演習 5
「ふぅ……そういう事ね。」
冷静になったシーラは、アリーナにイヤリングの魔道具で伝言を送る。
「アリーナさん、そのままメイさんをお願いします」
返事はなかった……余裕がないのだろう……が、ちゃんと伝わっていることは間違いない。
カズトによって指摘された「悪い結果ではない」という事。
あのままメイを他所に投入されていたら、負けは確定していた。
しかし、現在、敵の最大戦力であるメイは、アリーナによって抑え込まれている。
メイがその場にいる以上、眷属扱いのバトルメイドたちも動けない……そういう決まりになっているからだ。
また、二人の発するプレッシャーのため、北門付近の魔物たちは、その場から動けずにいる。
アリーナが倒した魔物の数と残っている魔物たちの数からみて、オークやトロールといった中位クラスの魔物は、他にはいないとわかる。
また、メイたち以外の上位種は、すべて南門に向かっているようだが、反撃以外の攻撃はしてこないので、南門を守る冒険者たちには専守防衛を徹底させれば、刻限までは持たせることが出来るだろう。
となれば、あとは東門を死守すること……。
「となれば……勝負は最後の一刻ね。」
シーラはそう考えると各所に伝言を飛ばすのだった。
◇
「一体どういうことだよ。」
南門の、防衛の指揮を執っている、Aランク冒険者パーティ「暁の翼」のリーダー、カンナギがギルド長のガイゼルに詰め寄る。
「どうもこうも、言ったとおりだ。」
「だから、それがわかんねぇって言ってるんだよっ!」
カンナギが先ほど受けたのは「明日の夕刻までウルフを近づけるな。上位種には手を出すな。」というもの。
言ってることは単純明快なのだが、わからないのはその意図するところだ。
今、シャガートの街は、魔物に取り囲まれている。
東門では、今にも押し込まれそうなところをギリギリ凌いでいるというし、北門に至っては、女の子が一人で守ってると聞く。
たとえそれが噂に名高い「勇者姫」だとしても、一人に丸投げするのは、Aランク冒険者として、何より、一人の男としての矜持が許さない。
幸いにも、この南門はウルフ種の数が多いとはいえ、カタパルトもあるし、比較的余裕がある。
なぜかわからないが、上位種であろうオーガたちは、離れた所から見ているだけで、攻撃の気配はない。
おかげで現在は、カタパルトの威嚇だけでウルフ種を抑え込んでいて、冒険者たちには余裕が出来ていた。
だからこそ、北門もしくは東門へと向かうべきじゃないのか?
カンナギはそう思うのだが、ギルドマスターの言葉は「この場を死守」の一言だけ。そして「余裕があるなら休んで英気を養え」とのことだった。
今、この瞬間にも、他の門では死闘を繰り広げているというのに、休んでなんかいられない。ギルドマスターであればそれくらいのことはわかっているだろうに。
カンナギの胸中に渦巻く焦燥を、ガイゼルは静かな目で受け止めていた。
「……お前の言い分はもっともだ、カンナギ。」
ガイゼルはそう前置きしてから、低く、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。
「だがな、今は“戦力を動かす時”じゃない。“時間を稼ぐ時”だ。」
「時間だぁ?」
噛みつくように問い返すカンナギに、ガイゼルは南門の外――闇の向こうを一瞥した。
「ウルフどもが妙に統率されているのは気づいているな?」
「ああ。斥候も、囮も、連携も、野生にしちゃ出来すぎだ。」
「だとしたら答えは一つだ。」
ガイゼルは地図の上に指を置き、南門の外側をなぞる。
「奴らの“本命”は別にいる。そして、そいつが動く条件が――明日の夕刻だ。」
カンナギは言葉を失った。
本命。条件。時間指定。
すべてが不穏すぎる。
「……じゃあ、北門は?」
「勇者姫に任せておけば心配ない。」
即答だった。
「東もな。厳しい戦いになるが、落ちることは想定していない。北門については、《《上》》からの指令もある。現に、勇者姫は敵の最大戦力を足止めしてくれているそうだ。」
女の子が一人で守っている、という噂の裏に、ギルドマスターなりの算段があることは理解できるそして、ギルドマスターも、それより上からの指令に逆らえないことも……。
だが、それでも――。
「それでもよ、ガイゼル。」
カンナギは拳を握りしめた。
「仲間が死ぬかもしれねぇって時に、ここで待てってのは……」
「だからだ。」
ガイゼルの声が、わずかに強くなる。
「お前たち『暁の翼』が消耗するわけにはいかん。明日の夕刻、“それ”が姿を現した時、真正面から止められるのは――現在余裕がある南門の戦力だけだ。」
沈黙が落ちた。
ウルフの遠吠えが、夜気を震わせる。
「……もし、俺が命令を破ったら?」
試すようにカンナギが言う。
ガイゼルは一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。
「その時は、街が滅ぶ可能性が跳ね上がる。それでも行くなら、止めはせん。」
カンナギは歯を食いしばり、やがて深く息を吐いた。
「……くそったれ。」
悪態とともに、背を向ける。
「わかったよ。ここを死守すりゃいいんだろ。明日の夕刻まで、ウルフ一匹たりとも近づけねぇ。」
その背中に、ガイゼルは小さく言った。
「信じているぞ。だからこそ任せた。」
南門の火が揺れる。
嵐の前の静けさの中で、時間だけが、確実に刻まれていた。
◇
キィンッ!
金属同士がぶつかり合う高音が、張りつめた空気を切り裂いた。
メイの剣は迷いがない。鋭く、速く、そして正確だ。連撃の一つひとつが洗練されていて、剣術の完成度では明らかに彼女が上だった。斜めから振り下ろされる一太刀を、アリーナは半歩引いて受け流し、返す刃を最小限の動きで弾く。火花が散り、手首に鈍い衝撃が残る。それでも体勢は崩さない。
「見事だね、アリーナ」
剣を交えたまま、メイは感嘆を隠さずに言った。
「この攻めをここまで捌けるなんて、大分腕を上げたね。相当鍛えてる」
だがアリーナは唇を噛み、言葉を返さない。称賛されても、胸に浮かぶのは悔しさだけだった。攻める余裕はなく、防いで、防いで、ただ耐えているだけ。褒められるのは“負けていない”という事実であって、“勝っている”わけではない。
――それでも。
彼女の腕に力がこもる。足が軋み、呼吸が荒くなっても、剣を下げるつもりはなかった。ここは譲れない。退けば、その先にあるものが壊れてしまう。
再び剣がぶつかり合い、鋭い音がアリーナの決意を代弁するかのように響いた。防戦一方でもいい。今はただ、この場所を――この瞬間を、何としても守り切るただそれだけの想いで剣を振るう。
キィン、キンッ――。
剣戟は途切れない。火花を散らしながら、二人の距離は常に刃一枚分を保っていた。
「……ねえ、アリーナ」
メイは斬り結びながら、ふっと声の調子を落とした。横薙ぎの一撃を放ち、その反動で体を回しつつ続ける。
「私がホムンクルスってことは知ってるよね?」
突きが来る。アリーナは剣の腹で受け、弾く。衝撃が腕に走る。
「だからね、能力に“上限”があるの。作られた時点で、これ以上伸びないって線が、最初から引かれてる」
メイの剣は相変わらず冴え渡り、無駄がない。その完成度が、言葉の重みを裏打ちしていた。
「訓練は意味がない。何度繰り返しても、できることは変わらない」
打ち下ろしと同時に、メイは微笑む。
「でも、あなたは違うわ」
連撃を捌き切り、アリーナは歯を食いしばったまま間合いを詰めさせない。
「愚直に、何度も何度も修練して……。血を吐くほどやって、ちゃんと“強くなっている”」
剣と剣が噛み合い、鍔迫り合いになる。至近距離で、メイの瞳がまっすぐアリーナを射抜いた。
「であったころと比べても、あなたは強くなっている。それって、簡単なことじゃないよ。少なくとも、私にはできないわ。」
押し合いが弾け、再び距離が開く。
「だからね」
メイは剣を構え直し、心からの敬意を込めて言った。
「今のあなたを、素直に絶賛します。防いでるだけ? 違います。これは“積み重ねた人間”にしかできない剣です。……あの方の横に並び立つにふさわしいと、この私が認めます。」
金属音が再び響く。その中で、メイの言葉だけが、不思議なほど真っ直ぐに残っていた。
・
・
・
二人の打ち合いは、なおも続く。
もはや言葉は交わされない。呼吸と剣、そのすべてが意思となってぶつかり合っていた。
はた目から見れば、互角。
互いに一歩も譲らず、致命の一撃は未だ生まれていない。だが、その均衡は、静かに、確実に傾き始めていた。
「……ほんと、凄い。だけど……そろそろ終わりですね。」
不意に、メイの声が落ちた。感嘆と惜別が混じった、静かな声音。
その直後――剣の軌道が変わる。
キィンッ!
一段、速い。
否、二段、三段と、明確に加速していた。今まで抑えられていた刃が、堰を切ったように牙を剥く。
夕刻が迫っている。
傾きかけた陽が、二人の影を長く引き伸ばす。その朱に染まる空の下で、アリーナの視界はわずかに揺れた。
――重い。
腕が、脚が、肺が。
昨夕から一度も途切れなかった戦いは、確実に彼女の体力を削り尽くしていた。剣を受けるたび、衝撃が芯まで響き、反応が半拍遅れるのを自覚してしまう。
それでも、剣は下げない。
ここまで来た。ここまで守った。
だが、メイの刃は容赦なく、その“限界”を正確に突いてくる。
キン、キィンッ――!
弾いたはずの剣が、完全には逸らせない。足が半歩、遅れる。
均衡は、まだ崩れてはいない。だが――終止符は、すぐそこまで来ていた。
沈みゆく夕陽が、最後の戦いを照らしていた。
・
・
・
「アリーナ、あなたはよく頑張った。誇っていい。」
夕闇が降り始める中、地面に倒れ伏したアリーナへ、メイは静かにそう声をかけた。剣はすでに下ろされ、その切っ先はもはや彼女に向けられてはいない。
勝負は、最後まで互角だった。
剣の技も、判断も、心の強さも――決定的な差は、どこにもなかった。
明暗を分けたのは、ただ一つ。
スタミナ。
ホムンクルスであるメイは、魔力が巡り続ける限り、疲労という枷に縛られない。筋肉は悲鳴を上げず、呼吸は乱れず、時間そのものが味方をする。
一方で、アリーナはただの人間だった。血が流れ、肺が焼け、限界が必ず訪れる存在。
それでも――
昨夕から丸一日、剣を握り続けたこと自体が、人間離れしている。何度も倒れてもおかしくなかった。とっくに膝を折っていても、誰も責めはしなかっただろう。
それでも彼女は立ち続け、守り続け、最後の一瞬まで剣を離さなかった。
だが、無尽蔵のスタミナを持つホムンクルスには、ほんのわずかに届かなかった。
その差は残酷で、そしてどうしようもない世界の理だった。
メイは夕焼けに染まる空を一瞬見上げ、それからアリーナへ視線を戻す。
そこにあるのは勝者の慢心ではなく、深い敬意だった。
敗北は、弱さの証ではない。
この戦いでそれを示したのは、他ならぬアリーナ自身だった。
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