領主との交渉 後編
その後も、交渉の席は解かれなかった。
議題は次々と移り、やがて冒険者ギルドをはじめとする、各種ギルドの扱いについての話へと進む。
商業、職人、運送――それらと並び、特に慎重に扱われたのが、傭兵や冒険者たちの存在だった。
「彼らは、魔物討伐を生業とする者たちだ。」
ゲハルトが言葉を選びながら説明する。
「魔王領と隣接する以上、衝突は避けられまい。討伐依頼が出た場合、どう扱うべきか……」
カズトは少し考える素振りを見せた後、首を横に振った。
「問題はないだろ。制限はかけない」
あまりにあっさりとした答えに、ゲハルトが目を瞬かせる。
「今まで通りで構わない。冒険者ギルドも、傭兵団も、魔物討伐の依頼を出していい。むしろ、シャガートの街の冒険者ギルドを拡張してもいいぐらいだ。」
シリルが横目でカズトを見ながら囁く。
(ずいぶん寛大ね)
(まぁな。魔物素材が容易に手に入るのは悪いことじゃないし、税収も潤う)
魔物は魔族にとって、人族から見た獣と変わらない。
時には食料として、時には素材として利用価値が高いという点も何ら変わりなく、討伐そのものに忌避感は感じない。
だが、カズトはこれだけははっきりとさせておく、と続けた。
「ただし、一つだけ、はっきりさせておく」
声音が、わずかに低くなる。
「すべては――自己責任だ」
「自己責任、とは?」
「魔王領と認められた地域に踏み込み、俺の配下や魔族に刃を向けた結果、返り討ちに遭ったとしても……」
カズトは、淡々と言い切った。
「それを理由に、“魔王が攻めてきた”“魔族が暴れた””条約違反だ”などと言われるのは御免だ」
沈黙が落ちる。
ゲハルトは、ゆっくりと理解したように頷いた。
「なるほど……冒険者は自由だが、守られる存在ではない、と」
「そうだ。人間の領域に入り込んだ魔物が討たれるのと同じ」
カズトの視線は、揺るがない。
「魔王領に踏み込むなら、そこは“敵地”だと覚悟してもらう。」
エルが静かに付け加える。
「不要な越境や、無謀な討伐行為は、結果的に冒険者自身の命を削るだけです。その覚悟がなければ来ない方がいいでしょう。もっとも……そんなことを冒険者たちに言えば、”当たり前だ”と笑われるでしょうけどね。」
「後、魔物と魔族の区別はしっかりしてもらいたい。魔物を狩るのは構わないが、魔族に対して刃を向けるのは、そちらでいう「殺人」と同義だと思ってほしい」
「フム……しかし、魔族と魔物の区分はどこにある?」
ゲハルトの疑問に答えたのはエルだった。
「そうね、基本的に、魔族も私たちのように人型を取っているものが多いわ。でも一番の差は言葉を話すことかしら?もっとも、人型じゃなくても言葉を話す魔族はいるし、人型を取っている魔物もいるから、あいまいな部分があるのは認めるけど。」
「なるほど」
ゲハルトは腕を組み、しばらく考えた後、重々しく頷いた。
「理解した。ギルド側には、明確に通達しよう」
カズトは少しだけ肩の力を抜いた。
(冒険者を返り討ちにしただけで、“魔王が侵略を始めた”なんて言われたら、たまったものじゃないからな)
戦争を避けるためには、線引きを曖昧にしてはいけない。
自由と責任――それをはっきり分けることが、平穏への近道だ。
その日の交渉は、剣ではなく言葉で、静かに領土の境界を刻んでいった。
こうして――
魔族と人間の領主との間で交わされたのは、恐怖でも服従でもない。
あまりにも「普通」で、しかし確かな、対等な盟約だった。
「あ、……と、それで……だな。」
すべての条件が合意に至り、場の緊張がわずかに緩む。そしてこれで終わりかと思った、その瞬間だった。
ゲハルトが珍しく言葉を詰まらせ、咳払いを一つしてから視線を泳がせる。
「……もう一つ、条件というか……いや、要望だ」
カズトは無言で先を促す。
シリルは眉をわずかに上げ、エルは腕を組んだまま様子を眺めていた。
「その……シリル殿を、だな」
ゲハルトは明らかに歯切れが悪かった。
「外交官として、しばらく領都にとどめてはもらえんだろうか」
一瞬、沈黙。
「い、いや! 誤解するな! 決して下心などではないぞ!?」
ゲハルトは慌てて両手を振る。
「魔王領との交渉窓口として、これほど適任な者はいない!高位魔族であり、理知的で、人間の慣習にも通じておる!これは純粋に、領政上の必要性からであって……」
言い訳が、どんどん早口になる。
「第一、他国との牽制にもなるし、情報共有も円滑になるし、決して、その……威圧感がちょっと心強いとか、その見目麗しさが心地よいとか、そういう個人的な理由では・・・・・・」
そこまで聞いて。
エルが、ふっと口元を緩めた。
いつもの冷ややかな笑みではない。
どこか愉快そうで、悪戯を見つけた子供のような――にっこりとした微笑み。
(あらあら……)
そして、その視線を受け取ったシリルが、一歩前に出る。
腰に手を当て、わざと首を傾げ、艶やかな笑みを浮かべて――
「……私が欲しいのぉ?」
甘く、からかうような声。
「領主さま、そんなに必死になってぇ……。あ、もしかして、外交官じゃなくて、私そのものが?」
ゲハルトの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。
「ち、違う!! 断じて違う!!……いや、違わんと言えば違わんが、そういう意味ではなく!!」
言葉が完全に迷子になっている。
カズトは思わず、視線を逸らした。
(ああ……完全に遊ばれてるな……)
エルは肩を小さく震わせ、楽しそうに告げる。
「安心なさい、領主さま。シリルは“外交官”として《《も》》、とても優秀ですから」
その言い方が、余計に意味深だった。
シリルはさらに一歩、机に身を乗り出す。
「でもねぇ……私、魔王さま付きなのよぉ。勝手に決められちゃうと、困っちゃうなぁ?」
視線が、今度はカズトへ向けられる。
場の主導権は、完全に彼女たちのものだった。
その揶揄うような視線を受け、カズトは、深く息を吐いた。
「……はぁ」
そのため息には、呆れと計算と、ほんの少しの諦観が混じっていた。
「シリルを領都に残す、って話だけど……条件付きなら認める」
ゲハルトが背筋を正す。
「条件、だと?」
「領都の中に、“娼館”を一つ設置してもらう」
一瞬、室内の空気が止まった。
「……は?」
間の抜けた声を漏らしたのはゲハルトだけではない。
シリルも目を瞬かせ、エルでさえ一瞬だけ眉を上げた。
カズトは淡々と続ける。
「表向きは普通の娼館でいい。オーナーも従業員も――全員、人間ということにしておく」
そして、さらりと付け加えた。
「実際には、サキュバス族が運営する」
ゲハルトは固まった。
「……さ、サキュ……何だと?」
「内緒で、ってことだ」
カズトは視線を外し、どこか遠い目になる。
「正直に言うとさ。シャガートの街にも、サキュバスの娼館を建てる予定だったんだ」
シリルは、くすっと笑う。
「あらぁ、そうだったの?」
「ところが……希望者が多すぎてな」
カズトは肩をすくめた。
「一店舗じゃ到底足りない。配置をどうするかで、揉め始めてて……俺も困ってたところだ」
エルが、すべてを理解したように頷く。
「なるほど。 分散配置、ということね」
「そういうこと」
カズトはゲハルトへ視線を戻す。
「領都に一つ置ければ、希望者の受け皿になる。それに・・・・・・」
一瞬だけ、魔王としての鋭さが滲む。
「サキュバスの“ネットワーク”を通じて、領都の情報が自然に入ってくる。政治、経済、人の動き……全部だ」
沈黙。
ゲハルトは額に手を当て、しばらく考え込んだ末、苦笑した。
「……魔王殿。あなたは本当に、戦争よりも“仕組み”で世界を動かすお方だな」
「血を流さない方が、安上がりだろ?」
ゲハルトは、ゆっくりと頷いた。
「よかろう。その条件、飲もう。そして、シリルの身の安全は、こちらが責任を持つことを約束する。」
シリルが、満足そうに微笑む。
「まぁ、正式に預けられちゃうのね、私」
からかうような声音に、ゲハルトは苦笑しながらも頭を下げた。
カズトは、その様子を見て小さく息を吐く。
(悪くない条件だろ)
サキュバスの居場所は確保できる。
情報網も手に入る。
そして何より――無用な火種を、一つ減らせた。
魔王は静かに思う。
(やっぱり、戦争より交渉だよな)
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