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OWPSシリーズ:乗愛の協奏曲 第弐楽章 強くてニューゲーム「ブラックホールの救済」“Chapter II: Black Hole of Salvation”  作者: 大皇内 成美


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第1話 泉の朝


第弐楽章 強くてニューゲーム「ブラックホールの救済」 

(すみません不手際がありました。訂正いたします)

主題歌 動画配信中   https://www.youtube.com/watch?v=SfqQaXrT6Dc

前書き

詩立乗愛学園の門をくぐるとき、あなたはすでに二つの時間を同時に歩き始めている。ひとつは日常の足音が刻む穏やかな朝、もうひとつは見えない次元の潮流が静かに引き寄せる不穏な振動だ。本作はその二重の時間を、与えることの純度と測ることの論理という二つの声で綴る協奏曲である。

物語の中心には、緑の髪を揺らすいずみと、眼鏡の縁から世界を数列のように読むちえがいる。彼女たちは血縁で結ばれ、しかし方法と信念は異なる。いずみは行為そのものを信じ、ちえは理論で世界を解きほぐす。二人の差異が波紋となり、学園という小宇宙を揺らし、やがて外部の大きな問いへとつながっていく。

本作で繰り返されるのは、詩式演算という言葉と、泉・天秤・鐘といったモチーフだ。数式は一行で示され、詩はその余白を満たす。クロックアップや公開審議といった劇的装置は、説明のためではなく、登場人物たちの選択と責任を可視化するために用いる。読者には数式の答えを与えるのではなく、問いの重さを感じてもらいたい。

この物語は長い旅になる。小さな日常のやり取りが、やがて次元をまたぐ決断へと連なっていく。120の章を予定するその先には、救済と裁定、信頼と裏切り、そして詩と論理の折衷が待っている。どの場面でも、あなたが最初に出会うのは「小さな与え」であり、それがどのように世界を変えるかを見届けることが本書の愉しみだ。

どうか、ページをめくるときは静かに耳を澄ませてほしい。波紋は小さな音から始まり、やがて合奏となる。あなたがこの協奏曲の一員として、いずみの水差しの一滴に心を寄せ、ちえの一行の式に思考を巡らせることを願っている。

詩立乗愛学園の鐘が鳴る。物語は、今、始まる。

詩立乗愛学園の正門は、朝の光を受けて淡く震えていた。石のアーチに刻まれた校章は泉と天秤と五線譜が重なり、外側へ広がる波紋が金色に縁取られている。門の左右には門番教師が立ち、研究用の小物を胸に飾って生徒を迎える。彼らは式典的に構えるのではなく、日常の相談を受けるように穏やかに立っていた。風が通り抜けるたび、掲示板の紙芝居がかすかに揺れ、学内に小さなざわめきが広がる。

いずみはいつものように泉の縁に腰を下ろし、緑の髪を指先で撫でながら水差しを抱えていた。彼女の所作は説明を必要としない。落ちた紙片に、迷い込んだ小鳥に、通りかかった生徒の靴先に、そっと水を注ぐ。与えるという行為は彼女の呼吸であり、返礼を期待しないその静かな確信が周囲の空気を柔らかくする。水滴が作る小さな波紋は、いずみの存在そのものを象徴しているかのように広がっていった。

一方、ちえは図書室の窓際で眼鏡の縁を押し上げ、ノートに細い文字を刻んでいた。彼女の視線は泉の波紋を数列のように読み取り、そこに規則を見出そうとしている。ノートの片隅には既に一行だけ書かれている。詩式演算――与える行為と受け取る構造の重ね合わせ。ちえはその一行を黒板に示す日を夢見て、式の端に小さな波紋のスケッチを添えた。

昼休み、図書室の裏で泣いている後輩を見つけたいずみは、言葉をかけずに水差しを差し出した。後輩は戸惑いながらも一口の水を受け取り、肩の力が抜ける。ちえはその様子を観察し、ノートに新しい線を引いた。理論は実践に触れ、実践は理論に問いを投げる。二人の方法は並行し、時にぶつかり、時に重なり合う。

学内ではクロックアップ実習の告知が掲示され、公開審議の準備が進んでいる。時間実習棟の外観は古い講堂の趣だが、内部には計測器と光学装置が並ぶ。ちえは理論の説明を練り、いずみは短時間の実演のために身体を整える。詩立アカデメイアの端末が教員の手元で閾値を示し、オープンコアの監査ログが遠隔で待機していることが、掲示の小さな注記から伝わってくる。

夕暮れ、泉の水面に不自然な影が落ちる。輪郭は歪み、そこだけ時間の密度が違うように見えた。ちえは眼鏡越しにその影を凝視し、ノートのページをめくる。掲示板の紙芝居の光輪が一瞬だけ強く輝いたように感じられ、学内の空気が微かに張り詰める。校門の向こうで、何かが時計の針をほんの一瞬だけ速めたように思えた。

その夜、掲示板に新しい告知が貼られる。公開審議の日時、外部監査の到来、クロックアップ実習の公開デモ。小さな文字でオープンコアの解析概要が添えられている。ちえはそれを読み、いずみはそれを見つめる。言葉は要らない。波紋は広がり、やがて合奏となる予感だけが二人の胸に残った。

物語はまだ始まったばかりだ。詩式演算の一行は黒板の片隅で震え、いずみの水差しは次の朝も同じ所作を繰り返すだろう。しかし泉の底にはこれまでとは違う重力が少しだけ働き始めている。明日の授業で、何かが変わる。鐘の音が遠くで鳴り、学園の一日が静かに閉じていった。

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