ep4 これからのこと
シンマオはシャワーを問題なく使用でき、体の汚れを洗い流すことができた。あれだけの汚れを跡形もなく落とせたのはシャワーの性能によるところが大きい。
汚れが落ちた事でシンマオの正確な色合いがあらわになる。顔は完全な白ではなく、胴体と同じ薄いクリーム色である。
浴室を出ると、バスタオルと着替えがそれぞれ用意されていた。
ご丁寧に【拭くもの】【着るもの】というメモ書きまで置かれていて、変な勘違いによる遠回りをさせないという書き手の意思が文字の奥からにじみ出ている。
素直にメモに従い、バスタオルで体を拭き、置かれていた服を身に着けた。半袖のTシャツと半ズボン、紺色に統一されたラフな服装である。
「着替えたらこっちに来てくれ」
廊下から龍我の声が聞こえた。物音でシンマオがシャワーを浴び終えたことを察知したようである。
「着たアル」
扉を軽く開け、廊下に顔を出すシンマオ。
「お、似合ってるぜ」
隙間から見える全身像を眺めて龍我は微笑んだ。扉をさらに開け、シンマオを廊下まで出せる。
「汚れ落ちたアル。リューガ、助かたアル」
シンマオはお辞儀をした。脇が開き、手を伸ばしたまま腰を落としたので、やや幼稚な印象を受ける。
「ま、当然だな当然。それよりさ、これからどうする気なの? 何か考えてる?」
待機中、シンマオがこの後どうするか聞いていないことに気付いた。彼女に一人で暮らせるような力があるとは到底思えない。何かしらのアテがあるのかどうかが、気になって仕方がないのであった。
「これから……? ワタシ、これからのこと、考えてないアル」
案の定、という言葉が龍我の頭にのしかかる。
「だがワタシ、住む場所が欲しいアル。住む場所、探すアル」
たとえアンドロイドであっても、放浪の旅をするのは容易いことではない。生きるための常識が致命的に欠けているシンマオからしたら尚更である。
アンドロイドに芽生えている生存欲求が、シンマオの行動原理に繋がっているのだ。
「なるほどなぁ……でも、多分住む場所そのものは難しいと思うぜ。だから住む場
所を提供してくれる……、引き取ってくれる人を探す感じになるんじゃないか?」
「そうカ。ワタシ、引き取る人探すアル」
シンマオは自分の拳を力強く握りしめ、気合を入れる。
「リューガはワタシ引き取ることできるカ?」
親切にしてくれた上、家に上がらせてもらえた――龍我が引き取ってくれる人に該当すると考えるのは自然である。
「ああ、俺なら……」
龍我は承諾しようとするが、途中で黙り込んだ。顎に手を当てて悩む。独り身ではない上、まだ高校生の彼にとって、二つ返事で回答できるものではない。
「いや、家族が許すかわからんな……」
「できないアルか?」
首を傾げて再度尋ねるシンマオは、どこか寂しそうな雰囲気を感じさせる。しかし表情は真顔のままである。液晶画面に表示される顔のパターンも限られているようだ。
「……まぁ、そうなるな」
期待に応えることができないことにもどかしさを感じ、龍我は唇を嚙みしめて悔しがった。
「でも……俺に任せてくれ、出会った以上は見過ごせない。俺はこの町で一番親切な男だからな。シンマオの引き取り手、絶対探し出してみせるぜ!」
龍我が宣言を行う。自分の家で引き取れなくても、引き取れる家を探すことならできるはずだと。右手をシンマオの肩に置き、爽やかな笑顔と共に左手をサムズアップした。
家族にバレないよう、龍我は自分の部屋にシンマオをかくまうことにした。
龍我の部屋は家の二階で、朝から昼にかけて太陽の光が入る位置にある。ドアから見て右側と正面側に窓が設置されていて、右側には勉強机、正面にはベッドが置かれている。また、左側にはショーケースもあり、その中にはフィギュアが陳列されていた。そのほとんどは自由なポーズを取らせることができるアクションフィギュアであり、メカニカルな様々なキャラクターが決めポーズをとっている。
部屋全体を見ると、他人を招待しても恥ずかしくない整理整頓されている空間だった。
「シンマオは、この部屋から出ちゃいけない。分かった?」
万が一家族と出会ったら大騒ぎになりかねない。問題が起きるのを避けるため、龍我は事前に言い聞かせる。
「分かたアル。ワタシ、この部屋出ない、できるアル」
「外で音とかしても、部屋から出ないように。約束、守れるか?」
できるという返事だけでは信じきれず、龍我は念を押す。
「守るアル。ワタシ、何があってもでないアル」
懐疑の目を向けられても、シンマオはただひたむきに部屋を出ないと主張を続けた。
細かい注意を加えて何回かした後、龍我は部屋を出た。扉を閉めた瞬間、真剣な表情が崩れ、にんまりと滑稽なものへと変わった。
「くうぅ~! かわいいなぁもう! 素直すぎるぜぇ!」
本人の前では隠していたが、シンマオの従順さにずっとドキドキとしていた。抑えていた感情を表に出し、室内での彼女の仕草を思い出し、ひとりでに悶える。
「どうしたのお兄ちゃん?」
悦びを嚙みしめていた最中、女性の声が耳元に通り抜けた。
「どわあああああ!? す、雀女! 帰ってたのかよ」
声をかけたのは中道家の長女、雀女である。年齢は十四の中学生だ。規定通りに着こなした制服や、背筋をピンと伸ばして立つ姿勢から、真面目な人間であることが良く分かる。
雀女もまた二階に自分の部屋に持っており、ちょうど部屋に入ろうとした矢先に、妙な様子の龍我を見つけたのであった。
「言いました。お兄ちゃんが聞いてないだけでしょ!」
むっすりと眉間にしわを寄せる。そんな姿もまた愛嬌があり、かわいらしい。
「話戻すけど、どうしたのお兄ちゃん?」
丁寧にも、一文字の狂いもなく話を戻した。
「何でもない」
何でもないわけがない。信じてもらえないのは重々承知である。それでも踏み入れられたくない境地への侵入を防ぐためには、何でもないと言うしかないのだ。
「あぁ……分かった、妹として触れないわ。お兄ちゃんにも聞かれたくないこと、あるよねぇ」
と、分かっている感を醸し出し、雀女が鼻の穴を膨らませる。それからそのまま自分の部屋へと入ってしまった。
雀女は昔から物分かりのいい人間である。だが、それが龍我の鼻に付くことが多々あった。今回も詮索こそしないが、内心では何を考えているか分からない。
自分がどんな理由でニヤニヤしていたか、あれこれ勝手に妄想されているのだろう。そんなことを考えていると、心に苛立ちが湧き立ってくる。
「クッソ……見られ……あぁっ!」
悪態を付くのもまた悔しい、龍我はやり場のない想いを抱いていた。