ep35 ダメダメな龍我
シンマオは龍我を抱え、彼の指示を受けながら研究所内を進んだ。経路に障害物があれば一刀両断し、止まるようなことはなかった。
そして、葉加瀬のいる寝室にまで到着した。扉からではなく、壁に四角形の切れ目を入れ、タックルをして部屋の中へと入った。
大きな音と共に現れた二人に、室内にいた四人は唖然とする。
「おっ、雀女。ここにいたかぁ~」
龍我が真っ先に反応したのは雀女であった。螺旋階段の近くにいなかったため心配していたが、無事が確認できて安堵のため息をつく。
「……というかこれ、どういう状況?」
次に反応したのは四人が集まっているというシチュエーションそのものに対してだ。テレビの画面には先ほどまで自分たちのいた二階の各部屋が映されていて、謎は深まるばかりである。
「いやいや、俺たちのセリフだからそれ」
玄麻は突っ込む。雀女とハミータも大きくうなずく。そんな中、葉加瀬だけが真剣なまなざしで、ブレードビーと合体したシンマオを見つめていた。
「……感動した! 実に素晴らしい! こんな合体機構があったとは……!」
シンマオのほうへ近づき、まじまじと観察を行う。その後くるりと半回転をし、玄麻に向けて頭を下げた。
「潔く負けを認めよう。僕の研究もまだまだだった……」
「何の話をしているアルか?」
「平たく言うと、シンマオがまた俺たちの家に来るってことかな」
過程が全く分からないが、耳に入ったのは朗報である。知らぬところで話が進められていたことなどどうでも良い。伝えられた事実が非常に喜ばしいものであり、龍我とシンマオは顔も心も晴れ渡った。
「ワタシ、リューガの家に行くアルか。良かたアル!」
「ああ……良かった……」
喜んでいるのは龍我とシンマオだけではない。雀女や玄麻もにこやかな表情で勝利の気分を味わっている。葉加瀬も合体を見た興奮が上回っていて、清々しい顔をしていた。
ハミータは雀女の手首に付けた縄を解き、自由の身にさせた。
「ありがとうございます」
解放された雀女は軽く会釈し、三人の元にかけよった。
争いが終わりって一件落着、後は家に帰るだけ――と思っていた瞬間。
「円満な空気のところ申し訳ございませんが」
突然ハミータが温かい空気感にメスを入れた。冷ややかで強い口調が一同の体感温度を下げてくる。
「お互いの損害について今から話し合ったらいかがでしょうか、後々になって揉めるということは避けたいですので」
遠い目を向けた視線の先は、大きな穴があけられた壁があった。
「……まぁ、そうだよな」
二階から寝室まで、壊した壁や床は数知れず、被害額は想像も付かない。龍我の顔は一気に青くなった。
話し合いが終わって研究所の外に出ると、辺りは月明かりしか頼れるものがないほど暗かった。それでも不気味さより、シンマオを取り戻した達成感で心の中はいっぱいであった。
玄麻がスマホのライトで足元を確認し、注意しながら先陣を切って歩いた。白加に連絡を入れ、研究所の入口まで来てもらう予定である。
「話せば分かる人で良かったたなー。まさかシンマオの充電代まで援助してくれるなんて」
最初に仕掛けてきたことと、最終的に駆けに負けたことの二点が決め手となり、この件で中道家側が負担を強いることは全くなかった。
「まぁ、これはいらなかったけどな」
龍我が抱えていたのはブレードビー。葉加瀬に頼まれた唯一の要件が、ブレードビーも預かることであった。
「でさ、結局どーすんだシンマオのこと。まだ探すのか? おっ?」
電気代の問題が解決した以上、中道家がシンマオを長期的に家に置けない問題も無くなった。元の生活が保障されるなら、玄麻も雀女も白加も拒否する気はない。
「それはその……、シンマオ次第……」
だが、龍我はまだ正直になれなかった。自分から一緒に暮らしたいとはどうしても言いたくない、無駄なプライドが頷くことを阻害する。
男二人が先頭を歩く中、シンマオと雀女はそこから少し離れて後を付いていった。
「今日のリューガ、これまでのリューガと違たアル」
ふと今日一日の出来事を思い出し、シンマオが呟く。再開後、見た事が無い面をいくつも目の当たりにして、心に何とも言えない引っ掛かりを感じていた。
「ああ、あれが本来のお兄ちゃん。本当はダメダメな人なのよ」
一部始終を見ていた雀女は、どんな姿に対して言っているかがだいたい想像付いた。妹からすればそこまで珍しい場面ではなく、かっこつけていない素の龍我でしかなかった。
「ダメダメ? 今日のリューガはダメダメなのカ?」
「そう、合ってる。今日のお兄ちゃんみたいなのをダメダメって言うの」
「そうアルか。ダメダメ……分かたアル」
シンマオは検索機能に頼ることなく、ダメダメの意味をインプットした。
それから足を止め、前方にいる龍我をじっと見つめた。
「リューガ! 今日はすごいダメダメだたアルな!」
二、三秒立ち止まったかと思うと、今度は大きな声で叫ぶ。
「はいぃ? 何だ急に。おい雀女、一体何を教えて……」
突然の悪口に驚き、振り返る龍我。シンマオが嬉しそうに笑い、駆け寄ってきた。
「ワタシ、ダメダメなリューガがもっと見たいアル。どうすれば見れるアルか?」
首を傾げるシンマオに龍我はドキリとした。そこに悪意などなく、純粋な気持ちをぶつけているだけだ。彼女の感情のベクトルが正に向いていることも分かり、必死の末の行動がしっかりと相手に伝わっていたのだという実感が湧き立って来る。それがまた鼓動の高まりに拍車をかけていった。
「そっ……そりゃあ……一緒にいれば、見れるだろうな」
ドキドキが止まらないまま、照れた顔を隠すようにそっぽを向いて回答する。
こうして、正式にシンマオは中道家で暮らすことになったのだった。




