揺れる視線、近づく距離
西元山駅、12月18日。
冬の朝の冷たい空気が、吐く息を白く染めている。
7時15分、ゆうはいつもの通学電車に乗り込んでいた。
吊り革をつかみながら、窓の外の景色に目を向けるふりをしている。
だが、意識の大半はすぐ近くにいる“彼女”に向けられていた。
――のぞみさん、こっちを見てる気がする……。
そんな思いが頭を離れない。
のぞみの定位置は、決まってドアの手すりのそば。
視線をそっとそちらに送る。
その瞬間。
目が合った。
わずかに見開かれた瞳が、確かに自分を捉えた。
けれど、すぐに逸らされる。
のぞみは慌てるように英単語帳に目を落とした。
胸の奥が熱くなる。
――まただ。
最近、こんなことが何度か続いている。
ゆうが目をやると、のぞみと目が合う。
あるいは逆に、のぞみがこちらを見ている瞬間に、ゆうの視線が重なる。
――偶然……なのか?
――いや、そんなに何度もあるものじゃない。
「……もしかして、のぞみさんも僕を意識してる?」
心の声は震えていた。
期待と不安が入り混じる。
ただの偶然では?でも信じたい。
胸が大きく膨らむ。
それだけで朝の満員電車が特別な空間に変わっていく。
⸻
次の日。
西元山駅、12月19日。
7時14分。
今日は少し寝坊して、駅に着いたのがぎりぎりになってしまった。
階段を駆け下りると、もうホームに急行の車両が滑り込んでいる。
「やば……間に合わない……!」
心臓を早鐘のように鳴らしながら、必死に足を速める。
けれど、いつもの2番目のドアにはもう間に合いそうにない。
仕方なく、その一つ隣――前から2両目の3番目のドアへ駆け込んだ。
「今日はのぞみさんと同じ、いつものドアに間に合わなかったな…」
ゆうは落胆する
ドアが閉まり、電車は発車する。
息を整えながら前を向いたその時。
そこに、のぞみがいた。
目の前に、信じられないほど近い距離で。
「……えっ……のぞみさん?」
思わず声が漏れそうになる。
普段はどんなに時間がぎりぎりでも、彼女は必ず2番目のドアから乗っていた。
なのに今日は、自分と同じドアに。
いつもとは違うドアなのに。
――僕が間に合わなかったから?
――僕が3番目のドアに乗るのを見て、こっちに来た……?
頭の中で都合のいい解釈が膨らんでいく。
だがすぐに、理性がそれを押し返す。
――いや、まさか。
――でも、偶然にしては出来すぎてる……。
視線が自然に吸い寄せられる。
のぞみは少し緊張したように、やはり英単語帳を開いていた。
けれど、ページをめくる指先が、どこか落ち着かないようにも見える。
鼓動がうるさいほど響く。
こんなに近くで、彼女の横顔を見られることなんて今までなかった。
かすかに香るシャンプーの匂いまで、胸をざわつかせる。
――試してみたい。
――もし、明日も僕が違うドアから乗ったら……のぞみさんも……?
期待に心が膨らむ。
「はは……考えすぎ、だよな」
口元が緩む。
けれど、その“考えすぎ”が、どうしても甘美な希望に思えてならなかった。
電車の揺れに合わせて心まで揺れていた。




