あれは「パパ」
「……あれ、誰なの?」
沈黙を裂くように、ゆうの声がスマホ越しに震えながら漏れた。喉の奥が焼けつくように熱く、声を出すたび胸の奥の不安が形になってしまうのが怖い。それでも、もう黙ってはいられなかった。
「え?誰って……どういうこと?ゆう君」
のぞみの声は、いつもと変わらない柔らかさを纏っていた。それがかえって残酷に響いた。彼女には心当たりがない。無邪気さと戸惑いが入り混じった声色に、ゆうの胸はさらに締めつけられる。
「今日……見たんだ」
短く、でも刃のように鋭い言葉。重苦しい空気が二人の間に降りてきて、沈黙が途切れるたびに鼓動だけがやけに響いた。
「……何を?」
のぞみの問いかけは静かで、それゆえに緊張を孕んでいた。
「のぞみさんが……車に乗ってるのを」
言葉を吐き出した瞬間、ゆうの胸はさらに痛み、声は擦れていた。
「……え?」
のぞみの小さな驚きが、スマホ越しに伝わる。ほんの数秒の沈黙が永遠のように長く感じられた。
「運転してたのは……随分年上の男だった」
吐くごとに重みを増す疑念。のぞみを信じたい気持ちと、裏切られる恐怖がせめぎ合い、喉から出る声はかすれ、震えた。
「僕には……何も言ってくれなかったよね」
痛みを押し殺すような声。まるで自分自身を責めているようでもあった。
「えっ……ちょっと待って……」
のぞみの声が明らかに混乱していく。頭の中で必死に言葉を探している気配が伝わってくる。
「まさか……のぞみさん……」
ゆうは、言いかけた言葉を呑み込んだ。口にした瞬間、すべてが壊れてしまう気がした。
「まさか、何?」
のぞみの声はかすかに緊張を帯びていた。聞かなくていいはずのことを、どうしても確かめようとしてしまう。
「……いや、なんでもない」
ゆうは逃げるように言った。でも、のぞみは引き下がらなかった。
「ねぇ、ゆう君。私が誰かと車に乗ってたのを見たんでしょ?」
「……うん」
「どこで?」
「西元山駅の横断歩道を渡ってるとき……少し先で信号待ちしてた車の中に」
言葉を吐きながら、あの光景がフラッシュバックする。助手席に座るのぞみ。隣の男。胸がざわつき、息が詰まる。
「……あ」
のぞみが小さく息をのむ。その音がゆうの鼓膜を直撃し、胸の奥で何かが崩れ落ちる。だが次の瞬間。
「……ふふっ」
小さな笑い声が漏れた。あまりに意外で、ゆうは凍りつく。
「……何?」
問いかける声は、怯えと焦りで震えていた。
「もう……ゆう君ったら」
くすっと笑う声に、拍子抜けするほどの安堵感が滲んでいた。
「ゆう君が見たのはね……私のパパだよ」
「……え?」
「お父さん。迎えに来てくれてただけ」
その言葉に、張りつめていた心臓が一気に緩み、ゆうは言葉を失った。
「……お父さん?」
「そう。今日はちょっと帰りが遅くなる予定だったから、迎えに来てもらったの」
頭の中で「なんだ、それ」という言葉が響き、肩から力が抜けていく。安堵で身体の芯が溶けるようだった。
「……じゃあ、僕が見たのって」
「うん。私とパパ」
「……そっか……」
その瞬間、涙が勝手ににじみ出てきた。張りつめていた糸がぷつりと切れたように。
「……僕、ひどいこと考えてた」
「ん?」
「のぞみさんが……隠れてパパ活とかしてるんじゃないかって……」
「えぇっ!?な、なにそれ!?ゆう君!」
のぞみの慌てた声が飛び込んできて、ゆうは胸が痛んだ。
「……ごめん。僕、勝手に勘違いして……ほんとにごめん……」
涙混じりに、言葉は途切れ途切れになる。
「ゆう君……そんなに心配してくれてたんだね」
のぞみの声が優しく低くなる。その温度が、心に沁み込んでいく。
「だって……のぞみさんのこと、大好きだから……」
嗚咽交じりの告白。
「……ふふっ」
のぞみの息遣いが笑みに変わる。微笑む顔が目に浮かぶようだった。
「大丈夫だよ。ゆう君が想像してるようなこと、私、絶対にしないから」
「……うん」
「でもね、そんなふうに心配してくれるの……ちょっと嬉しかった」
「……うん……ほんとにごめんね、のぞみさん……」
「もう……そんなに泣かないの。バカゆう君」
その言葉に、こらえきれず、ゆうの目からまた涙がこぼれた。涙は頬を伝い、夜の静けさの中で、ゆうの胸の奥を温かくする。
「のぞみさん、僕には絶対に隠し事しないで。お願い……」
ゆうは、涙で声が詰まりながらも、精一杯の気持ちを言葉にした。
「当たり前じゃないの、ゆう君ったら」
のぞみの声は、優しく、でもどこかくすぐったそうで、電話越しでも彼女が微笑んでいるのがゆうに伝わってくるようだった。
(もう……本当に可愛いんだから)
のぞみは、スマホを握る手にそっと力を込めた。こんなにも自分を想ってくれる年下の彼が、愛おしくてたまらない。今すぐにでも飛んで行って、頭を撫でてあげたい、ぎゅっと抱きしめて「バカね、ゆう君」って言ってあげたい——そんな気持ちで胸がいっぱいになる。
のぞみは、ゆうに内緒で教習所に通っていることを思い出した。
(……これって、隠し事になっちゃうのかな?)
ふと、そんな考えがよぎる。でも、すぐに「ううん」と首を振った。
(これは後ろめたいことじゃない。だって、ゆう君にサプライズで教習所に通ってたことを伝えたら、きっとすごく驚いて喜んでくれるもん)
想像するだけで、幸せな気持ちになる。
「ゆう君、今日はもうゆっくり休んでね」
「うん……のぞみさん、大好き……」
「うん、私も……おやすみ」
通話を切った後も、のぞみの心は温かい気持ちに包まれていた。
(免許が取れたら……ゆう君を迎えに行こう)
助手席に座るゆうの驚いた顔、そして次第に嬉しそうに笑う顔が思い浮かぶ。
(それから、二人でドライブに行くの)
春の風が吹く海沿いの道、山の中の静かなカフェ、夜景が綺麗な丘の上……想像はどんどん膨らんでいく。
(きっと、素敵な思い出になる)
のぞみは、心の中でそっと呟いた。
(待っててね、ゆう君)
ーーーーーーー
夜——。ゆうの部屋。
部屋の明かりを消して、布団をかぶって目を閉じたけど、全然眠れない。
昼間のことは、僕の完全な勘違いだった。でも、それで終わりじゃない。むしろ、余計なことを考えてしまう。
のぞみさんは、もう高校生じゃない。大学に進学して、新しい環境に飛び込んで、たくさんの人と出会って——。
……これから、いろんな男がのぞみさんに近づいてくるんじゃ……
想像するだけで、胸が締めつけられる。
のぞみさんは綺麗だし、優しいし、気配りもできる。そんなの、大学に行ったらすぐに誰かが気づくに決まってる。
同級生とか、サークルの先輩とか……
「はぁ……」
小さくため息をついた。
のぞみさんは、僕のことを好きでいてくれる。そんなの、今日の電話でよく分かった。僕が泣いて謝った時、すごく優しくしてくれたし、あんなに安心する声を聞かせてくれた。
——でも。
それでも、のぞみさんの世界が広がれば広がるほど、僕は置いていかれるんじゃないかって不安になる。
(僕はまだ高校生なのに……)
のぞみさんはもう大人の世界に足を踏み入れている。その差が、今までは気にならなかったのに、今日はやけに大きく感じる。
布団の中でスマホを握りしめる。
ゆうはLINEを開いて、のぞみとのトーク画面を見つめる。
さっき通話を切ったばかりだから、最後の「おやすみ」がまだ残ってる。
(のぞみさん……僕のこと、ずっと好きでいてくれるよね?)
本当は、今すぐにでも「のぞみさん、僕のこと、ずっと好きでいてくれる?」って聞きたい。でも、そんなこと聞いたら、重いって思われるかもしれないし、困らせちゃうかもしれない。
「バカだな……僕」
自分に呟いて、スマホの画面を閉じた。
でも、心はモヤモヤしたまま。
この気持ちを、どうしたらいいんだろう——。
◾️◾️◾️◾️◾️
ここからは、
清楚系、松山弁コメンテーターなっちゃん
ピチピチ系、関西弁インフルエンサーカナちゃんの振り返り番組“なっちゃんカナちゃん”
なっちゃん「ちょ、ちょ、ちょ!カナちゃん!今のシーン見た!?あれ、男の人おったやん!ほら、のぞみちゃんが車に乗っとったやつ!」
カナちゃん「見た見た見た!で、ゆう君がもうドロッドロに疑いの気持ちで詰め寄るやん?ほんで『まさか…パパ活?』とか頭の中でグルグルしてるわけや!」
なっちゃん「パパ活て!もう泣けるわ!でもあれ、正体あきらかになったら……」
カナちゃん「パパって!ほんまのパパやんか!おとんや!ズコーーーッ!!」
なっちゃん「ガチでずっこけたわ!いやそりゃそうやろ!のぞみちゃんが裏でパパ活しよるわけないやん!」
カナちゃん「でもさ、わかるでゆう君の気持ち!もう不安と妄想のジェットコースターに乗ってるんや。夜中にひとりで『あれ誰や…誰や…』って、頭の中で千本ノックくらっとる状態や!」
なっちゃん「わかるわ〜!夜中に目ぇつむったら、真っ暗な脳内シアターで『のぞみちゃん、知らんおっさんの助手席』って映像がエンドレス再生されよんやろな」
カナちゃん「ほんで自分で勝手にストーリー膨らませて、心臓バクバク、胃はキリキリ、涙腺までじわじわ崩壊!」
なっちゃん「高校生やもんなぁ。好きすぎて、相手が見えんとこで何しよるか全部気になってしまうんよ」
カナちゃん「ほんまや。そやけど、オチが『パパでした〜』やから!もう肩の力ガクッと抜けるやつや!」
なっちゃん「ほんまやで!これ、ジェットコースターと思ったら実は観覧車やった、みたいな拍子抜け感!」
カナちゃん「せやせや!夜中に『浮気や!』って脳内ドラマ大作戦しとったのに、実際は『おとんのお迎え』やもん!」
なっちゃん「もう可愛すぎるわ、ゆう君!」
カナちゃん「ほな、ここで恒例!視聴者さんからのコメント読んでいこか!」
なっちゃん「おお〜きたね!えーっと、まずはラジオネーム『深夜のポテチ食い』さん!」
なっちゃん読み上げるふり「あたしも高校のとき、彼氏が男友達の車に乗ってるの見て大号泣しました。実際は送ってもらってただけでした。わたしってアホでした」
カナちゃん「いやいや!それ、アホちゃう!もう恋する心臓はいつでも警報機やから!風が吹いただけでも鳴るんや!」
なっちゃん「わかる〜!夜中に通知一個こないだけで『もう嫌われたんかも』って布団の中で転げ回るやつや!」
カナちゃん「続いてXのポスト!『ゆう君の気持ち、わかりすぎて胃が痛い。恋って自分で自分を拷問する遊びなんですか?』」
なっちゃん「それ!ほんまそれ!恋ってセルフSMやからな!相手が何もしとらんのに、自分で縛ってムチ打ってる!」
カナちゃん「しかもその後、『あれ?ただのパパやった』ってなったらもう恥ずかしいのと愛しさとで涙爆発や!」
なっちゃん「視聴者さんの比喩もおもろいわ〜。あ、『胃の中でカエルが運動会してるみたい』って書いとる人おる!」
カナちゃん「最高や!ワイは『心臓が回転寿司で皿が止まらん』みたいな感覚やったで!」
なっちゃん「え、それわかる〜!落ち着かん時ってずっと皿ぐるぐるしよるもんな!」
カナちゃん「最後にもう一通。ラジオネーム『未読スルー三時間で死亡』さん」
カナちゃん読み上げるふり「彼氏が知らない車に乗ってるのを見たら私も絶対疑うと思います。愛って疑心暗鬼との戦いやなぁ」
なっちゃん「もう名言やんそれ!愛っていうのは、心の中に勝手に刑事ドラマ作ってしまうもんなんやなぁ」
カナちゃん「せやせや!そしてだいたい容疑者は『おとん』やった、っていう落ち!」
なっちゃん「結論!のぞみちゃんは純真、ゆう君は乙女心すぎる高校男子!」
カナちゃん「今日も二人にきゅんきゅんさせてもろたわ!」
なっちゃん「ほんまやな!続きも楽しみや!」
カナちゃん「ほな次回も『なっちゃんカナちゃん』でまた泣き笑いしていこな〜!」
なっちゃん「ありがと〜!」




