ショッピングモールでの鼓動
冷たいハンドルに手を置いたまま、のぞみは深く息を吸った。ショッピングモールの駐車場に車を停めた瞬間から、胸の鼓動はずっと落ち着いていない。
「ふふ……ゆう君、もう着いてるんだろうな」
小さく口元に笑みを浮かべながらも、指先にはじっとりと汗が滲んでいる。父の車を借りてきたのは今日が初めて。免許を取ったことをゆうにまだ伝えていない。彼に見せるつもりの、内緒のサプライズ。
「よし……大丈夫。サプライズ、うまくいくよね……?」
鏡に映る自分に問いかけるように呟く。
車のバックミラーを傾け、念入りに髪と服装をチェック。淡いベージュのブラウスに、シンプルなデニムスカート。落ち着いて見せながら、ほんの少しだけ特別感を意識したコーデ。
「うん、大丈夫。……ちゃんと似合ってる」
自分に言い聞かせるように呟くと、のぞみは小さなバッグを手に取り、ドアを開けて外へ出た。駐車場からエントランスへ向かう足取りは軽やかで、それでいて心臓はずっと小走りしているみたいに忙しい。
――ゆう君、どんな顔をするかな。驚いてくれるかな。
頭の中でその姿を思い浮かべるたびに、唇が自然と弧を描いた。
* * *
エントランスが見えてきたとき――
「のぞみさぁん!」
甘く伸びる声が、ざわめくモールの入口に響いた。声の主を見つけた瞬間、のぞみの胸の奥がぽっと火照る。
「待った?」
「ううん、ちょうど今来たとこ」
笑顔を交わしただけで、どちらも少し照れて俯く。手を伸ばせば届く距離にいることが、まだ夢みたいに思える。
「じゃあ、行こっか」
差し出された手に、自分の手を自然と重ねる。温かくて、柔らかくて、ほんのり汗ばんでいる。そんなところまでいとおしい。二人はそのままモールの中へ歩みを進めた。
* * *
今日の目的は、新しくできたオムライス屋さん。ゆうがずっと行きたいと言っていた場所だった。席に案内され、テーブルに一皿の大きなオムライスが置かれる。
「わぁ……すごい!美味しそう!」
ゆうの目は子どもみたいに輝いている。その眩しさにのぞみの心も揺さぶられる。
「じゃあ、のぞみさん……はい、あーん!」
スプーンをすくい、そのまま差し出してくるゆう。
「えっ……ちょ、ちょっと、ここお店だよ?」
慌てて視線を周囲に走らせる。ちらほら人はいる。誰かに見られたら……そう思うと頬が熱くなる。
「いいの!僕たち、カップルなんだから!」
真剣で、それでいて甘ったるい声。のぞみは観念して、小さく口を開いた。
「……ん」
スプーンを受け入れると、ふわりと卵の甘みが広がった。
「どう?」
まっすぐに見つめられて、のぞみは一瞬言葉を失う。味よりも、視線の熱さの方が心に残る。
「……美味しいよ」
「よかったぁ!」
弾けるような笑顔で自分の口にも運ぶゆう。その姿を見ているだけで、胸の奥がくすぐったい。
* * *
やがてテーブルに運ばれてきたドリンク。二本のストローが刺さったグラスを前に、ゆうは期待に満ちた顔で言った。
「ねぇ、ファンタジーランドの時みたいに、二人で一緒に飲もう?」
「……やっぱり言うと思った」
苦笑するのぞみ。だけどゆうは、キラキラした瞳で「ダメ?」と首をかしげる。
「……ダメじゃないけど」
結局、のぞみは折れてしまった。
ストローを口に含み、ゆうと同じグラスに顔を寄せる。視界の端に、すぐ隣の横顔がある。長いまつげ、柔らかい髪の毛、緊張で少し赤くなった耳。心臓の鼓動が、自分のものなのかゆうのものなのか、わからなくなる。
その瞬間、昨日のことがよみがえる。電話越しに「絶対やろうね!」と甘えてきたゆうの声。そして横で転げ回っていた夏美の姿。思い出しただけで、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……」
「え?どうしたの?」
驚いた顔で覗き込むゆう。のぞみは慌てて首を振った。
「ううん、なんでもない。ただ……」
視線の先にある、ゆうの幸せそうな顔を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「えー?のぞみさん、何か隠してるでしょ!」
「ふふっ、内緒」
「えぇぇぇ!?気になるって!」
ふくれっ面になるゆう。その姿が可愛くて仕方なくて、のぞみは思わず口にしていた。
「ゆう君」
「ん?」
「……大好き」
その一言で、ゆうの顔は瞬時に真っ赤に染まった。耳まで熱を帯び、口をぱくぱくさせながらも、どうしても言葉が出てこない。
ゆうは、のぞみが「大好き」と言った途端、真っ赤になった顔を手で覆ってしまった。
最初は、照れているんだと思っていたけど――
(え……長くない?)
手で顔を隠したまま、微動だにしない。
「ゆう君?」
少し心配になって覗き込むと、ゆうが そっと顔を上げた。
その目が、 うるうる している。
「えっ……ゆう君?」
「のぞみさんに、大好きって言われて……」
「……うん」
「幸せすぎて、感極まっちゃった……」
――っ!!
胸が ぎゅっと 締め付けられるのぞみ。
こんなに素直に、こんなにまっすぐに、私の言葉を受け止めてくれる人がいるなんて。
のぞみは たまらなくなって、ゆう君の手を握った。
「……私も、すごく幸せ」
のぞみが手をぎゅっと握ると、ゆうも力を込めて握り返してくれる。
* * *
落ち着いたところで、次の予定へ。
「映画、楽しみだね」
「うん! でも……」
「ん?」
「ポップコーン食べたい!」
ゆうが 満面の笑み で言う。
「やっぱり言うと思った」
のぞみは苦笑しながらも、売店でポップコーンを買って、映画館へ。
上映が始まると、ゆうがポップコーンをつまんで口に運ぶ。
のぞみも手を伸ばして、同じようにポップコーンを取る。
――カサッ。
手と手が、当たった。
……けど。
(ん?)
ゆうは手を引かない。
というか、握ってきた。
(……この流れ、前にも……)
ゆうが 小さな声 で囁く。
「覚えてる? 初めてデートした時の映画館」
「……うん、もちろん」
「ポップコーンを取ろうとして、手が当たって……」
「私が、ゆう君の手を握ったのよね」
「……忘れるはずないよ」
ゆうは 嬉しそうに微笑んで、そっとのぞみに寄りかかる。
のぞみは、そんなゆうを受け止めるように、そっと頭を寄せる。
映画の内容なんて、半分も入ってこない。
でも――
「あの時と同じ」
「でも、あの時よりも、もっと幸せ」
二人は、静かに、でも確かに 二人の時間 を感じながら、映画を見続けた。




