“のぞゆう”誕生の日
夕方の急行電車の中。窓の外をオレンジ色の夕陽が斜めに射し込み、ゆうの顔を淡く照らしている。
彼は座席に腰かけ、カバンの脇ポケットに入ったままの小さな紙片を指でそっとなぞっていた。
――あの日、のぞみから手渡された小さな手紙。
それからもう一週間。のぞみの姿は朝の電車に現れなかった。
ゆう(心の声)「……のぞみさん、どうしたんだろう。もう僕のことなんて気にしてないのかな。もしかして、好きな人ができて……その人と一緒に通ってるのかもしれない」
考えれば考えるほど、胸の奥に黒い影が広がっていく。
マイナス思考が、彼の心をじわじわと支配していた。
電車のアナウンスが響く。「次は、西元山、西元山です。」
ドアに寄りかかるように立ち上がるゆう。
ホームに降りると、足取りは重く、トボトボと階段へ向かう。
彼の背中は、どこか寂しさを抱え込んでいるように小さく見えた。
うつむいたまま、階段をひとつひとつ上がる。
そして、階段を上がり切ったその瞬間――
顔を上げたゆうの目に、信じられない光景が飛び込んできた。
そこに、のぞみが立っていた。
ゆう「の、のぞみさん……!?まさか……」
間違いない。制服姿、柔らかな髪、そして少し不安げに辺りを見回す仕草。
それは確かに、彼が毎朝探し続けていた人だった。
のぞみは、階段を上がってくる人の波をキョロキョロと探していた。
そして――ゆうと目が合った瞬間、彼女の瞳がぱっと開かれた。
のぞみ「あっ……!」
彼女は迷わず駆け出し、ゆうのもとへ小さな足音を響かせてやって来る。
改札前の人波の中、のぞみは真っ直ぐに立ち止まり、ゆうの目の前にいた。
ゆうはただ呆然と、その姿を見つめるしかなかった。
のぞみは少し息を弾ませながら、そして恥ずかしそうに、それでも強い意志を込めて言った。
のぞみ「……お帰りなさい。ずっと待ってたの」
――その瞬間。
ゆうの心臓は爆発するように跳ね上がり、息が止まるかと思うほどだった。
頭の中が真っ白になり、口を動かそうとしても声が出ない。
ゆう(心の声)「い、今……のぞみさんが、僕に……僕に話しかけてくれた……夢じゃないよな?これ、夢なんじゃないのか……」
口はパクパクと動くだけ。まるで水槽の中の鯉のように。
のぞみはそんな彼をじっと見つめていた。
ゆう(心の声)「な、何やってるんだ僕は!しっかりしろ、ここで応えなきゃ!」
彼は大きく深呼吸をして、ようやく言葉を絞り出した。
ゆう「……ありがとう。今まで、どうしてたの?」
その言葉は、彼が初めてのぞみにかけた言葉だった。
声は少し震えていたが、心の奥底から溢れ出た真実の響きだった。
のぞみは安堵したように微笑み、そして静かに答えた。
のぞみ「私ね、インフルエンザにかかってたの。学校も休んで……。明日からは登校できるんだけど……ずっとあなたに会えなくて……だからちょっとフライングだけど、こうして待ってたの」
その告白に、ゆうは目を見開いた。
彼女はわざわざ自分を待つために、ここに立っていた。
胸の奥から込み上げてくるものを抑えきれず、彼は思わず言った。
ゆう「……そうだったんだ。だからいなかったんだね。本当に……本当に心配してたんだ」
言った瞬間、彼は気づいた。
――それは、自分が手紙に書いていた言葉そのままだった。
のぞみは頬を染め、少し恥ずかしそうに、それでも心からの笑顔を見せる。
のぞみ「本当に?心配してくれてたんだ……嬉しい。……あの、あなた、ゆう君でしょ?私、のぞみって言うの」
ゆうの耳に、その言葉が響き渡る。
彼女が自分の名前を知っていたことに驚き、そして“心配してくれて嬉しい”と笑ってくれたことに、胸がいっぱいになる。
互いの顔をまともに見るのも、こうして言葉を交わすのも初めて。
それなのに、心の奥にしまい込んでいたものが自然と口をついて出てしまう。
のぞみ「ゆう君って……今、高2でしょ? あのね……もしかしたら、うちの妹と同じ中学校だったんじゃないかって思って。それで、夏美の卒業アルバムを引っ張り出して調べてみたの。……そしたら、見つけちゃったんだ。ゆう君の写真」
言いながら、のぞみは照れ隠しのように目を伏せ、指先をぎゅっと組み合わせる。
そして一拍置いて、小さな声で続けた。
のぞみ「……ごめんね。なんか、ストーカーみたいなことしちゃって」
思いがけない告白に、ゆうは息を呑んだ。
のぞみが自分の名前を知っていたのは、偶然でも奇跡でもなく――妹の卒業アルバムを調べたからだった。
ゆう「え……そんな、ストーカーだなんて。全然。……のぞみさんって、中学校の先輩だったんだね」
のぞみの言葉を否定しながらも、ゆうの胸の奥は熱く満たされていく。
彼女が自分のことをわざわざ探して、知ろうとしてくれていた――その事実がたまらなく嬉しかった。
のぞみ「良かった……。本当に良かった。ゆう君が気を悪くして、『気持ち悪い』って思って、もし嫌われちゃったらどうしようって……ずっと心配してたの」
その言葉は、まるで矢のように真っ直ぐゆうの心に刺さった。
“嫌われたくない”――のぞみが自分にそんな風に思ってくれていた。
ゆうは胸が詰まりそうになりながらも、震える声で必死に返す。
ゆう「……そんなこと、あるわけないよ。僕が……のぞみさんのこと、嫌うなんて」
彼女の瞳に映るのは、正直で、隠し事のない彼の気持ち。
ゆうにとって、のぞみを嫌うという選択肢は存在しなかった。
ふと、彼の頭に、カバンの脇ポケットに入れたままの手紙のことがよぎる。
何度も推敲して、やっと書き上げた想いのかけら。
――けれど。
さっき「本当に心配してた」と伝えた瞬間に、手紙の意味はもう終わってしまった気がした。
紙に書き込んだ言葉より、彼女の目を見て放った一言の方が、何倍も強く届いたのだから。
ゆうの胸の中で、しわくちゃの手紙が静かに幕を閉じていく。
そして、彼らの初めての会話はまだ途切れることなく続いていた。
のぞみとゆう“のぞゆう”――初めての会話は途切れることなく続いていたが、時計の針は無情に進んでいく。
ゆうの胸の奥では、焦燥がどんどん膨れ上がっていた。
「もしここで別れてしまったら、また朝の電車だけの関係に戻ってしまう……」
その思いが、鼓動を速め、呼吸を浅くさせる。
ゆう心の声「だ、だめだ……このままじゃ絶対ダメだ。今しかないんだ……!」
唇が乾き、手が汗ばんでくる。
けれど、もう迷っている余裕はなかった。
勇気を振り絞り、ゆうはついに口を開く。
ゆう「……あ、あのさ。もしよかったら……LINE、交換してもらえないかな?」
声が震えた。
まるで喉の奥から無理やり絞り出したような言葉。
心臓は爆発寸前。
断られたらどうしよう――そんな不安すら追いつかないほど、ゆうの頭は真っ白だった。
一瞬の沈黙。
その短い間が永遠にも思えた時。
のぞみ「……! 嬉しい!」
はじけるような声。
その瞬間、ゆうの世界は光で満ちた。
のぞみ「私ね、今日ゆう君に会えたら、それを言おうと思ってたの。……でも、まさかゆう君の方から言ってくれるなんて……本当に、本当に嬉しい!」
頬を赤らめて、目を輝かせて、のぞみは笑っていた。
その笑顔は、ゆうにとって眩しすぎて、胸がぎゅっと締め付けられる。
ゆうは言葉を返すこともできず、ただ必死に涙をこらえていた。
喉の奥が熱くて、声に出したら泣いてしまいそうだった。
二人はスマホを取り出す。
お互いにQRコードを開き合い、少しぎこちなくも楽しそうに、画面を見つめて操作する。
ピッ――と登録が完了した音がした。
ゆう心の声「僕とのぞみさんは……LINEを交換した。これで、もう……朝の電車だけじゃない。のぞみさんと、いつでもつながっていられるんだ!」
天にも昇る気持ち。
夢のような現実。
画面に表示された名前は、シンプルに「のぞみ」。
それだけの文字が、どうしてこんなにも可愛く思えるのだろう。
ただの名前のはずなのに、ゆうの胸はまた一段と高鳴っていた。
二人の間に流れる空気は、もう戻ることのない、新しい時間の始まりを告げていた。
気がついたとき、ゆうは自分の部屋にいた。
どうやって帰ってきたのかもよく思い出せない。
ただ、のぞみと別れた後の道のりは、夢の中を歩いていたようにぼんやりしていた。
机の上に置いたスマホが震えた。
画面に浮かんだ名前は――「のぞみ」。
胸の鼓動が一気に跳ね上がる。
メッセージを開くと、そこには丁寧な文字が並んでいた。
のぞみからのメッセージ「ゆう君。今日は会えて、LINEも交換できて本当に嬉しかったよ。ずっと一緒に電車に乗れなかったけど……明日からはまた、同じ電車に乗ろうね」
指先が震えた。
まるでその文字が、夢と現実の境目を証明してくれているようだった。
本当に、夢じゃないんだ。
ゆうは胸の奥がじんわり熱くなりながら、震える指で返信を打った。
ゆう「僕も、すごく嬉しかったです。のぞみさんと、なんとか話したいってずっと思ってたんです。明日からは……新しい気持ちで、同じ電車に乗れると思うと、楽しみで仕方ないです」
送信ボタンを押した瞬間、呼吸が詰まる。
返事が来るまでの数秒が、永遠に感じられる。
――そして、すぐに返信が届いた。
それは、丸いキャラクターの笑顔のスタンプ。
「ありがとう」と添えられた文字に、小さなハートマークがひとつ。
その一つの記号が、胸に花火を打ち上げた。
ゆう「うそだろ……夢じゃないの? 本当に、僕のスマホに……のぞみさんからハートが届いたんだ」
スマホを胸に抱えたまま、ベッドに倒れ込む。
舞い上がる、という表現では足りない。
今の自分は空を突き抜け、宇宙まで飛んでいけそうだった。
けれど、浮かぶのはただひとつの不安。
ゆう「もし……これが夢だったら? 明日、目が覚めたら全部なかったことになってたら……」
瞼を閉じても、心臓の鼓動が眠りを拒む。
のぞみの笑顔、声、文字。
全部が鮮やかに胸に蘇り、興奮で体が熱くて仕方ない。
掛け布団を頭までかぶっても、暗闇の中でニヤける顔は止められない。
ゆう「明日からは、もう僕とのぞみさんは……ただの同じ電車に乗る人じゃないんだ。ちゃんと“知り合い”として隣に立てるんだ……」
期待と緊張が、眠気を遠くに追いやっていく。
時計の針は進むのに、夜は終わらない。
ゆうはその夜、一睡もできなかった。
朝が来るのを待つばかりの、人生で最も長い夜だった。
◾️◾️◾️◾️◾️
ここからは、
清楚系、松山弁コメンテーターなっちゃん
ピチピチ系、関西弁インフルエンサーカナちゃんの振り返り番組“なっちゃんカナちゃん”
カナちゃん「ちょ、なっちゃん!これ!やばない?!もう心臓バクバクやで!」
なっちゃん「ほ、ほんまよ!わたしも涙出てきたわい!のぞみちゃんが“お帰りなさい。ずっと待ってたの”て……こんなん運命のセリフやがね!」
カナちゃん「せやろ?!こんなんな、ドラマでもそうそう無い名シーンやで!まさか初めての会話がそれとか……ズルい!ズルすぎる!」
なっちゃん「ほんでゆう君よ。パクパクしよる姿、もう金魚みたいで愛しいがね。しっかりせないけん思うとるんやけど、頭まっしろで動けんのも分かるわ〜」
カナちゃん「分かるわ〜。でもな、ちゃんと深呼吸して“ありがとう。今までどうしてたの?”って言えたんや。これ、勇気やで!立派やで!ほんま拍手や!」
なっちゃん「拍手〜!」
カナちゃん「で、のぞみちゃんよ。“インフルで学校行けんかったけん、ちょっとフライングして待っとった”とか……ええ子すぎるやろ!お姉さん泣くで!」
なっちゃん「わたしも泣いとるわい…… あの子、1週間会えんかっただけで、ちゃんと心配しとったんやね。で、ゆう君が“心配してたんだ”て言うた瞬間に……もう!言うたやん!もう言うてもたやん!」
カナちゃん「そうそう!手紙に書いとった気持ち、口から出てもたんや。でもな、それで正解やったんやで。のぞみちゃんが“嬉しい”て返してくれたんやから!」
なっちゃん「ほんで、極めつけがLINE交換よ!わたし叫んでしもうたわ!のぞゆう誕生やーーー!!バンザーイ!バンザーイ!」
カナちゃん「バンザーイ! もうな、スタンプに小さいハートついとった時点で完全にノックアウトやで!そらゆう君、眠れんわ!」
なっちゃん「眠れんどころか飛んでいくわい!空越えて宇宙まで行っとるんちゃう?!」
カナちゃん「せやせや!ほんまに二人、これから始まるんやなぁって……胸が熱いで。あかん、涙止まらん」
なっちゃん「わたしも……こりゃのぞゆうから目ぇ離せんようになったわい!」
カナちゃん「決定やな。“のぞゆう”推し確定や!」
なっちゃん「確定や!」
なっちゃんカナちゃん、感涙のレビュー回。二人は全力で祝福するのであった。




