい山脈は龍の縄張りで、東は断崖絶壁の向こうに広大な海原が広がっている。東北方面の、比較的穏やかな森を抜けた先が、カシミヤ共和連合に属するキーマ国とつながっているだけの陸の孤島といって差し支えない国なのだ。
ここで、連合から抜けると、完全に孤立してしまう、それは国の衰退につながると思えば、簡単に脱退という決断を下せないのだ。
連合に縛られた王としての立場と、一国の民を守らねばならぬ為政者としての本能。
その狭間で、ゲンゾウ・スメラギは、静かに、しかし確実に追い詰められていた。
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王城の奥、静謐に包まれた祭祀の間。
香の煙が細く立ち昇り、白布と鈴の音が、外の不穏な現実を遠ざけるかのように揺れていた。
ゲンゾウは、重い沈黙の中で頭を垂れていた。
机上には国境警備の報告、治安悪化の記録、そして穀物価格の推移――どれもが、国の行き詰まりを示す数字と文字だった。
その沈黙を破ったのは、柔らかくも芯のある声だった。
「――お父様」
振り返ったゲンゾウの視界に入ったのは、白と緋を基調とした巫女装束に身を包む少女、カンナ・スメラギ。
まだ若いその身に、場の空気を変える不思議な重みを宿していた。
幼き日に高熱に倒れ、生と死の境を彷徨った姫。
奇跡的に目を覚ましたその日から、彼女の魔力は常人の域を超え、神聖魔法を自在に操り、女神と交信する存在となった。
女神をその身に降ろし、神託を受けたことは一度や二度ではない。
ゆえに民は、彼女を王女ではなく、「姫巫女」と呼び、敬い、祈りを捧げていた。
「……カンナ。ここは神殿ではない。政治の場だ」
疲れを隠せぬ声でそう言うゲンゾウに、カンナは首を横に振る。
「解っています。」
一歩、父の前に進み出る。
その瞳には、迷いよりも決意が宿っていた。
「提案があります。
――隣国、グランベルグ王国を頼っては、いかがでしょうか」
ゲンゾウの眉が動く。
グランベルグ王国。このカンナギの国の西側に位置する大国だが、つい先日まで、血で血を洗う内乱に沈んでいたと聞く。
「内乱が終わって、まだ日も浅い国だぞ」
「存じています。ですが……」
カンナは静かに言葉を継いだ。
「それでも、あの国は、すでに内乱前と変わらぬ力を取り戻しています。
……いいえ、それ以上という話も聞こえてきます。」
彼女は胸元に手を当てる。
「我が国から最も近いのが、復興の中心となった領地、パンニャ領というのは、偶然だと思われますか?」
カンナの言葉に現像は目を伏せる。
娘はこう言いたいのだろう「これも女神様のお導きだ」と。
「しかし、パンニャ領は、隣といっても……容易ではないぞ」
カンナギ国から、パンニャ領へ行こうとするのならば、通常は東北の護神の森を抜けて、キーマ国に入り、そこから、いくつかのカシミア連合に属する小国を抜けて、グランベルグ王国に入り、さらに南下してパンニャ領へと向かうのだ。その間約2か月。往復で4か月もかかる。それ以前に、支援を求めるのであれば、パンニャ領まで向かわなくても、その手前の王都で、国王に謁見する方が早いうえ、筋が通っている。
さらに言えば、連合の各国が、自分たちを通り越してグランベルグに支援を求めるのをよしとしないだろう。
抜け駆けを許さず、他の足を引っ張ることにおいては決断が速いのだ。
「わかっております。」
しかしカンナは何事もないかのように微笑んで言う。
「パンナ領は、山脈の向こう側ですわ。我が国から山脈と森を隔てた向こう側への直接の行き来は容易ではありません。ですが――無理ではありませんわ。」
一瞬、空気が張り詰めた。
微かな光が、カンナの足元に揺らめく。
「女神様は、告げられました。“その地にこそ、今のカンナギを救う縁がある”と」
神託。
それは、この国において、王の言葉と並ぶ重みを持つ。
ゲンゾウは、思わず息を呑んだ。
「……使者は?」
その問いに、カンナは迷いなく答えた。
「――私が参ります」
「なっ……!」
「姫巫女として、カンナギ国の意思を伝える使者として……そして私の運命を切り開くものを見定めるため……です」
山脈と森を越える危険な道。
ドラゴンの脅威と魔族の影響を受け、魔物が活性化した地域。
それを、この国で最も尊い存在が行くというのか。
だが、カンナの表情は揺るがない。
「この国を救うために、私が必要なのだと。避けては通れない道だと、女神は示されました」
ゲンゾウは、しばらく言葉を失っていた。
そして、父としての不安と、王としての覚悟を胸に、ゆっくりと立ち上がる。
「……分かった」
その声は、震えていたが、確かだった。
「姫巫女カンナ・スメラギ。カンナギ国の命運を託そう」
どこからか、鈴の音が一つ、静かに響いた。
それは、国の運命が、確かに動き出した合図のようだった。
新たな国です。
カンナギ国は、和風の国です。
はい、テンプレですみません。
どうしても巫女さんが出したかったんですぅっ!!!
でも、残念。
次回で打ち切ります。
その代わりと言っては何ですが、日付が変わった0:00にノクターンで新連載を開始します
ノクターンだから、今回登場のカンナちゃんも………。
「魔王様のハーレムダンジョン R18Ver」
https://novel18.syosetu.com/n1313lr/
単なる18禁バージョンではなく、人物と世界設定が同じだけの、パラレルワールドのお話と思っていただければ、と思います。
まぁ、人物描写等は被ると思いますが。
ご意見、ご感想等お待ちしております。
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