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魔王様のハーレムダンジョン ~俺は、ハーレム王になるっ~  作者: Red/春日玲音


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演習 2

扉が閉まり、重厚な足音が完全に遠ざかったのを確認した瞬間だった。


「――怖かったよぉっ!」


張り詰めていた糸が切れたように、シーラは一気に表情を崩し、勢いよくアリーナに飛びついた。

さっきまでの冷静沈着な領主令嬢の面影はなく、腕に顔を埋めて震えるその姿は、年相応の少女そのものだった。


「あなたねぇ……」

アリーナは少し呆れたように眉をひそめる。

「誰かに見られたら、どうするのよ」


そう叱りながらも、突き放すことはしない。

しっかりと腕を回し、優しく抱き留める。


「だって……」

シーラはくぐもった声で続ける。

「みんな、あんな目で見てきて……。間違えたら、街を見捨てることになったかもしれないし……」


「はぁ、あなたはよくやったわよ」

アリーナは静かに言った。


その一言に、シーラの肩が小さく揺れる。


「怖いのに、逃げなかった……甘いことを言えば、きっと利用されていた。それを分かっていて、ちゃんと“線”を引いた」


アリーナは、シーラの髪を撫でる。

戦場で数え切れない修羅場をくぐり抜けてきた勇者姫の手は、驚くほど穏やかだった。


「私はね、正直、あなたを見誤っていたわ。ただの甘えたお嬢様だと思っていた……だけど、あなたはしっかりと《《役目》》を果たせる……そういう強さを持っているのは、素直にすごいと思うわ」


「……ほんと?」

顔を上げるシーラの目は、少し赤い。


「ええ、本当」

アリーナは微笑む。

「だから今だけは許してあげる」


抱きしめ返してくるアリーナに、シーラは、もう一度ぎゅっと抱きついた。

外ではまだ、魔物が吼えている。

魔物の恐怖に人々が怯えている。


それでもこの小さな空間だけは、

二人にとって、ほんのひとときの安全な場所だった。



シーラは、背筋を伸ばし、卓の前に立った。

先ほどまでのアリーナと二人でいた時の幼さは影を潜め、その瞳には迷いのない光が宿っている。


「アヴグスト」


名を呼ばれただけで、街長は背筋を跳ね上げた。


「非戦闘員の避難誘導を。老人、子供、負傷者を最優先。地下倉庫と西側の石造区画を使いなさい。最悪の場合は西門から王都方面へ逃げれるように」

淡々と、しかし具体的だ。

「混乱を抑えるため、“街長の命令”として布告を出すのよ。あなたの顔が必要なの」


「は、はい!」

アヴグストは反射的に頭を下げた。

責任を押し付けられる恐怖ではない。

――役割を与えられた安堵が、そこにあった。


「ガイゼル」


冒険者ギルドマスターが一歩前に出る。


「冒険者は東門へ集中配置。魔物の主力はあそこに向かっている」

地図に指を走らせる。

「他の門は今は最小限でいい。見張りと伝令だけ残し、戦力は分散させないで」


「了解だ」

ガイゼルは短く答えた。

無駄がない。

現場を知る者の判断だと、彼は直感していた。


「報酬は?」

「街の人々の笑顔と感謝の声……それだけじゃ不満?」

シーラの答えに言葉を失うガイゼル。

「冗談よ。後で正式に出すわ。命を賭ける価値は保証する」


その言葉に、彼は居住まいをただし、にやりと笑った。

「十分だ」


「カッター」


呼ばれた瞬間、商業ギルドマスターは身構える。


「食料と資材の供出を。三日分でいいわ」

一瞬の間を置き、きっぱりと言い切る。

「ただし、栄養と味は妥協を許しません」


「なっ……味、ですと?」

思わず声が裏返る。


「空腹と不味い食事は、士気を殺します」

シーラは冷静に続けた。

「戦う人間も、逃げる人間も同じ。弱らせる理由はないでしょう?」


カッターは言葉を失い、やがて苦笑した。

「……分かりましたよ」

損得勘定の奥で、別の理解が芽生えていた。

――この娘は、今の数字だけで街を見ていない。しかし、その先をも見据えている。

――つまりは、将来への投資だ。

カッターはそう思うことにした。

そう思わなければ、目の前にある損害を受け止めきれないからだ。



最後に、シーラは全員を見渡す。


「私は中央で全体指揮を執ります。状況は一刻ごとに変わりますからすぐ報告を」


短い沈黙の後、《《三人》》が一斉に頷いた。

グローハラは、今地下牢にいる。

ハルゲルの、直接指揮下にあるようなものを野放しにはしておけないのだ。


もはや誰も、彼女を“保護される令嬢”とは見ていない。

ここに立つのは、街の命運を背負い、決断を下す指揮官だった。


そしてその背後で、アリーナは静かに腕を組み、微笑む。


――大丈夫。

シーラなら、立派に役目を果たせる。


(さすがはご主人様ね。)

アリーナは窓から魔物たちが迫りくる、さらに向こう側を見つめながら、微笑むのだった。



「ねぇ、アリーナ。カズト様から何か聞いてる?」

緊急にあつらえられた指揮室にて、シーラはアリーナに訊ねる。

ここにはアリーナ以外に誰もいないから、安心して本音で会話ができる。


ここまではカズトの指示通りにできていたと思う。しかしこの後についてはどうすればいいのだろう?


アリーナは地図台の前から視線を上げ、わずかに首を振った。

「いいえ。最後に届いたのは……“ここまでは予定通り。あとは現場判断で”という一文だけです。あと、「指揮はリラが執るから」と。


シーラは小さく息を吐いた。やはり、そう来るか、とおもう。

「カズト様は意地悪ですね。あえて素人のリラに任せることで、私の能力を図ろうだなんて。」

しかし、アリーナは、そんなシーラにくぎを刺す。

「甘く見てはだめですよ。最近はリラも、マイに師事して色々勉強していると聞いてます。逆に今回の件もシーラさまを踏み台にして、リラの力を向上させるつもり、とも捉えられます。」

「うそっ!じゃぁ、私はリラちゃんの咬ませ犬っ!カズト様酷いっ!」

よよよ……と泣き崩れるシーラを横目にアリーナは室内を見まわす。


臨時で設えられた指揮室は、元はアヴグストの執務室だった場所だ。壁際には急ごしらえの通信結晶、机の上には未整理の報告書が山積みになっている。外からは、部隊の移動に伴う足音と、緊張を含んだざわめきが微かに伝わってきた。


「現場判断、咬ませ犬、ねぇ……」

アリーナは腕を組み、地図に視線を落とす。

「案外、シーラ様のために仕組んでいるようにも見えるけどね。」


アリーナは苦笑するでもなく、淡々と続ける。

「カズト様らしい判断です。全体の流れは作るけれど、その後は私たちに委ねる。リラが指揮する魔物の集団を、シーラ様がどう退けるか?退けるだけの手腕が発揮できるのか?……それを見たいのだと思いますよ?」


その言葉に、シーラの表情が引き締まった。


私の采配次第……。


「斥候からの最新報告は?」

シーラは即座に思考を切り替えた。


「第二防衛線は持ちこたえています。ただし、予想より敵の展開が早い。このままでは、前線が削られます」


「つまり」

シーラは地図上の一点を指で叩いた。

「ここで、私たちが賭けに出る必要がある」


一瞬、指揮室に沈黙が落ちる。

その沈黙を破ったのは、外で鳴った警報結晶の低い音だった。


アリーナは静かに背筋を伸ばす。


「シーラ。指揮権は、あなたにあります」


シーラは目を閉じ、ほんの一拍だけ迷いを噛みしめ――すぐに目を開いた。


「なら……アリーナ。アナタは北門に向かって。そこに、必ず奇襲部隊……少数で門を破れるような、怪力自慢の魔物が来るはずだから。」


その声には、揺らぎはなかった。


アリーナは、シーラから細かい指示を受けると、呼ばれてやってきた、近衛隊の隊長と入れ違うようにして、南門へと向かうのだった。





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