ギルド騒動
―――これはマズい。
カズトは直感的にそう感じた。
近くには、なんてことのない、といった感じで、干し肉を齧るリズレット。
困った表情で、それでも笑顔でいるルミナス。
後ろのカウンターでは、オロオロとしているギルドの受付嬢。 そして、足元に転がる、冒険者の方々。
――数分前。
発端は、あまりにありふれた難癖だった。
「おい、ガキ。ここは冒険者ギルドだ。子連れで来るところじゃねぇ。観光なら外でやれ」
鎧の隙間から漂う酒臭さと、値踏みするような視線。
三人組の冒険者は、受付カウンターの前に並ぼうとしたカズトたちを見下ろし、わざとらしく肩をぶつけてきた。
その瞬間、リズレットが干し肉を齧る手を止めた。
「……なに?」
低く、獣のような声。
だが冒険者たちはそれを威嚇とも取らず、むしろ面白がったように笑った。
「なんだ?獣人のガキが――」
最後まで言葉は続かなかった。
次の瞬間、リズレットの足が床を蹴る。
踏み込みは短く、無駄がない。拳が腹にめり込み、鎧越しでも分かるほど鈍い衝撃音がギルド内に響いた。
「ぐっ……!?」
一人目がくの字に折れたところへ、肘、膝、そして背負い投げ。
木製の床が悲鳴を上げ、男は白目を剥いて転がった。
「ちょ、ちょっと待て――!」
慌てて剣に手を伸ばした二人目は、ルミナスの前で動きを止める。
「……やめてください。ここで争いは……」
困ったように眉を下げ、いつもの柔らかな笑顔。
だがその足元で、魔力が静かに、しかし確実に渦を巻いていた。
次の瞬間、探索者の足元だけが“沈んだ”。
見えない重圧が押し潰す。
膝が砕けるように床へ落ち、剣は乾いた音を立てて滑った。
「な、なにを――」
最後の一人は間が悪かった。
逃げればいいものの、仲間の敵討ちとでも思ったのか、剣を抜いてリズレットたちに斬りかかろうとしていた。
「……うちの子らに何しようとしてるんだ、テメェ!」
一言、発した後、男は前のめりに床へ叩き伏せられた。
――そして現在。
床には、伸びる三人の冒険者。
ギルドは水を打ったように静まり返り、受付嬢はカウンターの裏で半泣きになっている。
リズレットは何事もなかったかのように干し肉を齧るのを再開し、ルミナスは「やりすぎましたかね……?」と困った笑顔。
カズトは頭を抱えた。
「……正当防衛だよな?」
一応、そう呟いて、受付嬢を見る。
受付嬢は、涙目でコクコクとうなづく。
カズトの冒険者人生は、波乱の幕開けだった・・・・・・。
と、ここで終っていればそう言えただろう。
しかし、まだ何も始まってなかったのだ。
しかし――まだ何も始まってすら、いなかったのだ。
「オイオイ、なんだこりゃぁ?」
ギルドの扉が乱暴に開き、空気が一段、重くなる。
入ってきたのは、壁のような体格をした冒険者――ゲイツ。
分厚い首、岩のような腕、使い込まれた大剣。
この辺りのギルドに顔を出す者なら、知らぬ者はいない男だった。
「……あーあ」
床に転がる三人を一瞥し、ゲイツは舌打ちする。
弟分たちだ。完全に伸びている。
「やってくれたなぁ。俺の顔に、泥を塗るってのはよ……」
ギリ、と床板が鳴るほどの足取りで近づき、ゲイツはカズトを中心に、周囲の冒険者たちに目配せした。
「囲め」
短い一言。
それだけで、数人の冒険者が自然と距離を詰める。
無駄のない動き。場数が違う。
(……マズい。今度こそ、ヤバい)
直感が、今度ははっきりと警鐘を鳴らしていた。
次の瞬間。
ゲイツの拳が、唸りを上げて飛んできた。
「っ――!」
避けた、つもりだった。
だが拳は、まるで進路を修正するかのようにカズトの肩を掠め、衝撃が骨にまで響く。
「ぐっ……!」
よろめいたところへ、容赦のない追撃。
足払い、肘、掌底。
どれも教本通り、だが“殺さない程度”に力を抑えた、熟練者の技。
「ほらほら! どうした!?」
翻弄される。
完全に、いいように転がされていた。
(動きが……見えない……!)
カズトは必死に目で追い、体を動かすが、反応が一拍遅れる。
殴られ、吹き飛び、床を転がる。
――それでも。
「……まだ、立つかよ」
ゲイツの声に、わずかな苛立ちが混じる。
普通なら、とっくに気絶している。
だがカズトは、ふらつきながらも、歯を食いしばって立ち上がった。
「……っ、効いた……」
効いている。これが熟練の冒険者の力かよ・・・・・・
確かに、痛い。
だが――折れていない。意識も、飛んでいない。
「チッ……なんだこいつ」
再び拳。
今度は腹。
鈍い音が響き、カズトは壁に叩きつけられる。
それでも、崩れ落ちない。
「打たれ強すぎだろ……!」
ゲイツは息を吐く。
自分の方が、肩で息をしていることに気づき、眉をひそめた。
(おかしい……)
手応えは、確実にある。
だが、決定打にならない。
殴っている側の体力だけが、じわじわ削られていく。
「……クソが」
ゲイツの動きが、ほんの僅か、鈍った。
その瞬間。
カズトは、無意識に踏み込んでいた。
技も何もない。
ただ、全体重を乗せた、渾身の一撃。
「――っらぁ!!」
拳が、ゲイツの鳩尾にめり込む。
「――がっ!?」
空気を吐き出すような声。
巨体が一歩、二歩、後退し、膝をつく。
「……マジかよ……」
ゲイツは、床を睨んだまま、動かなくなった。
意識はあるが・・・・・・体が重く動けない。
駆け出しのころ、オークに喰らわされて以来の衝撃だった。
――静寂。
ギルドに残ったのは、荒い呼吸と、驚愕の視線。
素人の動き。だが、異様なまでの耐久力で、熟練者の攻撃をすべて凌ぎ切り、最後に立っていのは、カズトだった。
「…………」
カズトは、ようやく力を抜き、膝に手をついた。
「……いや、ホントに……なんでこうなる……」
誰にともなく漏れたその呟きは、
波乱しか予感させない未来を、静かに告げていた。
◇
ギルドでの騒ぎの後……。
結果から言えば、すべては丸く――いや、妙な形で収まった。
登録手続きは滞りなく終わり、気がつけばカズトたちは、ギルド併設の酒場で盛大な宴の中心にいた。
「いやぁ! さっきは悪かったな!」
「新人であの根性は大したもんだ!」
「ゲイツさんとやり合うなんて、お前は凄い奴だ」
ゲイツをはじめ、さっきまで険悪だった冒険者たちが、今や肩を組んで酒を注いでくる。
さっきまで床に転がっていた連中も、鼻に詰め物をしながら笑っていた。
「……冒険者って、こういう生き物なのか?」
カズトは苦笑しつつ、差し出されたジョッキを受け取る。
一方で――。
「ルミナスちゃん! もう一杯どうだい?」
「聖女様みたいだなぁ……!」
「ルミナスちゃん、是非お付き合いをっ!」
ルミナスの周りには、自然と人垣ができていた。
柔らかな物腰と穏やかな笑顔は、荒くれ者揃いの冒険者たちに驚くほど好評らしい。
「い、いえ……ありがとうございます。でも……」
困ったように微笑みつつも、一定以上は近づかせない距離感。
その理由を、彼女はあっさりと口にする。
「私はおにいちゃんのお嫁さんなので、お付き合いはちょっと・・・・・・」
「「「……は?」」」
瞬間、嫉妬の視線がカズトに向けられる。
しかし、場の空気を読まない奴というのは、どこにでもいるもので・・・・・・。
「そんなこと言わずにさぁ・・・・・・」
一瞬の静寂。
次の瞬間――
調子に乗って肩に手を伸ばしかけていた冒険者が、無言で床に沈んだ。
「……虫がいた。」
カズトは拳を振り抜いた姿勢のまま、ため息をつく。
周囲は一拍遅れて大爆笑に包まれた。
「はっはっは! たしかになぁ!」
「なるほど、ルミナスちゃんに虫を近づかせないってかぁ!」
ルミナスは頬を赤らめ、リズレットは干し肉を咥えたまま首を傾げている。
「つがい?」
カズトと自分、そしてルミナスを指さすリズレット。
「少し違う……かな?」
リズは番というよりペット枠だ。
リズレットの前には、いつの間にか肉の山が築かれていた。
串焼き、煮込み、厚切りステーキ。
「食え食え! 獣人は遠慮するな!」
「よく食うやつは強くなる!」
「……うまい」
黙々と肉を平らげるリズレットに、冒険者たちは目を細める。
どうやらこのギルドでは、獣人に対する偏見はほとんどないらしい。
「さて」
酒気を帯びた声で、ゲイツがカズトの隣に腰を下ろす。
「冒険者稼業について、ちょっと教えといてやる」
依頼の選び方、危険度の見極め、
信用が第一、だからこそ相手を信用するな。
仲間を作る意味と、背中を預ける覚悟。
一度仲間と認めたなら、何があっても信じ抜け。
裏切られても構わない、そう思える相手以外は、仲間に迎え入れるな。
貴族相手の依頼は慎重に。
生き延びたければ、魔王のダンジョンに手を出すな。
などなど・・・・・・
荒っぽい言葉ながら、その内容は実に実践的だった。
「お前はな、動きは素人だが――折れねぇ・・・・・・それは才能だ。鍛えりゃ、化ける」
「……そう、なのか?」
「少なくとも、ここで生き残る資格はある」
杯が鳴り、笑い声が重なり、夜はゆっくりと更けていく。
殴って、殴られて、酒を飲んで、肉を食って、笑って。
カズトはふと思う。
(……なんだかんだで、冒険者としての一歩は、もう踏み出してるのかもな)
波乱の幕開け。
だがそれは、案外――悪くない始まりだった。
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