魔王様のハーレムな街
その日、シャガートの街に激震が走った。
布告された告知内容は、「シャガートの街は魔王の支配下にある」というものだった。
魔王の支配下にあるとはいっても、支配する貴族が魔王に変わるだけで、今までの生活と何ら変わりない。
少なくとも、布告文を読み上げた役人はそう締めくくった。
市場は翌日も開き、税の徴収方法も変わらず、夜警の交代時刻すら以前のままだという。
だが、人々の胸に走ったざわめきまでは、言葉一つで抑えられるものではなかった。
「魔王」という二文字が持つ重みは、日常の細部にじわじわと染み込んでいく。
酒場では声を潜めた噂話が増え、祈りの言葉はいつもより長くなり、子どもたちは理由もわからぬまま親の背にしがみついた。
街の中央広場に掲げられた新たな紋章――黒地に赤く刻まれた角の印――は、
変わらぬ日常の上に、確かに「何かが変わった」ことを静かに告げていた。
人々はまだ知らない。
この支配が、本当に何も変えないのか、それとも――
ゆっくりと、確実に、運命そのものを書き換えていく始まりなのかを。
翌日、再び街に鐘の音が響いた。
前日よりも人だかりは多く、皆が固唾を呑んで代官の口を見つめていた。
告知は、意外なほど具体的で、現実的だった。
まず代官について。
シャガートの新たな代官は、パンニャ領主の娘――シーラが務めるという。
若いが行政に明るく、復興事業の実務を任されてきた人物だと補足が入る。
次に税の話。
街の復興には時間がかかるため、向こう三年間、税率を引き下げる。
その言葉に、広場の空気がわずかに緩んだ。
続いて商業と交易。
制度を大幅に見直すため、商人ギルド所属の者はギルドにて手続きを行うこと。
既存の利権や関所の扱いも再検討されるらしい。
冒険者や傭兵についても触れられた。
各ギルドで説明を受けること。
依頼体系や報酬基準が変わる可能性がある、と。
さらに、
「現在困っていることがあれば、遠慮なく申し出よ」
という一文が読み上げられた時、民衆の間に小さなどよめきが走った。
為政者の口から、あまりにも真っ当な言葉が出てきたからだ。
そのほかにも、「魔王の支配する街で暮らしていきたくないと強く願うのであれば、街から出ていくことを許可する。ただし、三日後までだ」という布告を聞いた時、人々はさらにどよめく。
人の流出は、税収に直結するため、貴族たちが最も嫌がることだ。だから、各街の移住は条件が厳しいのは当たり前なのだが、新たな為政者は無条件で認めるという。
魔王という言葉におびえていたが、案外良い為政者なのではないだろうか?
人々の心の中にそんな考えが芽生える。
――ここまでは。
そして最後に告げられた告知文の最下段。
役人は一瞬、読み上げるのをためらったように喉を鳴らし、それから淡々と告げた。
「魔王のハーレム要員を募集する。希望者は5日後に指定の場所へ来るように」
一拍の沈黙。
次の瞬間、広場は騒然となった。
冗談だと思う者、耳を疑う者、顔を赤らめる者、そして――なぜか真剣に条件を確認し始める者。
先ほどまでの合理的で現実的な告知の数々が、この一文によって一気に異質な色を帯びる。
税を下げ、制度を整え、困りごとを聞き、そのうえで――ハーレム。
人々は混乱しながらも、否応なく理解し始めていた。
この街を支配する「魔王」は、単なる暴君でも、単なる恐怖の象徴でもない。
人間の常識のすぐ隣で、まったく別の価値観を持つ存在なのだと。
シャガートの街は、この日を境に、恐怖と安堵と困惑が奇妙に混ざり合った、新しい日常へと足を踏み入れるのだった。
◇
執務室に、乾いた音が響いた。
机を叩いたのはエルの拳だ。
「あんたばかなのっ!」
怒声を真正面から浴び、カズトは思わず肩をすくめた。
原因は言うまでもない。――あの、街中を騒がせたハーレム募集の告知である。
「……で?」
シーラは書類の束を胸に抱えたまま、冷めた視線を向けた。
「本気で集まると思ってます?」
その声音には、期待も怒りもない。
ただ純粋な呆れだけが滲んでいた。
「いや、だってさ」
カズトは苦笑いを浮かべ、両手を広げる。
「俺はただ――」
一瞬、間を置いてから、腹の底から叫ぶ。
「素直で、可愛くて、甘やかしてくれて、エッチさせてくれる女の子が欲しいんだよ!」
あまりにも率直で、あまりにも身勝手な本音。
しかし、その叫びが空気を震わせたのは、ほんの一瞬だけだった。
沈黙。
エルはこめかみを押さえ、深く息を吐く。
シーラは目を伏せ、ゆっくりと首を横に振った。
「……そういう話じゃないんです」
シーラの声は静かで、逆に残酷だった。
「それを公式にやったことが問題なんですよ」
「そうそう!」
エルがすかさず続ける。
「魔王が公的な布告で何言ってんのよ!街の復興だの制度改革だの、真面目な話の最後にアレ!?信頼が一気に吹き飛ぶって分かんない!?」
「えぇ……」
カズトは初めて、完全に言葉を失った。
彼の“心からの叫び”は、エルの怒りにも、シーラの理性にも、かすりもしなかったらしい。
「……最低限、言い方というものがあるでしょう」
こめかみを押さえながら、シーラが深いため息をつく。
その隣でエルは腕を組み、完全に呆れ切った目でカズトを睨んでいた。
「だいたいね! 魔王が街の公式布告でハーレム募集なんて出したら、どう思われるか分かってる!?」
「ああいうのは裏で、静かに、誰にも知られずにやるものでしょ!」
「いや、だからさ」
カズトは悪びれもせず頭をかき、真顔で続ける。
「誠実に募集した方が、後腐れなくていいかなって」
「誠実の方向性が致命的に間違ってます」
シーラのツッコミは即座だった。
「第一、条件も何も書いてないでしょう。身元確認も、年齢も、適性も」
「応募が殺到したらどうするつもりだったんですか」
「え? 書類選考?」
「やめなさい」
エルが即座に遮る。
「そもそも、あんたが欲しいのって――」
「素直で可愛くて甘やかしてくれて、エッチさせてくれる女の子だろ?」
カズトは胸を張って言い切った。
沈黙。
シーラは無言でペンを置き、エルは無言で額に手を当てた。
「……あのですね、カズト様」
シーラは極めて冷静な声で言う。
「それは理想像であって、募集要項ではありません」
「それに」
エルが鋭く続ける。
「仮に集まったとしても、全員あんたの理想どおりだと思う?現実って、もっと残酷よ?」
「えー……」
初めて、カズトの表情にわずかな不安がよぎる。
「というわけで」
シーラは書類をまとめ、きっぱり宣言した。
「今回は仕方がないですが、ハーレム募集の告知は取りやめ。代わりに、正式な身分制度と居住支援の告知に差し替えます」
「え、じゃあ俺の夢は?」
「夢は夜に見るものです」
「冷たくない!?」
エルはくるりと背を向け、肩越しに一言だけ投げた。
「はぁ、とりあえずは告知しちゃったから、今回だけは許すけど……。5日後に誰も来なくても肩落とすんじゃないわよ?」
「ぐっ……いや、広間を埋めつくさんばかりの人数が集まるかもしれないじゃないかっ!」
「そうね、そんな奇跡が起きたら、あなたの望みをなんだってかなえてあげるわよ。勿論、私にできる範囲でね。その代わり、一人も来なかったらあなたは奴隷よ?」
エルはそう言い、笑いながら執務室を出ていった。
「いいんですか?あんな約束して。」
シーラが心配そうに声をかけてくる。
「だ、大丈夫だ。俺様の魅力があれば、30人や50人ぐらい集まるさ。」
カズトは乾いた笑いを押し出す。
「その……あまり言いたくないのですが……この街の人たちは魔王様の事を、全く知らないですよね?それで魅力と言われても……。」
シーラの言葉に、カズトはその場で崩れ落ちるのだった。
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