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のぞみさん

西元山駅のホーム。

冷えた空気の中にアナウンスが響き渡る。


「間もなく、難法行き急行が到着します」


ゆうは、前から2両目2番目のドアの位置に立っていた。

いつもの習慣のようでいて、けれどそこには毎朝の小さな祈りが込められている。


――今日も、あの人は来てくれるだろうか。


視線を階段へ向ける。けれど、まだその姿は見えない。

ホームに立つ時間がやけに長く感じられる。


「……まさか、今日は休み……?」

心の中で独り言のように疑う。

ちくりとした不安が胸を締め付ける。


やがて急行の車体がホームに滑り込んでくる。

ドアが開き、次々と人が乗り込む。


――いない……?


その瞬間。


「……あっ!」

階段の上から駆け降りる足音。制服の裾を揺らして、息を切らせた“あの人”が姿を現した。


もう出発メロディが鳴り始めている。

彼女は迷うことなく一直線に、ゆうが待っていたこのドアへ走り込んできた。

普通なら近いドアに飛び込むはずなのに、どうしてもここを選んだ。


ぎりぎりで車内に滑り込んだその瞬間、ドアは閉まった。


「……はぁ、はぁ……」

頬が赤く、肩が上下に揺れている。彼女の吐息がゆうのすぐそばにまで届く。


――なんで、このドアなんだろう。

――もしかして、僕が毎朝ここから乗ってるのを知ってて?……いや、そんなわけ……。


都合のいい想像が頭を支配し、心臓がうるさいほど打ち始めた。


彼女は乱れた呼吸を整えるように立ち、カバンから小さな英単語帳を取り出した。

すぐにページを開いて、周囲の喧騒などなかったかのように、真剣なまなざしで文字を追っていく。


――いつもそうだ。

――すごく一生懸命で、でもなんだか……すごく可愛い。


今日のゆうは、電車に飛び乗ったせいで、彼女との距離が普段よりも近い。

視線を落とせば、わずか数十センチ先に肩と髪が揺れている。

電車の揺れで、偶然触れてしまいそうなほどの距離。


胸がざわざわする。

彼女に気づかれないように息を潜めながらも、視界の端に焼きつける。


そのとき。

カバンの脇に揺れていた小さなストラップが目に入った。

そこには定期入れが下がっている。


――あれ……。


電車の揺れに合わせて、カードがちらりとのぞく。

西元山駅から難法駅までの定期。

そして、小さな文字。


ゆうの目は思わず吸い寄せられる。


――知りたい。この人の名前。


息を殺すように、ほんの一瞬だけ目を凝らした。

小さな印字が目に入る。


「……のぞみ」


その文字を見た瞬間、胸が熱くなる。

それは、ずっと知りたかった答えだった。


――のぞみ……。

――この人の名前は、のぞみ……。


嬉しさが心を満たしていく。

その音を口に出したら、きっと声が震えてしまう。


さらに小さく書かれた「18歳」の文字。

――僕より一つ年上。高3なんだ……。


世界が一気に鮮明になる。

ただの“あの人”だった存在が、急に現実味を帯びた。

名前を知っただけで、彼女との距離がほんの少し近づいた気がする。


「……のぞみさん」

声にならない声で呟く。

胸の奥が広がるような、温かい感覚に満たされる。


――いつか、話せる日が来るのだろうか。

――この名前を呼べる日が、僕にも……。


電車の振動に揺られながら、ゆうの心は静かに、しかし確かに光を見つけていた。

挿絵(By みてみん)

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