最初の依頼
「どうしたのおにぃちゃん?」
横で寝ていた、半裸のルミナスが声をかけてくる。
「悪い、起こしたか?」
「ううん。でも、おにぃちゃんが悩んでいるのは気になる・・・・・・かな?」
「悩んでいるというか・・・・・・結局、俺ってどれくらい強いのかなって。」
最初に絡んできた男達には余裕だった。
しかし、ゲイツには手も足も出なかった。
聞けば、最初の男たちはDランク、ゲイツはBランクだという。
普通に考えれば、Dランクより上という事になるのだろうが、カズトは自分が強いとは思っていなかった。
聞けば、アリーナはCランクだという。
いつも稽古をつけてもらっているが、その度、アリーナにはボコボコにされ、勝ち筋が見えない。
しかし、ゲイツのランクはBランク。アリーナより上の筈なのに、アリーナに相対した時のような「勝てない」という感じは受けなかった。
さらに言えば、最初に絡んできたDランクの男達、ランクで言えば、セリアと同等の筈だが、セリアより遥かに弱かった。
・・・・・・つまり、ランクで強さは図れない、という事なのだろう。
そう考えていると、ルミナスが身体を摺り寄せながら言う。
「んー、強さの基準によって評価が変わるから・・・・・・おにいちゃんは、魔王様としての強さを持っている……それじゃぁ、ダメなの?」
「いや、ダメというか、個の強さというのを知っておかないと、いざという時の判断を間違えるだろ?」
例えば、アリーナのような勇者が、ダンジョンに攻め込んできた場合。
今のカズトでは、真っ当に戦えば負ける。
それを理解せずに、「魔王だから強い」と勘違いしてしまえば、待ち受けるのは破滅でしかない。
逆に、弱い事を受け入れていれば、例え勇者が相手でもやり様はある。
それこそ、アリーナを捕らえた時のように。
『知彼知己、百戦不殆(敵を知り、己を知れば、百戦危うからず)』
というやつだな。
「おにぃちゃんは立派ですねぇ。でも、あれだけのタフさがあれば、強いと言えるんじゃないですか?現に、Bランクのゲイツさんにも勝ちましたし。」
「いや、アレは勝ったと言えるのか?そもそもタフだと言われてもなぁ。」
あのスタミナ・・・・・・というか体力の高さは、後天的なものだ。
今まで比較対象がなかったから判らなかったが、エルの言う「オーガの十数倍」の体力、というのは、あながち誇張じゃないのかもしれない。
因みに、この体力の高さは、もちろん、エルが原因である。
エルのお相手をするのに、体力が高くなければ死ぬと言われ、日々鍛錬を欠かさず、そして、エル特性の怪しげなドリンクや食材の数々を摂取してきた結果、最初は2~3ラウンドが限界だったのが、今では10ラウンド以上、一晩中耐えられるほどの体力がついたのだ。
それが、こんなところで功を奏すとは思ってもみなかったが。
後、これでもまだ、エルの方に余裕があるというあたり、サキュバスというのは恐ろしいと思うカズトだった。
◇
「で、何でいるんだ?暇なのか?」
翌朝、カズトたちがギルドに顔をだすと、依頼ボードの前にゲイツが立っていた。
「ご挨拶だなぁ、坊主。何でいるかと言えば、さっきまで飲んでいたからだ。で、せっかくだから、依頼についてレクチャーしてやろうと思ったわけだ。」
がはは、と笑うゲイツ。
ギルド併設の酒場で、朝まで飲んでいたらしい。で、カズトたちの姿を見てやってきた・・・・・・と。
つまりは暇なんだろう。
「いいか、坊主たちは登録したばかりのFランクだ。Fランクが受けることができるのはこの辺りの地味な依頼だけだからな。」
ゲイツが指し示した依頼を見ると、「どぶ攫い」「薬草採集」「届け物」と言った「誰にでも出来そうな仕事」ばかりだった。
それ故に報酬も少ない。
これでは、1日の食事代を稼ぐのが精々だろう。
「そこで、だ。坊主の強さであれば……ちょっと耳を貸せ」
カズトが身を寄せると、ゲイツは指で依頼書の端を軽く叩いた。そこに貼られているのは、誰もが見向きもしない薬草採集の依頼。報酬も安く、危険も少ない――表向きは。
「薬草採集を受ける。場所は森の浅いところだ。だがな、あの辺りは弱い魔物がうろついてる」
カズトは眉をひそめた。
「でも、俺はFランクだ。討伐依頼は――」
「受けられねぇ。と言いたいんだろ?」
ゲイツは口の端を吊り上げた。
「だが、襲われた場合は別だ」
その一言で、カズトははっと息を呑んだ。ゲイツは続ける。
「依頼はあくまで採集。移動中に魔物に襲われたら、身を守るのは当然だろ? 返り討ちにした魔物の素材、肉、魔石……それをギルドに売る分には問題ねぇ。規約にもちゃんと書いてある」
テーブルの上で、ゲイツの指が見えない条文をなぞるように動く。長年の経験から滲み出る、確信に満ちた仕草だった。
「つまりだ。討伐“依頼”じゃねぇ。自衛だ」
カズトは依頼書を見つめ直した。安い報酬の紙切れが、急に別の顔を持ったように見える。確かにこの方法なら、Fランクでも剣を振る理由になる。
その上、薬草採集だけなら、籠一杯で銅貨一枚。しかし、例えば襲ってきたのがホーンラビットであれば、その毛皮、肉、角、魔石・・・・・・1匹辺りで銅貨5枚にはなる。危険はあるが、稼ぎは段違いだ。
「……なるほど」
「だけどな、無茶はするなよ、坊主」
ゲイツはそう言って背もたれに体を預けた。
「生きて帰って、初めて儲け話になるんだからな」
ギルドの喧騒が再び耳に戻る中、カズトの胸には、静かな熱が灯っていた。
隣で黙ってミルクを飲んでいたルミナスから念話が入る。
(ウソは言ってませんし、騙す気もないようです。純粋な好意と少しの心配しか感じませんよ)
(だろうな。ここは感謝して言うとおりにするか。)
「いい話を聞かせてもらった。早速受けてくるよ。」
「あぁ、気をつけてな。無事に戻れたら、初依頼成功の宴を開いてやるぜ。」
「いいな。じゃぁそのお代は俺が持ってやるよ。」
「ぬかせ。お前の稼ぎじゃ、エール一杯にもならねえよ。・・・・・・ヤバいと思ったら逃げるんだぞ。」
茶化すゲイツだったが、最後の言葉だけは真剣みをおびていた。
数時間後・・・・・・。
「なぁ・・・・・・どうしてだと思う?」
カズトはルミナスに膝枕をされながら、問いかける。
「あはは・・・・・・。」
ルミナスは困ったように、乾いた笑いを浮かべる。
依頼の薬草採集はすでに終わっている。
ルミナスの「分析」のスキルと、リズの「野生の勘」をもってすれば、特定の薬草を見つける事ぐらい造作もなく、森について1時間も経つ頃には、5つの籠が一杯になっていた。
もっと採集することも可能なのだが、流石にこれ以上は持ちきれないのでやめておく。
「今度、アイテムボックスのスキルの研究でもするか。」
最初の頃は、そんな事を言う余裕が、カズトにもまだあった。
しかし、それから1時間が経ち、2時間が経ち・・・・・・
一向に姿を見せない、魔物たち。
「おかしいだろ? この森は魔物がウヨウヨいて危険なんだろっ? なのに、なんで一匹も姿を現さないんだよっ!」
ルミナスの膝枕から、勢いよく上半身を起こして、カズトは叫んだ。
湿った土の匂いと、鬱蒼と生い茂る木々。確かに“危険な森”のはずなのに、耳に届くのは風に揺れる葉擦れの音と、遠くの鳥の声だけだった。
「あはは……おにいちゃん、それ本気で言ってる?・・・・・・ってか本気だよねぇ。」
隣で腰を下ろしていたルミナスが、少し困ったように口元を押さえる。
「当たり前だろっ!」
「えっと……ひょっとして……気づいてない?」
含みのある言い方に、カズトは眉をひそめた。
視線を巡らせても、魔物の気配どころか、殺気の欠片すら感じない。
「なににだよ」
ルミナスは立ち上がり、森の奥を見つめながら、どこか呆れたように、そして少しだけ畏敬を込めた声音で言った。
「この森、ぜーんぶ……おにいちゃんの支配下だよね?」
その言葉と同時に、カズトの胸の奥が微かに脈打った。
「言われてみれば……。」
この森の南西方向、奥へ向かったところにダンジョンの入り口がある。
そこがカズトたちの”本当の”拠点に繋がっている。
そこを中心に、森を含め、シャガートの街まで勢力圏を伸ばした今では、この辺り一帯も、カズトの影響下にあることは間違いない。
そして・・・・・・
木々の影に潜むはずの魔物たちは、本能で理解しているのだ。
この場にいる“存在”は、逆らっていい相手ではない、と。
「……俺が、原因?」
「うん。完全に」
魔物たちは恐れている。
姿を見せれば、存在を認識される。
認識されれば、意識に触れられる。
だから、息を潜め、気配を殺し、必死に“いないふり”をしているのだ。
「でもね」
ルミナスは楽しそうに微笑んだ。
「命令したら、話は別だよ?」
カズトは唾を飲み込み、半信半疑のまま目を閉じる。
意識を、森全体へと広げるように――ただ、呼ぶ。
「……ホーンラビット。来い」
言葉は小さかった。
だが、それは命令だった。
しばらくの沈黙の後、地面が微かに揺れ始める。
草を踏みしめる音、枝を折る音が、四方八方から重なっていく。
やがて――
木々の隙間から、次々と姿を現す小さな影。
一本角の兎、ホーンラビット。
一匹、十匹、百匹……数える意味を失うほどの数が、森を埋め尽くした。
彼らは一斉に距離を保ったまま立ち止まり、次の瞬間、地に伏した。
震えながら、頭を下げ、耳を垂らし、完全な服従の姿勢。
そこには敵意も、警戒もない。
あるのはただ、絶対的な恐怖と、命乞いにも似た沈黙だけだった。
「……っ」
カズトの喉が、ひくりと鳴る。
剣を握る手に、力が入らない。
(無理だ……)
目の前にいるのは、襲いかかってくる魔物じゃない。
ただ、生きるために怯えているだけの存在だ。
そして、まごう事なき”守るべき存在”
「俺……こいつら、殺せねぇ」
ルミナスは「それでこそ、おにいちゃんだよ」と、小さく呟く。
魔王の力。
それは、敵を討つためのものではなく――守るべきモノの為にある筈だった・・・・・・。少なくとも、カズトはそう思っている。
カズトは目を伏せ、静かに息を吐き、「普段通りに過ごせよ」と命令を解くのだった。
作中でアリーナはcランクとありますが、実力でいえばsランク級です。
ただ、ギルドの規約の関係上、Aランク以上は色々なしがらみが増えるので、それをアリーナ自身がイヤがったことと、そもそも、ランクアップの手続きが面倒だったという事もあり、Cランクにとどまっている、というのが真相です。
また、セリアもDランクではありますが、Cランクのランクアップ手続き中に、ごたごたに巻き込まれてしまったので、Dランクのままですが、本来であればCランクに昇級していました。
その辺りを知らないのでカズトが誤解してしまっていますが、「ランクで強さは測れない」という本質に気づくだけ、まだマシな方だと思ってください
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