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OWPSシリーズ:乗愛の協奏曲 第弐楽章 強くてニューゲーム「ブラックホールの救済」“Chapter II: Black Hole of Salvation”  作者: 大皇内 成美


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第2章 公開審議の前夜

前書き

詩立乗愛学園は、与えることと測ることが同じ庭に根を張る場所だ。ここでは行為が試験台に載せられ、数式が詩の余白を切り取る。読者はこの物語を通じて、日常の小さな与えがどのように制度と次元を揺らし、個人の選択が世界の秩序に波紋を投げるかを見届けることになる。

本書は詩と論理を並列に扱う。いずみの無償の所作と、ちえの冷静な式は対立ではなく対話だ。学園という舞台はその対話を可視化する装置であり、クロックアップや公開審議は登場人物たちの責任と選択を測るための計測器である。読者には答えを与えるのではなく、問いの重さを感じてもらいたい。小さな一滴がやがて合奏となる瞬間を、静かに耳を澄ませて見届けてほしい。

学園の掲示板に貼られた告知は、夕暮れの風に揺れていた。白い紙に黒い活字で書かれた文字列は、冷たく正確な情報を伝える。公開審議――クロックアップ実習の公開デモ。外部監査:オープンコア。日時、場所、参加者の一覧。小さな注記に「被救済者の証言を含む」とだけ書かれている。

掲示を見つめるちえの指先は、文字の端をなぞるようにして止まった。眼鏡のレンズに夕陽が反射し、彼女の視線は告知の数字と注記を交互に往復する。数式は世界を説明するための道具だと彼女は信じている。だが、その数式が公開の場でどう解釈されるかは別問題だ。オープンコアの監査ログが示す閾値は、理論の安全域を外部の尺度で測るものだ。ちえはその「外部」をどう扱うかを考えていた。

一方、泉の縁に座るいずみは、掲示板の告知を見てからも水差しを手放さなかった。彼女にとって告知は数字ではなく、誰かの不安を示す紙切れに過ぎない。公開審議が何を意味するかを理解しているかと問われれば、いずみは首を傾げるだろう。だが彼女は知っている。誰かが救われる場があるなら、そこに自分の手を差し伸べるべきだと。水差しの口から落ちる一滴は、彼女にとっての準備であり、祈りでもある。

その夜、学園の食堂はいつもより静かだった。掲示の話題はあちこちで交わされるが、どの会話もどこか遠慮がちだ。公開審議は学園の名を外部に晒す行為であり、成功すれば学園の評価を高めるが、失敗すれば制度そのものが問われる。教員たちは議事進行の細部を詰め、学生委員は当日の動線を確認する。ちえはその会議に参加し、いずみは裏方の雑務を申し出た。二人の役割は違うが、どちらも当日の重みを感じている。

食堂の片隅で、メーテリュの名が囁かれる。先駆者としての伝説は、学園の外側で静かに生きている。メーテリュとエメラルドが12次元まで到達したという話は、若い学生たちにとっては神話のような響きを持つ。だがちえは知っている。伝説の背後には具体的な技術と選択があり、選択は常に倫理を伴う。彼女は自分がその系譜の一部であることを、誇りと責任の両方で受け止めていた。

夜更け、ちえは図書室に残り、黒板に書く式の最終確認をしていた。彼女の式は単純化されたモデルだが、公開の場で示すには十分に明確でなければならない。式の一行一行を吟味し、仮定を明示し、外部監査が参照するパラメータを整える。彼女は式の端に小さな注釈を書き加えた。注釈は言葉少なだが、そこに込められた意味は重い。与える行為の測定は、被救済者の尊厳を損なわない範囲で行われねばならない。ちえはその線引きをどうするかを考えていた。

同じ頃、いずみは泉のほとりで一人、夜風に髪を揺らしていた。彼女は水差しを膝に置き、静かに目を閉じる。日中に差し出した水が誰かの涙を和らげたことを思い出し、胸の奥が温かくなるのを感じる。いずみにとって与えることは説明の必要のない行為だが、今夜は少しだけ不安が混じっている。公開の場で自分の所作が数値化されることを、彼女は直感的に嫌っている。だが同時に、誰かが救われるなら自分はそこに立つだろうとも思う。

夜の学園を歩くと、光と影が交錯する。古い講堂の窓からは計測器の青い光が漏れ、図書室のランプは紙の匂いを漂わせる。掲示板の紙芝居は風に揺れ、法廷の絵の光輪が静かに浮かんでいる。オープンコアの存在は遠いが確かな影響力を持ち、校内の誰もがその到来を意識している。外部監査は学園の自律性を試す試金石であり、同時に学園が外部と対話するための窓でもある。

深夜、ちえといずみは学園の中庭で顔を合わせた。二人は言葉少なに互いを見つめる。ちえはノートを閉じ、いずみは水差しを抱きしめる。沈黙の中で、二人はそれぞれの準備を確認するように小さく頷いた。ちえは数式を、いずみは所作を。どちらも同じ目的を見据えている――誰かを救うこと、そしてその救いが誰かの尊厳を損なわないこと。

「明日、どうなるかね」ちえは静かに言った。声は図書室の静けさに溶けるように低い。

いずみは水差しの口を軽く触れ、微笑んだ。「わからない。でも、手を伸ばすよ」

その言葉は短く、しかし確かな決意を含んでいた。ちえは眼鏡の縁を押し上げ、ノートのページを思い出す。式は正確さを求めるが、正確さだけでは世界は救えない。いずみの一滴は、そのことをちえに教えてくれる。

夜が更け、学園の鐘が一度だけ鳴る。遠くで、掲示板の紙芝居が風に煽られ、法廷の光輪がまた一瞬だけ強く輝いた。公開審議の朝は近い。二人はそれぞれの眠りにつき、波紋は静かに広がり続ける。明日の場で、数式と所作はどのように交差するのか。学園の小宇宙は、次の瞬間を待っている。

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